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レッドワークとトリプルビーンが相性抜群な理由
複雑なレッドワーク風のラインアート――とくに、万華鏡のような幾何学パターン――は一見「線だけ」なので簡単そうに見えます。ところが実務では真逆で、線刺繍はごまかしが効きません。
線が細く、交点が密になるほど、ジャンプ(飛び)やパスのズレが目立ち、「素人っぽさ」が一気に出ます。Donnaのやり方は、ソフトの自動処理(オートデジタイズ)を使いつつ、仕上がりと作業効率を左右する2点だけは必ず人が主導します。
- 線の太さ(見え方): 「シングルラン」から トリプルビーン に切り替えて、手刺繍っぽい存在感を出す。
- 縫い順(流れ): 縫製ロジックに沿うように並べ替え、機械があちこちに飛ばないようにする。
量産向けのデータ作りでも、単にストレスを減らしたい場合でも、この2点を押さえるだけで結果が変わります。ソフト操作の話でありつつ、実際には「アルゴリズムを職人の手順に寄せる」ための考え方です。

作業環境の準備:「想定外」を潰す段取り
準備は軽視されがちですが、失敗の多くはここで決まります。ソフト上の前提が現場(実機・刺繍枠)とズレていると、後工程で針折れや糸切れ、無駄なやり直しにつながります。
1) まず刺繍枠サイズ(物理的な限界)を固定する
Donnaは最初に、ソフトの設定で Brother 200 x 200 mm(8x8) の枠を選択します。
なぜ重要? 特定の枠、たとえば brother 8x8 刺繍枠 を前提に作るなら、画面上でもその「硬い境界」を常に見える状態にしておく必要があります。これをやらないと、実機側でサイズ警告が出て、直前で縮小→密度や見え方が崩れる、という事故が起きやすくなります。

2) 元画像を見極める(「入れたものが出る」ルール)
Donnaは幾何学画像を読み込みます。ここで意識を切り替えてください。オートデジタイズは“意味”を理解しません。 見ているのは形ではなく、コントラスト(画素の差)です。
元画像に次があると:
- エッジがボケている/ジャギーが強い
- 線が途切れている(微小な欠け)
- ゴミ(点ノイズ、かすれ)
…ソフトはそれをそのまま縫い要素として拾います。 画像を読み込む=後で直すべき問題も一緒に取り込む、という前提で進めます。

見落としがちな消耗品と事前チェック
ここからは物理側の話です。トリプルビーンは、同じラインを「往復+もう一度」でなぞるため、針穴への再侵入が増え、摩擦と発熱が上がります。
見えない必需品(現場の前提)
- テスト布: 本番に近い厚みの端布(Donnaも端布での試し縫いを推奨)。
- 刺繍糸: 通常の刺繍糸を使用(劣化して毛羽立つ糸はトリプルビーンで切れやすくなるため避ける)。
- スタビライザー: レッドワーク系は布が動くと線が即バレるため、安定性が重要。
- 糸切り: ジャンプ糸の処理が発生する前提で、糸端をきれいに処理できるものを用意。
注意(安全): テスト縫い中に布を「手で押さえて誘導」しないでください。トリプルビーンは前後動作が増えます。針が折れた場合、破片が飛ぶ可能性があります。「枠の内側に手を入れない」を徹底します。
準備チェック(Go/No-Go)
- ソフト側: 設定した枠サイズが、机上の刺繍枠と一致している。
- テスト布: 端布を用意した(本番前提の素材感)。
- 清掃: 針板周りの糸くずが溜まっていない(糸切れの原因になりやすい)。

マジックワンドで「画像→ベクター→縫い」へ
Donnaの流れはシンプルです:マジックワンド → アウトライン → ステッチ種の変更 → 生成。
手順1:マジックワンドを選ぶ
ツールバーからマジックワンドを選択します。これは色の差(コントラスト)を頼りに境界を拾います。

