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HatchのCorelDRAW Essentialsとは(図形整形→刺繍化までを一気通貫)
自分でデジタイズする人ほど、毎回フリーハンドで線を引くのが一番遠回りだと気づきます。現場で速いのは「描く」よりも、基本図形を組み合わせて設計するやり方です。
刺繍データは“絵”ではなく、最終的には高速で走る針の軌跡です。図形(ベクター)を意図して整形し、最後にステッチへ変換しても形が崩れないように組み立てる——この発想が、仕上がりと再現性を大きく変えます。
本ガイドでは、Hatch EmbroideryのCorelDRAW Essentials連携(チュートリアル内で言及されているとおり、Version 6)上で、基本図形からハート形状を作り、以下を順に確認します。
- モード切替の基本: 刺繍(ステッチ)モードと、グラフィック(ベクター)モードの行き来
- 基本図形の構築: Basic Shapesから形を作り、複製して重ねる
- ブーリアン(図形演算): Weld/Trim/Intersect/Simplify/Front/Back Minusで形を作り込む
- ステッチ変換: 仕上げたベクターをTatami(タタミ)やアウトラインへ変換し、Hatch内で編集可能な刺繍オブジェクトとして扱う

現場目線のチェックポイント 画面上で線がきれいでも、縫い上がりがきれいとは限りません。重なりを放置したまま変換すると、不要な密度が増えて硬くなったり、糸切れや下糸の絡み(いわゆる鳥の巣)につながることがあります。本記事では、要所で「デジタイズ→実縫い」を意識した確認ポイントを挟みます。

Heart_Design_V1_Vector.EMB)。基本図形の作成と複製
手順1 — グラフィックモードへ切り替え(白いキャンバスを出す)
刺繍モードはステッチ編集、グラフィックモードは図形編集です。Hatch内の「Switch to Graphics Mode」ボタンで切り替えます。
操作: モード切替ボタンをクリック。 見た目の確認: グリッドがある刺繍画面から、白いキャンバス中心の画面に切り替わります。この“白いキャンバス”が、図形を作る作業領域です。
チェックポイント: まだグリッドが見えている場合は、刺繍編集側に残っている可能性があります。白いキャンバスになるまで切り替えを確認してください。
期待される結果: 図形作成用の白い作業スペースが表示される。

手順2 — ハートの基本図形を作って見た目を整える
まずはプリミティブ(基本図形)から始めます。
- ツール選択: Basic Shapes > Heart を選択。
- 作図: 左クリックを押したまま斜めにドラッグしてサイズを決めます。
- 塗り: カラーパレットから青で塗りつぶし(ここでは識別しやすさ優先)。
- アウトライン: アウトライン(線幅)を 4.0(ポイント)に設定。
補足(4.0の意味): グラフィック上では単なる線幅ですが、刺繍へ変換したときにアウトラインがどのようなステッチとして解釈されるかに影響します。太めの線幅は、後工程でしっかりした縁取りとして扱いやすくなります。
チェックポイント: オブジェクトが選択状態(ハンドル表示)になっていることを確認してから、色や線幅を変更します。
期待される結果: 青い塗り+太めのアウトラインを持つハートが作成される。

手順3 — 右クリックドラッグで複製(「Copy Here」)
同じ形をもう一つ作るとき、描き直すと微妙にサイズがズレます。複製で“数学的に同一”を作るのが早くて確実です。
- 選択: ハートをクリック。
- 複製操作: 右クリックを押したままドラッグして移動。
- 確定: ボタンを離すとメニューが出るので 「Copy Here」 を選択。
感覚的な確認: 右クリックドラッグ→離す→小さなメニュー、の流れになります。メニューが出ずに単に移動した場合は、左クリックで動かしている可能性が高いです。
チェックポイント: ハートが2つになっていることを確認。1つしかない場合は Ctrl+Z(元に戻す)でやり直します。
期待される結果: 同じサイズのハートが2つ並ぶ。

手順4 — 重ねて色を変え、前後関係を見える化
片方のハートをもう片方に少し重ね、上側のハートの塗りをピンクに変更します(最近使った色のパレットから選べます)。
現場のコツ(意図): ブーリアン操作を覚える段階では、色のコントラストが高いほど“どこが重なっているか”“どちらが上か”が一目で分かります。後で刺繍へ変換すると、重なりを放置したままでは同じ箇所にタタミが二重に入って密度が上がりやすく、硬さやトラブルの原因になります。

