目次
Chromaの「Default Style」メニューを理解する
Chromaの「Default Style」は、オプション画面のドロップダウンにひっそり入っている小さな設定に見えますが、実は“これから作るオブジェクト”の基準値を左右する重要なスイッチです。
同じ図案のつもりなのに、2回目のデータがなぜか違う縫い上がりになる——そんなとき、原因がここにあることは珍しくありません。この解説では、Jeff(EMB Nerd)がChroma Inspireで行っている手順(考え方はChroma Lux / Chroma Plusでも同じ)をベースに、「グローバル設定としての生地タイプ」を現場目線で整理します。
ここでは単なる操作説明に留めず、デジタイズの“物理”として何が起きるかを確認します。具体的には次を行います。
- 基準になるサテンカラム(比較用のコントロール)を作る
- 生地プロファイル(Normal → Cap → Woven Cotton)を切り替えて、ソフトの挙動を変える
- Chromaが密度(Density)とプル補正(Pull Compensation)を“新規オブジェクトに対して”自動調整することを確認する
- 初心者がつまずきやすい2大ポイント(「既存オブジェクトが変わらない」「次の新規ファイルに前回の設定が残る」)を回避する


「Default Style」の正体(なぜ重要なのか)
オプション画面では「Default Style」と表示されていますが、実務的には「デフォルト生地タイプ(Default Fabric Type)」として扱うのが理解しやすいです。ここを変えても“選択中のオブジェクト”を編集するわけではなく、これから作るオブジェクトの初期プロパティを変える設定です。
言い換えると、作業環境(前提条件)を切り替えるスイッチです。
- Normal: 標準的な前提
- Cap: 帽子など、縫製面が不安定になりやすい前提
- Woven Cotton: 平面で比較的安定した織物を想定した前提
このプリセットは「最初のレシピ」を素早く呼び出すためのものです。数値を丸暗記しなくても、密度やプル補正の“出発点”を作れます。ただし、万能の自動補正ではありません。
補足:生地プリセットが縫いの見え方を変える理由
刺繍は、糸が生地を引き込もうとする力と、生地側の抵抗(伸び・沈み・反発)のせめぎ合いです。素材が変わると、同じサテンでも見え方が変わります。
- Cap(不安定さの影響): 曲面で、針が入るたびに生地が上下しやすく、隙間が出たり形が痩せたりしやすい前提になります。そのため、密度を詰めたり、プル補正を入れて幅痩せを見越したりする方向になりやすいです。
- Woven Cotton(安定した織物): 比較的フラットで挙動が読みやすい前提のため、密度は標準寄りに戻ることがあります。一方で、プル補正は残る場合があります。
注意: 密度(mm値を小さくする=詰める)を上げるほど、針数が増え、摩擦・発熱・糸切れリスクが上がります。この動画内の比較では0.40mmや0.50mmが中心ですが、密度を詰める判断をする場合は、縫製テストで糸の毛羽立ちや引っ掛かりが出ていないか必ず確認してください。
プル補正の比較:Capと標準設定
ソフト内部の“見えない計算”を可視化するために、Jeffは同じ形のサテンカラムを3本作り、各カラムを作る前に「Default Style」を切り替えて比較します。


手順:基準サテン(Normal)を作る
- 新規デザインを開く。 新しいデザインを作成します。
- ツール選択。 Complex Satinツールを選びます。
- 開始点をクリック。 グリッド上で開始点を打ちます。
- 軸を固定。 マウスを下方向にドラッグしながらShiftキーを押し、線が真っ直ぐになるようにします(斜めを防ぐ)。
- 終点を確定。 終点をクリックしてEnter。
- 幅を定義。 線の左右をクリックしてサテン幅を決めます。
- 表示を確認。 必要なら3D viewをオンにして、糸の盛り上がりを見やすくします。
チェックポイント: 1本目のサテンカラムが表示されます(動画では青)。Shiftで軸固定しているので、比較用として“形がブレない”状態にできます。
期待結果: Normalの初期値を代表する「基準サンプル」ができました。
Normalの初期値(密度・プル補正)を確認する
オブジェクトを選択し、右側のプロパティ(Properties)で数値を確認します。
- Pull Compensation: None(0.0)
- Density: 0.50 mm

チェックポイント: Pull CompがNone、Densityが0.50になっていること。
期待結果: 「Normalではプル補正なし・密度0.50」が基準として確認できます。
生地タイプをCapに切り替える(グローバル設定)
次に、帽子を想定した前提に切り替えます。
- 操作手順: Tools → General Options
- タブ: Environment
- 変更: Default StyleのドロップダウンでNormal → Cap
- 確定: OK


チェックポイント: 画面上の既存オブジェクトは見た目が変わりません(この時点では正常)。
期待結果: 以降に作成するオブジェクトへ、Capの初期値が適用される準備ができました。
2本目を作成し、Capの数値を確認する
1本目の隣に同じ要領で2本目のサテンカラムを作り、区別のため色を赤に変更します。

この赤いカラムを選択してプロパティを確認します。
- Density: 0.40 mm
- Pull Compensation: Absolute 0.3 mm

チェックポイント: 密度が0.50→0.40に変わり、プル補正がNone→Absolute 0.3mmになっていること。
期待結果: Capプリセットでは、より詰まった密度とプル補正が“新規作成分”に自動で入ることが確認できます。
実務的な読み替え(プリセットを過信しない)
数値が変わる意図は次の通りです。
- 密度(0.50 → 0.40): 不安定になりやすい前提なので、縫い目の間隔を詰めてカバー力を上げる方向
- プル補正(0.0 → 0.3): 幅痩せを見越して、仕上がり幅が狙いに近づくようにする方向
補足: プリセットは便利ですが、枠張りや固定が甘い状態を“設定だけで”救うことはできません。縫いが痩せる・歪むときは、まず固定条件(枠張り、スタビライザー、素材の押さえ)もセットで見直してください。
生地選択で密度が自動的に変わる理由
次は「Woven Cotton」を選び、Capとは違う方向に数値が動くことを確認します。プリセットは単純に“全部を強くする/弱くする”ではなく、素材想定に合わせて項目ごとに調整されます。
生地タイプをWoven Cottonに切り替える
- 操作手順: Tools → General Options
- 変更: Default Style → Woven Cotton
- 確定: OK

