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自動デジタイズ(ウィザード)がうまくいかない理由
デジタイズを始めたばかりの頃ほど、「ウィザード」ボタンが魅力的に見えます。「手でトレースしなくても、数秒で終わるのでは?」 と。
ところが現実は、思った通りにいきません。
ネットで拾ったロゴを自動デジタイズにかけると、Jeffが見せている通り、低解像度でピクセルが目立つJPEGは“階段状”のガタガタした縫い目になりがちです。ソフトは「絵」を理解しているのではなく、色の四角い塊(ピクセル)を拾っているだけ。結果として、ノイズやジャギー、ぼやけた境界まで全部「縫うべき形」として解釈してしまいます。
このチュートリアルでは、ウィザードの限界を前提に、FTCU(Floriani Total Control U)でロゴを手動で作り直す流れを扱います。ポイントは、全部を描かないこと。Artwork Toolで小さな要素(炎/光線)を1ユニットだけ手でトレースし、放射状の複製ツール(Circle Template)に“重労働”を任せる、という考え方です。

ここで大事なのは発想の切り替えです。自動デジタイズは入力画像の品質に強く依存します。元が低解像度JPEGだと、ソフトはきれいな輪郭を「発明」できません。できるのは、荒れた情報をそのままなぞることだけです。手動デジタイズなら、あなたが設計者としてノイズを整理し、刺繍として成立する形に整えられます。

作業準備:背景画像(Backdrop)の取り込み
Jeffのやり方(なぜ重要か)
Jeffは自動デジタイズの結果をすぐにキャンセルし、画像はあくまで目安(参照用)として扱います。FTCUでは山のようなアイコンのBackdrop Toolで画像を背景として読み込み、拡大表示してから作業に入ります。


補足:なぜ拡大するのか ピクセルが目立つ画像をトレースする作業は、クリックの一つひとつが「どこを輪郭とみなすか」という判断になります。拡大しておくと、境界の判断がしやすくなり、無駄な点を打ちにくくなります(結果として縫い目も荒れにくい)。
準備:刺繍を前提にした“隠れた消耗品”と事前チェック
デジタイズは前工程です。Jeffは最終的にワッフル織りタオルに縫っていますが、こうした凹凸素材は沈み込みや歪みが出やすく、データの作り方が仕上がりに直結します。
準備しておきたいもの(段取り)
- テスト用素材: 予備のワッフルタオル(いきなり本番に縫わない)
- スタビライザー(裏当て): 凹凸素材は変形しやすいので、基本はカットアウェイが安定。枠張り時のコシ出し目的でティアアウェイを併用する考え方もあります。
- トッピング: 水溶性フィルム(Solvy等)。タオルは糸が沈みやすいため、上面管理に有効です。
- 針: 75/11程度を目安に、素材に合わせて(織物ならシャープ系、状況によりボールポイントも選択肢)。
- 糸: タオル用途は耐久性重視で40番ポリエステルが一般的。
- ピンセット: 中心付近の細かい糸処理(ジャンプ糸)に。
注意:機械の安全
試し縫い前の針交換やボビン周り清掃は、必ず電源を切ってから行ってください。厚手素材では、段差に当たった瞬間に針が折れることがあります。
準備チェックリスト(準備の終わり)
- 素材チェック: 画像は「Backdrop(背景)」として取り込まれており、まだステッチ化していない
- 視認性: ピクセルのブロックが見える程度まで拡大できている
- 方針: 繰り返し可能な最小ユニットを決めた(Jeffは太陽全体ではなく“2本セット”をトレース)
- 物理準備: トッピングとスタビライザーを用意した(その場しのぎの紙等に頼らない)
Artwork Toolでの手動トレース手順
手順1 — Artwork Toolで光線パーツを1ユニット描く
JeffはArtwork Tool(緑の鉛筆アイコン)を選び、輪郭をクリックして形を作ります。
操作の要点(手の動きとして覚える)
- 曲線: Controlキーを押しながらクリック
- 直線/角: Controlキーを離してクリック

この切り替えは、見た目以上に重要です。角は針が止まって方向転換しやすく、曲線は滑らかに流れます。トレース段階で形が荒れると、縫いも荒れます。
手順2 — あえて「2本セット」でトレースして“自然な揺らぎ”を残す
Jeffは光線を1本だけでなく、2本(ペア)として描いています。
なぜ2本なのか 1本を18回きれいに複製すると、数学的には完璧でも、見た目が機械的で硬くなりがちです。2本セットにすると、わずかな不揃い(Jeffの言う“wonky”)が残り、元画像の手描き感に近づきます。凹凸素材では、こうした微差が結果的に“粗が目立ちにくい”方向に働くこともあります。
手順3 — 背景(Backdrop)をオフにしてベクターだけを点検
輪郭を閉じたら(Enterまたは右クリック)、Backdrop表示をオフにして線だけを確認します。