ブーリアン操作(Weld/Trim/Intersect)を理解する
ブーリアン操作は、形を足す・引く・重なりから新しい形を作るための基本です。Hatch/Corel Essentialsの整形ツールバーは状況依存(コンテキスト)で、基本的に「2つ以上のオブジェクトを選択」したときに表示されます。
手順5 — 複数選択で整形ツールバーを出す
整形系のアイコンが出ないときは、ほぼ選択ミスです。
- オブジェクトA選択: 1つ目のハートをクリック。
- オブジェクトB追加: Shift を押しながら2つ目のハートをクリック。
- 表示確認: 上部ツールバーにWeld/Trim/Intersectなどのアイコンが表示されます。
つまずきポイント: Shiftを押すタイミングが遅い/クリックが外れてキャンバスを選んでしまう、などで複数選択が解除されます。
期待される結果: 2つのオブジェクトが同時選択され、整形ツールバーが有効になる。

手順6 — Weld(結合)
2つのハートを選択した状態で Weld をクリックします。
動作の要点: Weldは複数オブジェクトを1つの曲線オブジェクトにまとめ、内部の境界や重なりを消します。結果は基本的に上側オブジェクトの属性(色など)を引き継ぎます(動画ではピンクが上にあるためピンクになります)。
チェックポイント: クリックしたときに“1つのオブジェクト”として選択されるか確認します。
期待される結果: 2つのハートが一体化した単一シルエットになる。

手順7 — Trim(型抜き)
Ctrl+Zで元に戻して、再び2つのハートを重ねた状態にします。2つを選択して Trim をクリックします。
動作の要点: Trimは、片方の形を使ってもう片方を切り抜きます。
チェックポイント: 上側のハートをドラッグしてずらし、下側に“ハート形の欠け”ができているか確認します。
期待される結果: 下側のハートが、上側の形に合わせて切り抜かれている。

手順8 — Intersect(重なり部分だけを新規作成)
再度Ctrl+Zで元に戻し、2つを選択して Intersect をクリックします。
動作の要点: 2つの重なり部分だけを使って、新しいオブジェクトを作成します。元の2つは残り、重なり部分が“3つ目のパーツ”として生成されます。
チェックポイント: 重なり部分をドラッグして引き出し、独立したオブジェクトになっているか確認します。
期待される結果: 重なり部分から新しい形状(小さなエンブレム状)が生成される。

応用整形:Simplify/Front/Back Minus
ここからは、重なりの整理や“抜き”の作成に使うツールです。ロゴの抜きや、不要な重なりを減らす設計に役立ちます。
手順9 — Simplify(重なりの整理)
重なっているオブジェクトを選択し、Simplify をクリックします。
動作の要点: 重なり部分を整理し、隠れている部分を削って重複を減らします。動画でも、上側を動かして確認すると、下側が重なりラインでカットされているのが分かります。
チェックポイント: 上側のオブジェクトを動かし、下側の形が重なりに沿って削れているか確認します。
期待される結果: 重なりが整理され、不要な二重部分が減った状態になる。

手順10 — Front Minus Back(前面から背面を差し引く)
2つを選択し、Front Minus Back をクリックします。
動作の要点: 背面オブジェクトの形で、前面オブジェクトから差し引きます。結果として背面側は消え、前面側に抜きが入ります。
期待される結果: 背面オブジェクトが消え、前面オブジェクトが切り抜かれる。

手順11 — Back Minus Front(背面から前面を差し引く)
2つを選択し、Back Minus Front をクリックします。
動作の要点: 手順10の逆で、前面オブジェクトが背面を切り抜く側になります。動画でも「アイコンを見ると判断しやすい」と言及されています。
チェックポイント: アイコンの前後関係を見て、どちらが残るかを確認してから実行します。
期待される結果: 背面側にネガティブスペース(抜き)ができる。

ベクターを刺繍ステッチへ変換
手順12 — 変換(Convert)
ここでベクターを刺繍オブジェクトへ変換します。
- 仕上げたベクター形状を選択。
- Convert をクリック(または刺繍モードへ切り替え)。
- ソフトがステッチを生成します。
見た目の確認: ベタ塗りが糸の質感(タタミ等)のシミュレーション表示に変わり、アウトラインもステッチとして表示されます。
編集可能であることの利点: Hatch内で作成・変換しているため、単なる“縫い目の集合”ではなく、刺繍オブジェクトとしてプロパティ編集が可能です。動画でも、ダブルクリックして通常どおり編集できることが示されています。
期待される結果: ベクターがEMB内の刺繍オブジェクト(ステッチ)に変換される。

変換時のラグ(重い/固まる)への対処
動画では、変換がPCに負荷をかける場合があるため注意が促されています。
トラブルシューティング: 変換が重いときは、
- 分割して変換: まとめて変換せず、オブジェクトを1つずつ変換する(動画でも、1つだけ選択されていたため1つだけ変換され、負荷を避ける意図が語られています)。