チェックポイント: グローバル設定がWoven Cottonになったこと。
期待結果: 以降に作成するオブジェクトが、Woven Cotton想定の初期値で作られます。
3本目を作成し、Woven Cottonの数値を確認する
3本目のサテンカラムを作り、色を黄/ゴールドに変更して見分けます。

プロパティを確認します。
- Pull Compensation: Absolute 0.3 mm
- Density: 0.50 mm
チェックポイント: プル補正は0.3のまま、密度は0.50に戻っていること。
期待結果: Woven Cottonでは「密度は標準寄り、プル補正は残る」という挙動が確認できます。
補足:音声の言い間違いに注意(数値は画面を優先)
動画内でJeffがプル補正を口頭で「3.3」と言っている箇所がありますが、画面表示は0.3mmです。実務では、こうした場面はプロパティ表示の数値を正として扱ってください。
重要な制限:下地(Underlay)と既存オブジェクト
ここが一番のつまずきポイントです。Chromaは“直感”ではなく“ロジック”で動きます。
制限1:生地タイプを変えても、既存オブジェクトは更新されない
Normalで作った1本目(青)は、Capに切り替えても自動では変わりません。
- 理由: 既存オブジェクトには手動調整が入っている可能性があるため、グローバル設定で上書きしない設計です。
- 結論: 生地タイプの変更は、変更後に作成したオブジェクトにのみ効きます。

症状: 「Capにしたのに、さっき作った部分が薄いまま」
原因: 設定変更より前にデジタイズしている
対処: 既存オブジェクトはプロパティで手動調整します(例:密度0.40、プル補正0.30など)。
制限2:新規ドキュメントが“前回の生地タイプ”を引き継ぐ
Chromaは最後に選んだ生地タイプを記憶します。Woven Cottonで終えた後に新規ファイルを作ると、次もWoven Cottonのまま始まります。

症状: 「新規なのに初期値が想定と違う」
原因: 前回プロジェクトの設定が残っている
対処: 新規作業の最初に、Tools → General Options → EnvironmentでDefault Styleを必ず確認します。
制限3:下地(Underlay)は自動では変わらない
Jeffは3本(青・赤・黄)を順に選択し、UnderlayがすべてParallelのままであることを示しています。

これは重要です。密度やプル補正が合っていても、下地が合っていないとエッジが荒れたり、安定しなかったりします。
チェックポイント: 生地タイプを変えた後でも、Underlayタブは必ず目視確認する。
期待結果: 「プリセットで変わる項目」と「手動で詰めるべき項目」を切り分けて運用できます。
生地プリセットを運用に落とし込むベストプラクティス
この機能を“現場で使える武器”にするには、ソフト設定と検証手順をセットにします。
準備:プリセット検証を意味のあるテストにする
プリセットはあくまで出発点です。比較テストをするなら、次を意識すると判断がブレにくくなります。
- 同じ形状で比較する: 幅・長さを揃えたサテンカラムで比較する(動画の方法)
- 色を変えて管理する: どの設定で作ったかを見失わない
- 数値はプロパティで確認する: 見た目だけで判断しない
Chroma内での「プリセット比較」手順(再現用)
- Normalで1本目を作成(例:青)
- Default StyleをCapに変更して2本目を作成(例:赤)
- Default StyleをWoven Cottonに変更して3本目を作成(例:黄)
- 各オブジェクトのプロパティを確認し、密度とプル補正の差をメモする
- Underlayは自動で変わらない前提で、必要なら手動調整する
チェックポイント: 「設定を変えたのに反映されない」と感じたら、まず“そのオブジェクトを作ったタイミング”を確認します。
期待結果: 次の本番データに入る前に、設定の効き方を短時間で検証できます。
トラブルシューティング(症状 → 原因 → 対処)
| 症状 | ありがちな原因 | すぐできる対処 | 予防 |
|---|---|---|---|
| 既存オブジェクトが変わらない | 生地タイプ変更の前に作成している | 既存オブジェクトはプロパティで手動調整 | デジタイズ開始前にDefault Styleを確定する |
| 新規ファイルの初期値が想定と違う | 前回の生地タイプが残っている | Tools → General Options → Environmentで確認 | 新規作業の最初に環境チェックを固定化 |
| 下地が変わらない | プリセットがUnderlayを自動変更しない仕様 | Underlayタブを手動で見直す | 生地タイプ変更後はUnderlay確認をルーチン化 |
結果
この時点で、Chromaの「Default Style(生地タイプ)」を“なんとなくの設定”ではなく、意図を持って使えるようになります。
- Default Styleの場所と役割(新規オブジェクトの初期値を決める)を理解できる
- 密度とプル補正が生地想定で自動調整されることを、横並び比較で確認できる
- 既存オブジェクトは変わらない/設定が次のファイルに残る/Underlayは自動で変わらないという落とし穴を回避できる
最後に、プリセットは“最初のガイド”です。数値が出たら、プロパティで確認し、必要なら手動で詰める——この運用が、安定した縫い上がりへの最短ルートです。

