目次
必要な道具:通線ワイヤー(スレッディングワイヤー)
業務用刺繍ヘッドの糸掛けは、単なるメンテナンスではなく「生産ラインの血管」です。現場で起きる“機械トラブル”に見える症状(ループ、鳥の巣、糸切れ、糸の毛羽立ち)の多くは、実は糸道の通し間違い・掛け不足が原因であることが少なくありません。
本記事は、Honpoの単頭機で15本針構成のヘッドに対して、動画で示されている糸道をそのまま追いながら解説します。単に「ここを通す」ではなく、正しく掛かったときの手応え(抵抗感)や、目視での整列、そして“掛かったつもり”を防ぐ確認ポイントまで落とし込みます。
honpo 刺繍ミシン を運用しているなら、糸掛けは「始業点検」と同じ扱いにしてください。ガイドを1か所飛ばす、テンションディスクに浅く乗る——それだけで、停止・やり直し・ロスが確定します。

この記事で分かること(なぜ重要か)
- テンションの構造理解:コーン → ガイドチューブ → テンションディスク → 糸切れセンサー車 → 天秤(テイクアップレバー) → 針穴、という流れを“糸の役割”として理解。
- 見えないミスの正体:テンションディスクは「通した」だけでは不十分な理由と、確実に噛ませるための「フロス掛け」。
- チェックポイント:目と手で確認できる“稼働OK”の合図を、工程ごとに整理。
準備と消耗品の見落としチェック(飛ばさない)
糸に触る前に、まず段取りを整えます。現場では「とりあえず糸を通す」より、停止要因を先に潰す方が結果的に速いです。
準備チェック(30秒点検):
- 針と糸の相性確認:針番手と糸の太さが合っていないと、糸道が完璧でも毛羽立ち・糸切れが出やすくなります。
- コーンの座り:糸立てのピンにコーンが安定して載っていること。チェックポイント:軽く触れてグラつくなら、安定させてから開始。
- 糸端の切り直し:毛羽立った糸端のまま通すと、ガイドや針穴で引っ掛かりやすくなります。通す直前に切り直します。
- テンション周りの目視:テンション部に糸くずが溜まっていると、抵抗が増えて不安定になります。可能なら軽く清掃してから。
- ガイドチューブの状態:ガイドチューブ(白い樹脂チューブ)が潰れ・折れ・強い曲がりになっていないか確認。
注意:安全面。 糸掛け中でも、針周り・天秤周りには指、袖、アクセサリー、髪が近づかないようにしてください。作業中は停止状態で行い、誤作動・誤始動が起きない前提を作ります。

手順1:上部ガイドチューブ系(糸立て〜ヘッド入口)
ここで糸が“抵抗を持って”機械に入ると、その後はずっと抵抗を抱えたまま縫うことになります。狙いは「無理なく、まっすぐ、引っ掛かりゼロ」です。
1)糸立てにコーンを装着する
大きいコーンを糸立てのピンにしっかり載せます。
- 作業:糸を上方向へまっすぐ引き上げます。
- チェックポイント:糸がスムーズにほどけること。引くたびに引っ掛かる感触がある場合は、コーンの座りや糸の絡みを先に解消します。
到達状態:糸がガイドラックの下で、素直に上へ立ち上がっている。

2)通線ワイヤーでガイドチューブに糸を通す
手で糸を押し込むより、通線ワイヤーを使う方が確実で速いです。
- 挿入:機械側(下側)から、白い樹脂ガイドチューブへ通線ワイヤーを差し込み、糸立て側(上側)まで通します。
- 掛ける:ワイヤー先端の輪に、切り直した糸端を通します。
- 引き戻す:ワイヤーをゆっくり下へ引き、糸をチューブ内に引き込みます。
チェックポイント:糸を軽く前後に動かし、チューブ内で引っ掛かりがないこと。抵抗が強い場合は、チューブの曲がりや潰れを疑います。
到達状態:糸が機械側へ出て、テンション部へ無理なく持っていける。
3)チューブのカラー(白い樹脂部)を金具に確実に戻す
ここは止まりやすい“地味な要点”です。白い樹脂カラーが金具ブラケットにきちんと収まっていないと、糸の入り角度が変わり、テンションが不安定になりやすくなります。
- チェックポイント:軽く引いてもチューブが抜けないこと。

手順2:テンション周り(テンションディスク〜糸切れセンサー)
ここは糸調子の中心です。15本針 刺繍ミシン のような多針ヘッドでは、針ごとの糸道が似ている分、テンションの“掛け不足”が見落とされがちです。
4)上部アイレットを通し、テンションディスクに「フロス掛け」する
テンションノブの上に糸を“乗せるだけ”では不十分です。テンションディスク(摩擦板)の間に糸を確実に噛ませます。
フロス掛け(確実に噛ませる動作):
- 上部のアイレット(糸穴)に糸を通します。
- メインテンションノブの位置へ糸を導きます。
- 糸を両手で持ち、上下方向に軽く引きながら、ディスクの間へ「歯間ブラシのように」滑り込ませます。
チェックポイント:糸に“スッ”とした抵抗が出ること。抵抗がゼロに近い場合、ディスクに入っておらず外周に乗っている可能性があります。
到達状態:糸がディスクの間に深く入り、安定した抵抗が得られる。


