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糸が頻繁に切れるのはなぜ?
さっきまで普通に縫えていたのに、急に上糸が毛羽立って切れる/連続で切れる——これはマシン刺繍で最も多いストレスの一つです。ここで視点を切り替えてください。糸巻き(コーン)だけを疑わない、機械だけを疑わない。
上糸切れは、単一の「不良部品」よりも、たいていは複数要因が重なった “システム不具合” として起きます。糸は、ガイド・テンションディスク・チェック(スプリング)・針穴を高速で通過します。そこに微細な糸くず(リント)、小さなバリ、わずかな糸掛けミスがあるだけで、摩擦や張力の条件が変わり、切れに直結します。
この章では、動画(Grace の解説)の順番に沿って Ricoma CHT-1201 を切り分けつつ、現場で再発を減らすための「手触り・音・縫い裏」の確認ポイントも追加します。

動画が最初に確認している順番(そのまま実行)
- 糸道(上糸経路)が正しいか確認する
Grace は「すべてのガイドを正しく通っているか」を最初に見ています。ここが最初の“落とし穴”です。ピッグテール(小さな曲げガイド)を1か所でも飛ばすと、糸の入り角が変わり、テンション部で摩擦が増えて切れやすくなります。- チェックポイント(感覚で確認): 糸を両手で軽く張った状態でテンションディスクに通すとき、上に乗っているだけではなく、ディスクに「スッ」と入っていく感触があるかを確認します(見た目だけで判断しない)。

- 上糸テンションを調整する(動かすのは“少しだけ”)
テンションが強すぎる場合、動画では「少し緩める」ことを勧めています。ここで重要なのは、動画内に具体的な数値指定がない点です。- 「適正の見方」: つまみの目盛りより、刺繍の裏面で判断します。裏面に 下糸(白)が中央に約1/3見え、左右に上糸色が約1/3ずつ 見える状態が目安です。裏が上糸色だけなら上糸テンションが緩め、表に下糸が出るなら上糸テンションが強めです。調整は大きく回さず、少しずつ。

- 糸の品質を見直す
低品質の糸は切れやすい、というのが動画の指摘です。古い糸は乾燥して脆くなることもあります。切れの切り分けでは、まず“いつも安定している糸”に替えて変数を減らします。 - 針を点検する
針が傷んでいると、特に針穴付近で糸が裂けやすくなります。- チェックポイント: 針先や溝に欠け・曲がりがないかを目視し、少しでも違和感があれば交換します(曲がり針は糸切れだけでなく、下糸が拾えない原因にもなります)。

- ホコリ・糸くず(リント)を清掃する
リントの堆積は摩擦を増やし、糸の流れを乱します。動画では特に、釜(フック)/ボビン周りの清掃が示されています。補足油とリントが混ざると粘着質になり、糸の動きを“ブレーキ”のように邪魔します。清掃は「見える範囲だけ」ではなく、ボビンケース周辺を優先します。

なぜ起きる?(同じ糸切れを追いかけないための整理)
上糸切れは、主に次の3つが重なって起きます。どれが支配的かを見極めると、対処が速くなります。
- 摩擦: 荒れた接触点、リントが詰まったガイド、針や針板周りの微細な傷など。糸端が毛羽立つなら摩擦の可能性が高めです。
- 過大テンション: 上糸テンションが強すぎる、または糸道のどこかで実質的に糸が引っ掛かり、張力が上がっている。
- ショック(衝撃荷重): 生地が跳ねる(フラッギング)→戻る、枠移動が速度に対して急、などで糸に瞬間的な負荷がかかる。
重要テンションを触って一時的に直っても、原因がフラッギング(枠張り不安定)なら再発します。だからこそ、動画の順番(糸道→テンション→針→清掃)は、現場でも有効な切り分け順です。
枠張りの安定性は「糸切れ」を増幅させる
動画では針折れの章で枠の締め具合に触れますが、実務では枠張り不良が糸切れの引き金になることがよくあります。スタビライザー(刺繍用の安定紙/安定材)が不足したり、生地が枠内で動くと、縫製中に生地が上下にバタつき、上糸に細かな衝撃が入り、結果として糸切れが増えます。
現場の痛点(量産で起きやすい): 標準のネジ式フープでTシャツ等を回すと、次の2つに悩みが出やすくなります。
- 枠跡(枠焼け): リング跡が残り、スチームでも戻りにくい。
- 手首の負担: フラッギングを止めるために強く締め続けると疲労が蓄積する。
より一定の押さえ圧で、枠跡を抑えつつ枠張りを安定させたい場合、現場ではマグネット刺繍枠(磁性フレーム)を選ぶケースがあります。これは“便利”だけでなく、生地の跳ねを抑えて糸切れを減らす という意味で理にかなっています。刺繍ミシン 用 枠入れ の効率を見直すときは、「1着の枠張りに2分以上かかる」「ズレてやり直しが出る」なら、フープが利益を削っているサインです。
注意(機械安全): 針周り・釜周り・可動部の清掃や点検は、必ず電源を切ってから行ってください。誤作動で急に動くと、工具や糸を巻き込み、ケガや高額修理につながります。
下糸(ボビン糸)が拾えない原因と対処
上糸が下糸を拾えないと、縫い目が形成されません。表でループが出る、縫いが進まない、糸は切れていないのに「糸切れ」エラーのように止まる——といった症状になります。動画の流れはシンプルで、装着確認→上糸の掛け直し→清掃→針確認 です。

