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マスタークラス:PE-Designで作る“立体ワッペン”を安定して量産する考え方
立体ワッペンは、画面上では単純な図形に見えても、実際の現場では「物理」との勝負です。スタビライザーが表に透ける、縁が荒れる、裏が汚く見える——この3つが仕上がりを一気に“素人っぽく”します。
本稿では、制作者(Tina)の手順を「再現できる工程」に落とし込みます。勘に頼らず、止めたい場所で確実に止め、裏当てを安全に差し込み、スプレー接着剤なしで売り物レベルの裏面に仕上げる——そのための設計と段取りを整理します。
この記事で身につくこと
- セットアップ:4x4枠の制約の中で、見栄えを最大化する配置の考え方
- 構造設計:「中抜きフレーム」で硬さを抑えつつ立体感を出す
- 品質の要:ジグザグ幅と密度(カバレッジ)の詰め方
- 工程設計:色替えを利用した「計画停止」で裏当てを差し込む

「枠内(イン・ザ・フープ)」で裏面を整える発想
この方法の肝は“裏面”です。刺繍の途中で、ポリ系のシート(ポリスタビライザー/ポリバッティング)や綿布をフープの下に差し込んで、最後の外周で一緒に縫い留めます。裏糸がむき出しになりにくく、手触りもよい、少しふくらみのあるハートに仕上がります。
4x4枠の「余白」が品質を決める
多針刺繍機でも、brother 4x4 刺繍枠のような小枠運用でも、共通の鉄則は「余白が正義」です。 100×100mmいっぱいに最大化すると、最後の外周サテン(ジグザグ)で押さえ金の動きが窮屈になり、枠に干渉しやすくなります。Tinaの画面では枠内に収めていますが、端ギリギリは避けるのが安全です。

Part 1:PE-Designで“立体ワッペンの骨格”を作る
ここは単なるお絵描きではなく、刺繍が破綻しないための土台作りです。ベース(塗り)と、輪郭を締めるフレーム(縁取り)を分けて設計します。

Step 1:基準になるベースハートを作る
- 初期化:4x4(100×100mm)の新規ページを開く
- 読み込み:図形(Shapes)からハートを配置
- 拡大:大きくするが、外周に余白を残す
- 属性:縫いタイプを Program Fill Stitch(プログラム塗り)に設定
チェックポイント:アウトラインが枠の境界に近すぎないこと。端に寄りすぎると、最後の外周縫いで当たりやすくなります。
Step 2:「中抜きフレーム」で硬さを抑えて立体感を出す
- レイヤー追加:2つ目のハートを追加
- 位置合わせ:ベースと見た目が揃うように配置(Tinaは下の尖り位置を合わせてバランスを取っています)
- 中抜き:内側の塗り領域を "Not Sew" にして中心を縫わない
狙い:中心まで塗りを残すと「塗り+塗り」で過密になり、硬くなりやすく、縫い負荷も上がります。中抜きにすると、縁が立って見える“リム効果”が出て、厚みの割に軽い仕上がりになります。

Step 3:内側フレームのサテン幅を整える
内側ハート(フレーム)のサテン幅は 1.0 mm に設定します。

補足:1.0mmは「形を締める線」として十分で、外周の縁取りを邪魔しにくい太さです。
Part 2:品質を決める2大変数(幅と密度)
プロは“なんとなく”で決めません。ワッペンの見栄えは、主に 縁取り幅(エッジの封止) と 密度(カバレッジ) で決まります。
Step 4:外周ボーダー(器)を作る
ベースハートの Sewing Attributes(縫い属性)で、外周のジグザグ幅を 1.5 mm に設定します。

現場のコツ(目安)
- 細すぎ:トリミング後にスタビライザーの毛羽が見えやすい
- 太すぎ:小さなワッペンでは縁が“重く”見える
- 1.5mm:見た目と封止のバランスが取りやすい
Step 5:密度と“透け”の関係を理解する
Tinaは、標準の 117 から 180 へ密度を上げる話をしています。

数字の意味(現象ベースで理解)
- 117(標準):一般的な生地では成立しやすいが、スタビライザー上だと隙間が目立つことがある
- 180(高密度):面が詰まり、白いスタビライザーの“透け”が出にくい
チェックポイント:表面に白っぽい筋(スタビライザーの見え)が出たら、密度不足か、塗りのパターン角度による隙間の可能性があります。Tinaは密度アップ(180)で改善しています。
また、ふっくらした表情を狙うときは フローティング用 刺繍枠 の考え方(素材を押しつぶしすぎない)が近いですが、このプロジェクトでは「密度で面を作る」ことが見た目の決め手になります。
注意:高密度は針熱と負荷が上がる
密度を上げるほど、針が通過する回数が増え、摩擦熱と糸負荷が上がります。音や縫いの重さに違和感が出たら、速度を落として様子を見るのが安全です。
Part 3:工程設計(狙った場所で止める「計画停止」)
裏当てを差し込むには、機械を“こちらの都合で”止める必要があります。そこで、色替え停止を意図的に作ります。
Step 6:「信号機」方式で停止ポイントを作る
- 対象選択:外周ボーダーを選ぶ
- 色変更:本体と違う色(例:Green)に変更
- 順番変更:この工程を縫い順(Sewing Order)の一番最後へ移動