クリーンチェック 背景が消えた状態で、青い線が滑らかに見えるかを確認します。変なコブ、ループ、過剰な点があると、縫い目もガタつきます。
この段階の合格ライン: 2本の光線が、線幅感(見た目の太さ)が揃っていて、ワイヤーフレームとして破綻していないこと。
Circle Templateで放射状デザインを作る
手順4 — Circle Templateでサンバーストを一気に構築
同じ作業を繰り返さないのが、量産向きのデジタイズです。Jeffはペア光線のアートワークを選択し、Circle Templateを開きます。
数の考え方 元の太陽は18本。 今回は2本セットを作ったので、 18 ÷ 2 = 9 よって Count(繰り返し数)を9に設定します。

回転のハンドルを調整し、中心で先端が合うように“目で合わせ”ます。


チェックポイント(目視) 中心部を拡大して、先端が「触れる」か「わずかに重なる」状態を狙います。重なり過多は糸溜まり(硬い塊)になりやすく、隙間が大きいと下地(タオル地)が見えます。
この段階の合格ライン: 放射状の形が一周できており、全体が1つのまとまりとして扱える状態。
この方法が速くて修正に強い理由
部品(コンポーネント)を作ってから複製する流れにしておくと、後から光線の形を直したいときも、元の部品を直せば全体に反映できます。18本を全部手で描いた場合、修正も18回分になります。
ステッチ化(塗り)とリサイズ
手順5 — Standard Fillに変換してから、Transformで狙い寸法へ
Jeffはアートワークを選択し、Standard Fillをクリックして塗りステッチに変換します。

ここでサイズを確認すると、デザインが非常に小さく 0.4インチ しかありません。そこでTransformタブで幅を 2.5インチ に入力し、Applyします。


重要:作成段階のリサイズと、完成データの拡大縮小は別物 作成途中(ワイヤーフレーム/オブジェクト情報が生きている状態)なら、FTCUが面積に合わせてステッチを再計算しやすく、密度破綻が起きにくい一方、完成済みのステッチデータを無理に拡大すると密度・針数のバランスが崩れやすくなります。
補足:リサイズは“物理”も一緒に考える
ソフトが計算してくれても、素材は計算通りに動きません。ワッフルタオル上で2.5インチの塗りは引き込みが出やすく、中心方向へ寄る力が働きます。
- 作業の意識: 下縫い(アンダーレイ)が弱いと、表糸が沈んだり輪郭が痩せたりしやすくなります。
仕上げ:パターン調整と中心処理
手順6 — 3D表示で見え方を確認し、Fill Patternを調整
Jeffは3D Viewに切り替えて、糸の見え方を事前確認します。

その後、Fill Patternを「Smooth」に変更します。標準的な塗りはパターン感が出やすいのに対し、Smooth系は光の反射が均一に見え、面がきれいに締まって見える場合があります。

手順7 — 中心の乱れは「円+Steel Stitch(サテン枠)」で隠す
放射状に並べると、中心が完全にきれいに揃わないのは自然です。Jeffはそこを“戦わずに隠す”方法を取ります。 Ellipse Toolで円を描きます。