ボビン装着の確認(動画ベース)
- ボビンの向きと回転方向 を確認し、正しく糸が送り出される状態にします。
- 補足(向きの見分け): ボビンを手に持って糸端を垂らしたとき、見え方が「P」になる向きが基本です。ケースに入れて糸端を引いたとき、ボビンが 時計回り に回るかを確認します。

- 上糸を掛け直す(最初から最後まで)。動画でも、上糸の掛け直しが対処として明確に入っています。上糸側のテンション抜けやガイド外れが、ボビン不良のように見えることがあります。
- ボビンケース周辺を清掃 してリントを除去します。ブラシで掻き出し、エアを使う場合は低圧で「奥へ押し込まない」方向を意識します。

- 針が曲がっていないか確認 します。曲がり針は、フックが糸ループを拾うタイミングを崩しやすく、拾い不良の原因になります。
仕組みの要点(釜周りを“言葉で見える化”)
縫い目はタイミングで決まります。針が下りて上がり始める瞬間に糸ループができ、そこを回転釜(ロータリーフック)が拾います。
- リントでわずかな隙間ができる → 拾い損ね
- 針が少し曲がる → 拾い損ね
- ボビン側が緩すぎる → 糸絡み(鳥の巣)
ドロップテスト(ヨーヨーテスト): ボビンケースを糸端で持ち、ヨーヨーのようにぶら下げて確認します。自重は支え、手首を軽く動かしたときに少し落ちて止まるのが目安です。
- 落ち続ける: 緩すぎ → ケースの小ネジを少し締める
- まったく落ちない: きつすぎ → 小ネジを少し緩める
実務では、拾い不良が出たら、いきなりツマミを回す前に「基準状態」に戻すのが早道です。
- 上糸を丁寧に掛け直す
- ボビンの向き・座りを確認する
- 釜/ボビンケース周辺のリントを除去する
- 少しでも疑わしければ針を交換する
針折れを防ぐ
針折れは音も大きく危険で、製品不良だけでなく釜に傷(バリ)を作る原因にもなります。動画では、針の選定/曲がり針の交換/枠張り/厚物は減速 の4点が要点です。

針の選び方(動画の要点)
Grace は「生地に合った針の種類・番手」を使うことを勧めています。まずは“合っているか”を優先して見直します。
曲がった針はすぐ交換
動画でも、曲がり針の交換が明確に入っています。

補足(簡易チェック): 針が真っ直ぐか迷う場合は外して、平らな面の上で転がし、先端がブレるなら交換します。曲げ戻しはしません。
枠張り:きつく、ただし伸ばし過ぎない
動画の言い方が重要で、「しっかり張るが、過度に引っ張らない」。伸ばし過ぎは歪みやズレ、縫い上がりの波打ち(パッカリング)につながります。