結果:塗り・内側フレーム・文字を縫い終えた後、機械が“色替え待ち”で停止します。ここが裏当てを入れる安全な作業時間になります。
Part 4:フロート裏当て(実行手順)
Tinaは、裏当てを枠に挟み込まず、途中で差し込む「フロート」方式を使います。裏当て側を無理に枠張りしないので、段取りが軽く、素材によっては枠跡も抑えやすくなります。

Step 7:刺繍前に揃えるもの(見落としがちな必需品)
- スタビライザー:Tinaは OESD のヘビー+ミディアムを2枚重ね
- 裏当て材:ポリ系シート(書き込み用)または綿布(裏面を隠す用)
- 糸:上糸/下糸(ボビン糸)を事前に確認(Tinaは下糸ボビンの目安として約60,000針の話をしています)
チェックリスト(ここを外すと失敗しやすい)
- 枠内余白:外周サテンが枠に当たらない配置か
- 裏当てサイズ:差し込む裏当てが刺繍範囲を十分に覆う大きさか
- 上糸の通し直し:テンション不良の予防として、開始前に通し直す
Step 8:土台の枠張り(スタビライザー2枚)
ヘビー+ミディアムの2枚重ねで枠張りします。

補足:2枚重ねは張りが重要です。緩いとシワや波打ちが出やすくなります。
Step 9:本縫い(塗り・内側フレーム・文字)
塗り→内側フレーム→文字までを先に縫います。

Step 10:停止後に裏当てを差し込む(フロートの動作)
「Green」色替えで止まったら、次を行います。
- 枠を外さない:枠は機械に付けたまま
- 少し持ち上げる:枠の手前側を軽く持ち上げる
- 差し込む:裏当て(ポリ/綿布)を刺繍エリアの下へ滑り込ませる
- 押さえを下ろす:押さえ金を下ろして再開準備

この後、外周に入る前に“ランニング(走り縫い)”で一周して、裏当てを縫い留めます。Tinaは「スプレー接着剤は不要」と説明しており、この走り縫いが固定の役割を果たします。

注意:指を針周りに入れない
停止中でも、再開時に指が枠内にあると危険です。必要ならペン等で布端をならして、手は針周りから離して再開します。
マグネット刺繍枠 を使う場合は、磁力が強いので指挟みに注意し、ペースメーカー等の医療機器を使用している方の近くでは取り扱いに配慮してください。
Part 5:仕上げ(基準化すると品質が安定する)
Step 11:外周で封止する
再開すると、外周の 1.5mm ボーダーが入り、裏当てと上側のスタビライザー端をまとめて包み込むように仕上がります。

Step 12:枠外し→カット→糸処理
枠から外し、周囲をカットします。
- 見た目チェック:スタビライザーの“ヒゲ”が出ていないか
- 触感チェック:縁がチクチクしないか(指で一周なぞる)

判断基準:裏当て材の選び方
1. 裏面を見せたい(きれいに見せたい)?
- YES:綿布を差し込む(裏糸を隠しやすい)
- NO:ポリ系シート(書き込みしやすい)
2. 表に透け(白抜け)が出る?
- YES:密度を上げる(Tinaは180で改善)/塗りパターン角度も見直す
- NO:現状維持
トラブルシューティング(症状→原因→対策)
| 症状 | ありがちな原因 | 対策 |
|---|---|---|
| 白いスタビライザーが透ける/隙間が見える | 密度不足、塗りパターン角度による“溝” | 対策:密度を上げる(例:180)/塗りの角度を調整して隙間の出方を変える |
| 裏当てがズレる/シワが入る | 差し込み時に裏当てが十分に広がっていない | 対策:停止中に裏当てが刺繍範囲をしっかり覆っているか確認してから再開 |
運用チェック(品質管理)
- 計画停止:外周前に色替えで確実に止まったか
- 裏当ての覆い:刺繍範囲を裏当てが十分にカバーしているか
- 封止:外周ボーダーが途切れず、縁がきれいに閉じているか
- 触感:縁が滑らかで、引っかかりがないか
密度を理解し、停止ポイントを設計し、フロート裏当てを安全に入れる——この3点を押さえるだけで、同じデータでも仕上がりは一段上がります。