5)糸切れセンサー車(黒いホイール)に正しく掛ける
糸を金属ガイドピンの下を通し、黒いセンサー車に掛けます。
なぜ重要か:この車は糸の動きを検知します。糸が車に触れていない(浮いている)と、糸切れ誤検知で停止しやすくなります。
チェックポイント:糸がセンサー車の溝に“乗っている”こと(接触して回る状態)。
到達状態:糸が車の溝に収まり、糸送りに追従できる。
手順3:中間〜下部ガイド(針番号の糸道を守る)
多針機のここは“車線管理”です。隣の針の糸道に入り込むと、色替え・糸切りのタイミングで絡みやすくなります。
6)該当針番号の縦アイレットに通す
糸掛けしている針番号に対応する縦の金属アイレットを選び、そこへ通します。
- チェックポイント:横から見て、糸がまっすぐ縦に落ちていること。隣の糸と交差していないこと。
到達状態:糸が単独で垂直に降り、他の糸と干渉しない。


7)下部の水平ガイドバーの“奥”に掛ける
下側の水平ガイドバーの奥(保持ピンの後ろ)に糸を入れます。ここも「フロス掛け」の要領で、確実に奥へ入れるのがコツです。
チェックポイント:軽く下へ引いても、糸が手前に飛び出してこないこと。飛び出す場合は保持ピンの奥に入っていません。
到達状態:糸が針棒の真上でセンターに揃い、針周りへ導ける。

現場のコツ(生産目線)
糸掛けは“固定時間”の作業ですが、掛け直しが頻発すると実質の段取り時間が増えます。おすすめは、通し終えたら毎回「上から下へ」目視で流れをスキャンする習慣です(チューブ → テンション → センサー車 → 下部バー)。
また、糸掛け中にワークの置き場が定まらず手元が乱れる場合は、作業台のレイアウトを見直す余地があります。枠張り工程を安定させたい場合は、専用の hooping station for embroidery machine を用意して、ワーク準備と糸掛け作業を分離するとミスが減ります。
手順4:天秤〜針穴〜糸端固定(立ち上がりの成否を決める)
最後の数センチが、立ち上がりの鳥の巣・糸絡みを左右します。動画でも、天秤と針穴、そして糸端の固定で締めています。

8)天秤(テイクアップレバー)と最終ガイドに通す
- 天秤(上下するアーム)の穴に糸を通します。
- 針クランプ直上の小さなガイド(セラミック/金属の小ガイド)に通して針元へ下ろします。
チェックポイント:天秤の“穴を通っている”こと。アームに巻き付いていると、動作で糸が引っ掛かります。
到達状態:糸が中央に制御され、針元へ素直に降りる。


9)針穴に通す(前→後)
通りにくいときは、力任せにしないのが鉄則です。
- 手順:糸端を切り直し、針穴へ 前から後ろ にまっすぐ通します。
- 長さ:糸端は少し長めに引き出します(動画では約2〜3インチ程度)。
チェックポイント:針穴を通した直後に糸が毛羽立つ/裂ける場合、針穴や針先の傷(バリ)を疑い、針交換を検討します。
到達状態:糸がきれいに針の後ろへ抜け、毛羽立ちがない。


10)糸端をホルダースプリング(キーパークリップ)に固定する
針棒/押さえ周り前面のホルダースプリング(糸端保持クリップ)に、糸端を上方向へ滑り込ませて固定します。
なぜ重要か:糸端が遊んだままだと、立ち上がりで下側に巻き込まれて鳥の巣になりやすくなります。
チェックポイント:糸端が保持され、針板の穴付近に垂れ込んでいないこと。
到達状態:立ち上がりが安定し、初動での絡みを防げる。