手順2:トレース前に出力設定を決める
Donnaはトレースする前に、ツールを右クリックして設定を開きます。先に決めておくと、後からの修正が減ります。

手順3:肝は「トリプルビーン」への切り替え
既定の「シングルステッチ」を トリプルビーン に変更します。
なぜトリプルビーン? 1本縫い(シングルラン)は素材によっては沈みやすく、線が弱く見えます。一方トリプルビーンは同じラインを複数回走るため、線がしっかり立ち、レッドワークらしい“手縫い感”が出やすくなります。
業界的には Triple Bean Stitch Embroidery は「線をしっかり見せたいレッドワーク系」の定番アプローチとして扱われます。

手順4:トレース(クリックで拾う)
黒い線の部分をクリックし、ソフトにコントラストを拾わせてベクターラインを作らせます。
チェックポイント: 点線の選択表示をよく見ます。交点ごとに途切れて細切れになっていると、後で縫い順が破綻しやすくなります。できるだけ連続性がある状態を狙います。

ジャンプ地獄:なぜ縫い順が崩れるのか
ここでつまずく人が多いポイントです。オートデジタイズは「縫いやすさ」より「検出した順」を優先しがちで、縫製ロジックを理解しません。
Donnaがパーツを追っていくと、選択が左上→右下→中央…のように飛びます。このまま縫うと、非縫製移動(ジャンプ/トリム)が増え、糸端処理も増えて現場が荒れます。
how to reduce jump stitches in embroidery software の悩みの多くは、まさにこの「デフォルトの並びが縫い向きではない」ことが原因です。手で全部並べ替えるのではなく、特定のコマンドで一気に整えます。

自動最適化:「Arrange Outline Parts」で縫い順を整える
このチュートリアルの核心です。作成順ではなく「近い順」に縫うよう、ソフトに再計算させます。
手順:クリーンアップ+並べ替えの流れ
手順1:ステッチ生成
右クリックして Generate Stitches を実行します。
- 補足: トリプルビーンは縫い回数が増えるため、処理に時間がかかることがあります。完了するまで待ちます。

手順2:背景画像を消して見通しを良くする
背景画像を削除し、「線(縫い経路)」だけを見える状態にします。

手順3:不要物(拾いゴミ)を削除する
ズームして、外周の余計な線、端の小さな突起、点ゴミなどを見つけて削除します。
- 理由: 目に見えないレベルの小片でも、機械はそこへ移動して縫い、止まり、処理をします。結果として時間と糸端が増えます。

手順4:全選択
Ctrl + A で全要素を選択します。最適化は「全体の関係」を見て並べ替えるので、取りこぼしがあると効果が落ちます。
手順5:決め手のコマンド「No Connection」
メニューから Transform → Arrange Outline Parts → No Connection を実行します。
考え方: 「No Connection」は、無理に接続縫いを作らず、必要ならジャンプはするが、距離が最小になるように順序を組み直す指示です。結果として、近いパーツから順に流れるような縫い順になりやすくなります。
Arrange Outline Parts embroidery tool は、実務的には「オートパス整理ボタン」として使う価値が高い機能です。

手順6:3D(Slow Draw)で検証する
3Dシミュレーター(Slow Draw)を使い、速度を落として針の動きを確認します。
見方: 仮想針が「ペンで描く」ように、近いところを順に仕上げていけば良好です。プリンタヘッドのように遠距離を頻繁に飛ぶなら、最適化が効いていない可能性があるため、再度コマンドを実行して確認します。