その円をSteel Stitch(サテン枠)に変換します。

幅はデフォルト 2.5mm から 1.5mm に下げて適正化します。


なぜ効くのか サテンのリングが、18本の先端が集まる部分の“荒れ”や隙間を物理的に覆い、見た目の終端をきれいに作ります。塗り(光線)とサテン(リング)の質感差も、ロゴとしての完成度を上げます。
作業チェックリスト(作業の終わり)
- 曲線の作法: 曲線はControl+クリック、角はControlを離す
- 線の品質: 背景を消して青線だけで破綻がないか確認
- 数の確認: 2本セットならCountは9(合計18本になる)
- 中心の収束: 先端が触れる/わずかに重なる状態を狙う
- 変換順: 最終スケール調整の前にFillへ変換して挙動を確認
- 寸法: 幅2.5インチ(または狙い寸法)で密度感が破綻していない
- 中心処理: 1.5mmのサテン円で中心の荒れを隠せている
視聴者目線の確認(コメントより要約)
「Berninaのミシンを持っていなくても、動画から学べる」という反応がありました。この内容も同様で、重要なのは機種ではなく、部品を作る→放射状に複製→ステッチ化→リサイズ→中心を覆うという作り方の考え方です。
品質チェック
縫う前に確認したいこと
データができても、実物で成立するかは別問題です。縫う前に最低限ここを見ます。
- 下縫い(アンダーレイ)の考え方: タオルは沈みやすいので、塗りが安定する下地が必要になります。
- 縫い始め/縫い終わり: ほどけやすい箇所がないか(洗濯を想定)。
- 枠跡(枠跡・押さえ跡): ワッフルは押し潰すと戻りにくい場合があります。標準の刺繍枠で強く張りすぎない。
タオル素材が難しい理由(現場の現実)
タオルは凹凸が深く、沈み込み・引き込み・押し潰しが起きやすい素材です。
- 問題: 標準の刺繍枠は内枠を押し込むため、厚手素材だと力が必要になり、枠張りが安定しないことがあります。
- 対策の方向性: こうした厚手素材で枠張りの負担を下げたい場合、マグネット刺繍枠(初出のみ:magnetic embroidery hoops)という選択肢があります。摩擦で締め込むのではなく磁力で保持するため、厚みのある素材でも扱いやすいケースがあります。
トラブルシューティング
1) 症状:ウィザード結果がブロック状でガタガタ
原因の可能性: 元画像が低解像度で、ピクセルを拾ってしまった。 対処: ウィザード結果は使わず、Backdrop参照+手動トレースに切り替える。 予防: 低品質なWebロゴは最初から手動前提で進める。
2) 症状:中心円と光線の間に隙間が見える
原因の可能性: 放射状パーツの収束が完全一致していない/縫いの引き込みで中心側が痩せる。 対処: 中心のサテン円をわずかに大きくして“重なり”を確保する。 予防: 中心は「完全一致」を狙うより、覆う前提で設計する。
3) 症状:糸が沈んで見える(目が埋もれる)
原因の可能性: トッピング無しで凹凸に沈み込んだ。 対処: 縫った後の完全回復は難しい。 予防: タオルは必ず水溶性トッピングを使用する。
4) 症状:周囲がテカる/凹凸が潰れる
原因の可能性: 刺繍枠の締めすぎによる枠跡。 対処: スチームや洗いで改善する場合もある。 予防: 厚手素材で枠張りの圧が問題になる場合は、マグネット刺繍枠のように保持方法が異なる枠も検討する。
判断フロー:スタビライザー+枠張りの考え方
凹凸素材(タオル/フリース等)で迷ったら、次の順で考えます。
- 厚い(>3mm)/凹凸が強い(ワッフル/パイル)?
- NO: 標準の刺繍枠+ティアアウェイ
- YES: 次へ
- 量産(10点以上)/枠張りの負担が大きい?
- YES: マグネット刺繍枠を検討。裏当てはカットアウェイを基本に。
- NO: スタビライザーを枠張りし、上に素材を置く(いわゆる“浮かせ”)方向も検討。
- 塗りが多いデザイン(今回のサンバーストのような面埋め)?
- YES: 下:カットアウェイ|中:素材|上:水溶性トッピング、の考え方で沈み込みを抑える
- NO: 標準的な裏当てでも成立する場合がある
注意:マグネットの取り扱い
マグネット刺繍枠は強力な磁石を使用します。指を挟むリスクがあり、医療機器(ペースメーカー等)への影響にも注意が必要です。
仕上がり
Jeffの手動ワークフローに沿えば、自動デジタイズの限界を回避し、輪郭が整理されたデータを作れます。放射状の構造はCircle Templateで効率よく作り、中心はサテン円で“見た目の終端”を整える。これだけで、低解像度ロゴでも刺繍として成立しやすくなります。
現場の現実(生産視点) 販売や量産を考えると、ボトルネックになりやすいのはデジタイズそのものより、むしろ枠張りです。
- レベル1: 標準枠で何とか回し、枠跡やズレを許容しがち
- レベル2: bernina マグネット刺繍枠や ミシン刺繍用 刺繍枠(磁力保持タイプを含む)など、作業負担と不良率を下げる方向へ
- 得られる理解: “魔法のボタン”ではなく、判断と設計が仕上がりを決める
データを保存し、予備のタオルでトッピング込みの試し縫いを行ってください。自動デジタイズでは出しにくい、シャープで見栄えのするサンバーストに仕上げられます。