厚物はスピードを落とす
動画では、厚い素材では速度を下げて針折れを防ぐことが明言されています。
- チェックポイント: 厚物で異音や針の“突っかかり感”が出るなら、まず減速して挙動を安定させます。
実務の要点:針折れは「抵抗+生地の跳ね」で起きやすい
針折れは、針が想定以上の抵抗を受けてしなり(たわみ)が出ると起きやすくなります。生地が跳ねる(フラッギング)と、針が戻る瞬間に生地が針に追従してしまい、結果として針板に当たりやすくなります。
マグネット刺繍枠を使う場合は、挟み込みが強力です。扱いは安全第一で。
注意(マグネット安全): マグネット刺繍枠は強力な磁力を使用します。指を挟むと危険です。医療用インプラント(ペースメーカー等)、磁気カード、精密機器には近づけないでください。枠同士を勢いよく吸着させないよう注意します。
目飛び(スキップステッチ)を直す
目飛びは、サテンのスジ抜け、埋めの抜け、面のムラとして現れ、仕上がりを一気に安っぽく見せます。動画の対処は、針/糸掛け/テンション/清掃 の基本に集約されています。
糸掛けの掛け直し(動画ベース)
Grace は、糸掛けが誤っている場合は掛け直しを推奨しています。実務では、糸がチェック(スプリング)から外れていると目飛びが出やすくなります。

テンションのバランス確認(動画ベース)
上糸・下糸(ボビン糸)のテンション確認が推奨されています。

針の状態と清掃(動画ベース)
- 針が鈍い/曲がっている場合は交換します。
- 汚れやリントが縫いを邪魔するため、清掃します。
補足:目飛びは「条件の限界サイン」でもある
目飛びが特定の箇所(密度が高い角、細かい文字など)だけで出る場合、機械不良というより、素材条件や安定性(スタビライザー、枠張り)とデータ条件が重なっている可能性があります。まずは動画どおり、針・糸掛け・テンション・清掃で基準状態に戻してから再テストします。
異音の診断
「いつもと違う音」は故障の前兆です。動画では、異音が出たら ネジの増し締め/注油/詰まり(糸くず・糸絡み)の確認 を行う流れです。
ネジの増し締め(動画ベース)
振動でネジは緩みます。外装や周辺のネジを確認します。

注油ポイント(動画ベース)
摩擦低減のため注油が推奨されています。

詰まり(糸・リント)の確認(動画ベース)
可動部に糸やリントが噛み込んでいないか確認します。針板下の糸絡み(鳥の巣)が、ガリガリ音や引っ掛かり音の原因になることがあります。