まとめ:画面の形を“縫える形”に落とし込む
準備:消耗品と物理段取り(縫い品質の土台)
ソフトで形ができても、実際に縫うのはミシンです。仕上がりの不具合は、データだけでなく段取りの影響も受けます。
事前チェックの考え方(例)
- スタビライザー(裏当て): 生地の伸縮や厚みに合わせて選定し、試し縫いで確認する。
- 枠張り: 枠張りが斜めだと、どれだけデータが正しくても仕上がりは斜めになります。
枠張りの再現性や枠跡(枠のリング痕)に悩む場合、一般的な刺繍枠よりも マグネット刺繍枠 のほうが扱いやすいケースがあります。生地を強く押し潰しにくく、保持を安定させやすいのが利点です。
事前チェックリスト(デジタイズ前/縫い前)
- 版管理: 破壊的な整形(Weld/Trim/Minus)前に別名保存して戻れる状態にする
- 重なり確認: Simplify/Trimで不要な重なりを減らし、密度が二重になる箇所を作らない
- 変換負荷対策: 重い場合はオブジェクトを分割してConvertする
- 編集可能確認: 変換後にダブルクリックしてプロパティ編集が開くか確認する
- 試し縫い: いきなり本番物に縫わず、同条件(生地・スタビライザー)でテストする
ワークフローの判断(作業量に応じた段取り)
ケースA:サンプル中心/作業を楽にしたい
- 課題:枠張りが遅い、手が疲れる、枠跡が出やすい
- 対応:単針機でも扱いやすい マグネット刺繍枠 を検討
ケースB:小ロット量産/位置合わせの再現性が欲しい
- 課題:同一位置を何十枚も縫うと、疲労でズレが増える
- 対応: 刺繍用 枠固定台 を使って位置合わせを標準化
ケースC:多色で時間がかかる/設備を見直したい
- 課題:単針機だと色替えで時間が延びる
- 対応:多針刺繍機への移行も選択肢(例:janome mb-4s など)
- 補足:機種ごとに枠の規格が異なるため、 bernina 用 マグネット刺繍枠 のように“機種専用”の適合確認が必要です。
実行手順の要約
- モード切替: グラフィックモード(白いキャンバス)へ
- 作図: Basic Shapesでハートを作成
- 複製: 右クリックドラッグ→Copy Here
- 重ね: 色を変えて前後関係を見える化
- 整形: Shift複数選択→Weld/Trim/Intersect/Simplify/Minusを目的に応じて使い分け
- 変換: Convertで刺繍オブジェクト化(必要なら分割変換)
- 検証: シミュレーションと試し縫いで最終確認
また、bernina マグネット刺繍枠 対応シリーズのように、枠の保持力や段取りが安定している環境ほど、Trim/Simplifyで重なりを整理したデータの効果(縫いの安定、無駄な密度の削減)が出やすくなります。
品質管理チェック(QC)
- オブジェクト数確認: Weld/Trim後にクリックして、想定どおりの単一/複数オブジェクトになっているか
- 切り抜き確認: 形を一度ずらして、Trim/Simplifyが効いているか
- 選択漏れ防止: Convert前に必要パーツがすべて選択されているか
- シミュレーション確認: Hatchの再生機能で不自然な移動や飛び針がないか
トラブルシューティング(症状→原因→対処)
| 症状 | 主な原因 | すぐできる対処 |
|---|---|---|
| 整形ツールバーが出ない | 複数選択できていない | 1つ目をクリック→Shiftを押しながら2つ目をクリック |
| 1つしか変換されない | 変換前の選択漏れ | Convert前に必要なベクターをすべて選択する(重い場合は意図的に分割変換) |
| Minusで消える側が想定と違う | 前後関係の理解違い | Ctrl+Zで戻して、Front/Back Minusを入れ替える(アイコンで残る側を確認) |
| Convertで重い/固まる | まとめて変換して負荷が高い | オブジェクトを1つずつConvertして負荷を分散する |
仕上がりの目標
この流れで進めると、
- 重なりが整理されたベクター形状
- Hatch内で編集可能な刺繍オブジェクト
- 変換時の負荷や選択ミスを避ける手順
が揃い、画面上の設計を生産に落とし込みやすくなります。
最後に“縫いの再現性”を上げるには、データだけでなく枠張りの安定も重要です。作業を標準化したい場合は 枠固定台、枠跡や保持の悩みがある場合は マグネット刺繍枠 といった治具の導入も、工程全体の品質に直結します。