現場目線:枠張りと作業性の話
ソフト上で整っていても、現場で布が動けば線は崩れます。
- ホビー運用: 標準の刺繍枠でも対応できますが、デリケート素材では枠跡(テカり・押し跡)に注意します。
- 作業性重視: 幾何学柄は地の目ズレが目立つため、まっすぐ枠張りしたい場合は ミシン刺繍 用 枠固定台 のような補助具が役立ちます。
マグネット刺繍枠という選択肢 枠跡が気になる場合や、ネジ締めが負担になる場合、マグネット刺繍枠に切り替える現場もあります。
注意(マグネット安全): 強力マグネットは強いクランプです。
1. 挟み込み注意: 勢いよく吸着します。指を縁に近づけない。
2. 医療機器: ペースメーカー等には近づけない。
3. 電子機器: スマホやカード類を直接置かない。
引き渡しチェック(ソフト→実機)
- 不要物削除: 点ゴミや外周の余計な線が残っていない。
- 縫い順最適化: 「Arrange Outline Parts」を実行済み。
- シミュレーション: 3Dで確認し、不自然な飛びが目立たない。
- 保存: 編集用ファイルと、実機用ファイルの両方を保存した。
実縫いとトラブル対策:現場で起きること
Donnaは端布での試し縫いを推奨しています。トリプルビーンは往復動作が増えるため、素材との相性や糸の状態が結果に出やすいからです。
実縫いの進め方
- 最初は様子見でスタート: まずは序盤の動きを観察し、異常な飛びや引っかかりがないか確認します。
- 見て判断: 線が途切れる/角に糸だまりが出る/布が引かれるなど、違和感があれば一旦止めて原因を切り分けます。
トリプルビーンは布に対して「穴を増やす」動きになりやすいので、スタビライザーの効きが弱いと波打ちや歪みが出ます。
スタビライザー選び(トリプルビーン向けの考え方)
| 生地タイプ | リスク | 推奨の方向性 |
|---|---|---|
| キルト綿(布帛) | 低 | 形が安定しやすい。線が崩れにくい。 |
| Tシャツ等(ニット) | 高(伸び・シワ) | 伸び対策が重要。布が動くと線が即ズレる。 |
| タオル地 | 高(沈み) | パイルに沈みやすい。線の見え方を事前に端布で確認。 |
| デリケート素材 | 高(枠跡) | 枠跡対策を優先。保持方法の見直しも検討。 |
現場のボトルネック(作業時間の正体)
1枚あたりの枠張りに時間がかかる、またはジャンプ糸処理が多すぎる場合、それは「腕」より「工程設計」の問題になりがちです。
- 症状: 枠替えがつらい → 対策の方向性: ミシン刺繍用 刺繍枠 の運用見直し(段取り・治具の導入など)。
仕上がりチェック(縫い上がりQC)
- 線の太さ: しっかり見えるか(弱いならステッチ種・元画像・素材を再確認)。
- 位置合わせ: 交点や端がズレていないか(ズレるなら布ズレ対策)。
- 波打ち: 周囲がうねっていないか(安定不足のサイン)。
トラブルシューティング:症状→原因→対処
| 症状 | ありがちな原因 | 対処(低コスト→高コスト) |
|---|---|---|
| 糸切れ/毛羽立ちが多い | 往復動作で摩擦が増える/糸の状態が悪い | 1) 端布で条件を見直す<br>2) 糸・針など消耗品を交換<br>3) 糸道の確認 |
| 機械があちこちに飛ぶ | オートデジタイズの縫い順がランダム | ソフトに戻り、全選択→Arrange Outline Parts を再実行。デフォルト順を信用しない。 |
| 角に糸だまりが出る | 交点・角で往復が重なる | ソフト上で角の処理を見直し(不要な突起の削除など)。 |
| 枠跡が残る | 圧が強い/素材が繊細 | 素材に合わせて保持方法を見直す(マグネット刺繍枠の検討など)。 |
| 線がフラつく | 布が動いている(安定不足) | スタビライザー/枠張り条件を見直す。 |
まとめ:次にやること
Donnaの手順を当てはめると、オートデジタイズで作った「バラバラの線データ」を、現場で回るレベルのレッドワークに引き上げられます。

「うまくいくといいな」から「この条件ならいける」へ。
- 見え方を決める(トリプルビーン)
- 縫い順を整える(Arrange Outline Parts)
- 現場条件を合わせる(枠・スタビライザー・端布テスト)
マグネット刺繍枠 のような保持方法の選択や、ソフト側のパス最適化は、仕上がりだけでなく作業時間にも直結します。まずは端布で、今回の流れを一度そのまま再現してみてください。