セット完了チェック(稼働OKの最終確認):
- ガイドチューブのカラーがブラケットに確実に収まっている。
- テンションディスクにフロス掛けできており、抵抗がある。
- 糸がセンサー車の溝に乗っている。
- 糸道が垂直で、隣の糸と交差していない。
- 下部水平ガイドバーの保持ピンの奥に入っている。
- 天秤は穴を「通って」いる(巻き付きなし)。
- 針穴は前→後で通っている。
- 糸端がキーパークリップに固定されている。
正しい糸道が糸切れを減らす理由
糸切れは“運”ではなく、糸の物理条件(摩擦・熱・テンション・引っ掛かり)の結果です。
起きやすい失敗の仕組み
- 摩擦と発熱:高速運転では、ガイド部のわずかな引っ掛かりが熱と毛羽立ちにつながります。
- テンションの成立不良:テンションディスクに噛んでいないと、縫い目が不安定になりやすく、絡みやすい状態になります。
- センサー誤検知:センサー車に触れていないと、糸切れ扱いで停止しやすくなります。
「Thread Break(糸切れ)」停止からの復帰の考え方
停止表示が出たときに、糸を結んで続行するだけだと再発しやすくなります。まずは、テンションディスク以降の糸道を中心に「掛け不足/外れ」を疑い、必要なら掛け直します。
準備
安定稼働は段取りで決まります。
消耗品・周辺準備の考え方
糸だけでなく、針や下糸(ボビン糸)周りの状態も、糸掛けの成否に直結します。
難しいアイテム(厚手・段差が大きいもの等)では、枠張りの安定性が縫い品質に影響します。そうした場合、刺繍ミシン 用 枠入れ の工程自体を見直すのが近道です。
準備チェック(現場投入前):
- 使う針番号に、正しい色の上糸がセットされている。
- 針の状態を確認(曲がり・欠けの疑いがあれば交換)。
- 下糸周りに糸くずが溜まっていない。
- 生地に合ったスタビライザー(刺繍用の安定紙/安定布)を選定している。
セットアップ
作業姿勢と視認性は、ミスの発生率に直結します。
作業性(エルゴノミクス)
針穴が見えない環境では、糸が針穴で毛羽立っていても気づけません。手元照明と、無理のない高さ・姿勢を確保します。
趣味運用から業務運用へ移行する場合は、段取り替え時間(色替え・糸掛け・枠張り)を意識すると改善点が見えます。多針 刺繍ミシン(Honpoの15本針のような多針機)は、色を常時セットできるのが強みなので、その強みが活きる運用(止めない・掛け直さない)を作るのが重要です。
判断フロー:道具をアップグレードするタイミング
刺繍は「作業に合う道具」を当てるほど安定します。
判断フロー(作業改善):
- 症状:デリケート素材で枠跡が出る/厚物が締まりにくい
- 考え方:通常の刺繍枠は摩擦と締め付けで固定するため、素材によっては負担が出ます。
- 選択肢:マグネット刺繍枠に切り替えると、押さえ方の性質が変わり、固定が安定しやすくなります。
- 探し方:サイズ選定や扱い方は マグネット刺繍枠 使い方 を参照。
- 症状:色替えに時間がかかり、日産が伸びない
- 考え方:単針は試作向きで、量産では段取り替えがボトルネックになりやすいです。
- 選択肢:多針化を検討。
- 探し方:導入検討なら 多針 刺繍ミシン 販売 で針数や用途を比較。
注意:マグネットの取り扱い。 マグネット刺繍枠は強い磁力を持ちます。医療機器等への影響に配慮し、取り外し時は指を挟まないよう注意してください。
運用
糸掛けが完了したら、最初の立ち上がりで品質を確認します。
初動の品質チェック
- 低速スタート:最初の数針は速度を落として、糸の動き・異音・引っ掛かりを観察します。
- 音の確認:規則的な作動音が基本です。異音が出る場合は一度停止し、糸道と針周りを再確認します。
トラブルシュート(症状 → 可能性 → まずやること)
| 症状 | 可能性が高い原因 | まずやること(低コスト順) |
|---|---|---|
| 立ち上がりで鳥の巣(下側) | 糸端未固定/テンションディスクに噛んでいない | 1. 糸端をキーパーに固定 <br> 2. テンションをフロス掛けし直す |
| 上糸が毛羽立つ・切れる | 針穴の傷/糸道の引っ掛かり | 1. 針交換を検討 <br> 2. 糸道を上から順に掛け直して確認 |
| 糸切れ誤検知で止まる | センサー車に触れていない | 糸を溝に確実に乗せ直す |
| 縫いが不安定(ループが出る) | テンション成立不良(掛け不足) | テンションディスクの噛み込みを再確認 |
| 針折れ | ワークの引っ張り/干渉 | 稼働中に生地を引かない。干渉がないか確認 |
運用後チェック:
- 針周り・フック周りに糸端が残っていない。
- 次の立ち上げに備え、糸道が外れていないか目視。
まとめ
Honpoの糸掛けは、ガイドチューブの通線と固定、テンションディスクへの確実な噛み込み、糸切れセンサー車への正しい接触、そして糸端固定までを一連で揃えることで、停止要因を大きく減らせます。
さらに効率を上げたい場合は、糸掛けだけでなく工程全体を見直してください。難しいワークの枠張りを安定させるために マグネット刺繍枠 を取り入れるのか、15本針ヘッドの強みを活かして段取り替えを減らすのか——“止まらない運用”が、品質と生産性の両方を底上げします。