音で分かる“危険サイン”(止める基準)
- カタカタ(ラトル音): ネジの緩み、枠の固定不良などを疑う
- キュッキュッ(きしみ): 摩擦増大のサイン。注油・清掃を優先
- ガリガリ/カチカチ(研削・打音): 糸噛み、針が針板に当たっている可能性。直ちに停止して点検
デジタイズ(刺繍データ)面のサポートについて
動画では Digitizings.com のサービスがサポートとして触れられています。糸掛け、針、清掃、基本テンションを整えても、同じデータだけが繰り返し不調 なら、刺繍データ側(密度、アンダーレイ、文字サイズなど)が原因の可能性があります。
量産では「一度縫える」より「毎回安定して縫える」が重要です。データ品質が悪いと、どんなに高価な機械でも糸切れや目飛びが出ます。
修理だけでなく“作業フロー改善”を考えるタイミング
トラブル対応は必要ですが、枠張りのばらつきで時間を失っているなら、改善余地は機械の外側にあります。
- 枠張りが遅い/曲がる/位置が安定しない: 枠を水平に保持し、毎回同じ位置に置ける フーピングステーション の導入を検討します。量産の段取りが安定します。 hooping station
- 締め付けを速く・一定にしたい/手首負担を減らしたい: マグネット刺繍枠への移行を検討します。マグネット刺繍枠 ricoma 用 や ricoma mighty hoop スターターキット のように、用途に合わせて揃える考え方があります。
- 生産量が増え、単頭機の段取りが追いつかない: 単頭式 刺繍ミシン は柔軟ですが、色替えや段取りの面で限界が出ます。稼働時間が長く、受注を断る状況なら、設備構成の見直しが必要です。
Prep
テンションを触る前に、技術者のように「作業環境を基準化」します。まずは“清潔なコックピット”を作ってください。
隠れ消耗品&事前準備(不具合の大半はここ)
作業前に揃えるもの:
- 新品の針: まずは標準番手を用意
- ミシン油: 先端が細いオイラーが便利
- ブラシ類: リント除去用
- ピンセット: ボビン周りの糸端回収
- 照明: 見えない汚れは取れません
Prep Checklist(トラブル対応前)
- 清掃・点検は電源OFFで行う
- 取扱説明書(注油図)を手元に置く
- 曲がり/摩耗が疑わしい針は交換する
- 刺繍用の糸を使用しているか確認する
- 釜/ボビン周りの見えるリントを除去してから再テストする
- ボビンの巻きが均一か、巻き量が極端に少なくないか確認する
Setup
迷ったらここに戻す「基準状態(ベースライン)」です。
ベースライン復帰の手順(再現性重視)
- 上糸を掛け直す: 古い糸を抜き、コーンから掛け直します。すべてのガイドとチェック(スプリング)を確実に通します。
- ボビンを確認: ケースを外し、リントを除去。ボビンを入れ、ドロップテストを行います。
- 針を点検: 新品針に交換し、奥まで確実に差し込みます(向きは取扱説明書に従う)。
- テンションを戻す: 触った場合は、標準状態に戻してからテストします(基準位置は機種・個体差があるため、目盛りではなく“元の状態”を基準に)。
Setup Checklist(テスト前の基準)
- 上糸が全ガイド/テンションポイントを通っている
- ボビンが正しい向きで座り、時計回りに送り出される
- 針が新品で、真っ直ぐに奥まで入っている
- 釜/ボビン周りにリントや糸絡みがない
- テストは簡単なパターンを使う(複雑なロゴで始めない)
Operation
商材を流す前に、必ず制御されたテストを行います。
テスト運転(チェックポイント付き)
- 低速で開始: 厚物や不調時は特に、速度を落として様子を見ます。
- チェックポイント: 音が滑らかか(異音がないか)
- 期待結果: ガタつき・研削音がない
- 立ち上がりを観察: スタート直後の数秒を見る
- チェックポイント: 上糸が下糸をすぐ拾うか
- 期待結果: 縫い目が形成される
- テンションを観察: 少し走らせて縫い姿を確認
- チェックポイント: ループや糸締まり不良がないか
- 期待結果: 縫いが安定している
- 裏を確認: 停止して裏面をチェック
- チェックポイント: 下糸の見え方が極端でないか
- 期待結果: バランスが取れている
Operation Checklist(テスト後)
- テスト中に上糸切れが出ない
- 下糸が安定して拾える
- 目飛びが目立たない
- 異音がない
- 仕上がりがフラットで、周囲が波打たない
Troubleshooting
当てずっぽうを避けるための「症状 → 原因 → 対処」早見表です。上から順に戻してください。
1) 症状:上糸切れが多発
- 主な原因: 糸道ミス(ガイド飛ばし)/テンション強すぎ/糸品質/針の傷み
- 対処: 1. 上糸を掛け直す 2. 針交換 3. 糸を替える 4. テンションを少し緩める
2) 症状:下糸(ボビン糸)が拾えない
- 主な原因: ボビン向き違い/リント詰まり/上糸の掛け不良/針の曲がり
- 対処: 1. 釜・ケース清掃 2. ボビン向きを修正 3. 上糸を掛け直す 4. 針交換
3) 症状:針が折れる
- 主な原因: 生地に対して針が不適合/厚物で速度が高い/枠張り不安定(フラッギング)
- 対処: 1. 針の見直し 2. 枠張りを安定させる 3. 厚物は減速する
4) 症状:目飛び
- 主な原因: 針の摩耗・曲がり/糸掛け不良(チェック外れ)/テンション不良/汚れ
- 対処: 1. 針交換 2. 糸掛けを掛け直す 3. テンション確認 4. 清掃
5) 症状:異音
- 主な原因: 注油不足/ネジの緩み/糸絡み(鳥の巣)やリント噛み
- 対処: 1. 注油(説明書準拠) 2. 増し締め 3. 詰まり除去
「現場のコツ」
表にツヤっぽいループが出る場合、上糸テンションが緩いことがあります。ただし、いきなり締める前にテンションディスクの清掃を優先してください。リントがディスク間に噛むと、ディスクが開いたままになり、テンションが掛からない状態になります。糸を“フロス”のように通して異物を除去し、基準状態に戻してから再調整します。
Results
刺繍は変数のゲームです。このガイドの順番(糸道→針→清掃→テンションを基準状態から)で進めると、当てずっぽうが減り、再現性が上がります。期待できる状態は次のとおりです。
- 糸切れが減り、連続運転が安定する
- 裏面の糸バランスが極端に崩れない
- 異音が減り、動作が滑らかになる
それでも枠張りのやり直し、枠跡、段取りの遅さで時間を失っているなら、次は作業フロー(治具・枠の方式)を見直す段階です。最後に、関連機種情報は ricoma 刺繍ミシン と対応アクセサリーの最新情報も確認してください。
