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生地の事前チェック:よくある失敗を先に潰す
枠張りに入る前に、まず視点を「趣味」から「検品・原因解析」に切り替えます。ユニフォーム案件、とくにシェフジャケットのような厚手で形がしっかりした素材は、ほんの小さな見落としが即クレームや作り直しにつながります。
動画冒頭では、すでに別業者が刺繍したジャケットを確認しています。ぱっと見は問題なさそうでも、プロ目線だと次の2点が目立ちます。
1) 文字がつながっていない(スクリプトの隙間):テンションや間隔(データ側の詰め)に起因する見え方。 2) ポケットを縫い閉じている:衣類刺繍で最も避けたい事故。ポケットが使えなくなり、表側にも引きつれが出ます。


袖刺繍の最大事故:「筒を縫い閉じる」
袖・パンツ裾・ポケットはすべて「筒状」です。刺繍では、枠で押さえる力とミシン側のベッド形状の影響で、裏側の生地(袖の裏層や身頃)が作業域に入り込みやすくなります。
上側の生地を針が貫通し、下側の生地まで拾って下糸(ボビン糸)でロックすると、文字通り「衣類を縫い閉じた」状態になります。
動画の主メッセージはこれです:クリアランス確認は必須。目視だけでなく、必ず手で触って確認する。
注意: 厚手ツイルで縫い閉じ事故を起こすと、ほどいても針穴が目立ちやすく、簡単にはリカバリーできません。可動部には手を近づけすぎないこと。異音(鈍い打音)、抵抗感、布の引っ張られ方が不自然なときは直ちに停止してください。
なぜ起きるのか(考え方の整理)
チューブラー(筒物)対応の多針刺繍機(シリンダーアーム/フリーアーム)では、枠が機械本体に近い位置で動きます。厚手のユニフォームツイルは折れ癖がつきやすく、一度噛み込むとそのまま固定されがちです。針は「そこにあるもの」を縫います。
つまり、作業者の最重要タスクは針先を眺めることではなく、作業域周辺の布の流れ(逃がし)を管理することです。
袖刺繍に必要な道具
袖刺繍は中級ワークです。理由は、(1)位置精度、(2)筒物の枠張り、(3)機械クリアランス管理の3要素が同時に要求されるためです。以下は動画で使用している構成と、現場で失敗を減らすための事前チェック項目です。
動画内で使用しているもの
- 素材(被刺繍物): シェフジャケットの袖(厚手の綿/ポリ混ツイル)。
- 下準備: アイロン+安定したアイロン台。
- 計測: 透明のキルティング定規(見やすい)。
- マーキング: 緑の丸シール(糊残りしにくい)。
- 参照: デザインの紙テンプレート(実寸1:1、中心の十字あり)。
- 枠張りシステム: Hoop Master系の枠固定台+フリースタイルアーム(4.25" x 13")。
- 刺繍枠: Mighty Hoop 5.5" のマグネット刺繍枠。
- ミシン: 多針刺繍機(動画は Brother Entrepreneur 6-Plus)。
- 位置合わせ: 本体の赤レーザー。
- スタビライザー: カットアウェイ 2枚。
- 仕上げ: 糸切り(スニップ)+布用ハサミ。



準備段階で差が出るチェック(撮影では省略されがちなポイント)
動画はテンポよく進みますが、トラブルの多くは「準備不足」が原因です。開始前に次を確認してください。
- アイロンの安定性: 袖の中心折り(センタークリース)が曲がると、最終的にロゴが傾いて見えます。まず台がぐらつかないこと。
- 下糸(ボビン糸)と裏面の見え方: 以前の刺繍で白いボビン糸が目立っていたように、裏面の乱れは事故のサインになりやすいので、作業前に一度裏側も確認しておく。
量産を意識するなら、厚手ユニフォームの枠張りで「押さえ込みの戦い」になりやすい工程を、マグネット刺繍枠で負担軽減するのは有効です。布を均一に押さえやすく、枠跡(枠の摩擦痕)リスクも下げやすくなります。
道具を見直すタイミング(現場の痛みから判断)
- よくある状況: 20着以上のまとまった注文で、枠張りに毎回時間がかかる/手首が疲れる。
- 判断基準: 枠張り時間が縫製(刺繍)時間より長い、または枠跡で再加工が増えている。
- 選択肢:
- レベル1(手順改善): 位置決めと布の逃がしを徹底し、テンプレートで再現性を上げる。
- レベル2(治具・枠): マグネット刺繍枠に切り替えて、厚手生地の固定を安定させる。
- レベル3(設備): 多色・多針の安定運用が必要なら、多針機で段取りを最適化する。
手順1:位置の計測とマーキング
袖刺繍は、位置が揃っているだけで「プロっぽさ」が出ます。低すぎると袖口に寄って見え、高すぎると着用時に折れや影に入ります。
動画での基準は、シェフコートでよく使われる定番ルールです。
- カフ(袖口)の縫い目から2インチ上を、袖の中心折り(センタークリース)に沿って測ります。
1) 袖をプレスして中心ガイドを作る
袖を平らにアイロンがけし、はっきりした折り線を作ります。
チェックポイント: 折り線が「くっきり」見えること。蒸気を当てたら、10秒ほど冷まして折り癖を落ち着かせます。この線が水平・垂直の基準になります。

補足(なぜプレスが重要か): ツイルは織り目の影響でねじれやすく、目視で中心を取ると着用時にロゴが斜めに見えることがあります。折り線を基準にすると再現性が上がります。
2) 「端」ではなく「縫い目」から測る
透明定規のゼロ位置を、袖口の端ではなくカフの縫い目(ステッチライン)に合わせます。そこから中心折りに沿って正確に2インチ上を取ります。

3) シールでマーキング(糊残りを避ける)
中心点に緑の丸シールを貼って目印にします。
補足: 動画内でも、ペンやチョークは生地に残りやすいので避けたい、という意図が語られています。シールはコントラストが高く、剥がしてすぐ消せるのが利点です。
また、コメントでも「緑の丸シールはどこで入手したか」という質問があり、制作者は動画説明欄に追記したと返信しています。現場では、同等の丸シール(色は視認性優先)を常備しておくと段取りが安定します。
配置を揃えて量産するなら、マーキング方法を固定し、袖用 チューブラー枠のような筒物前提の枠張り手順とセットで標準化するとブレが減ります。
手順2:マグネット刺繍枠で袖を枠張りする
ここが本編の山場です。筒状の袖を平らに保ち、スタビライザーと一緒にズレなく固定し、中心点を崩さずにロックします。
1) 枠固定台にスタビライザーを固定
動画ではカットアウェイを2枚使用し、枠固定台のフリースタイルベースに固定しています。

補足(2枚にする判断): 動画内でも「好み(安定性のため)」として2枚を使っています。厚手ツイル+ロゴのような密度があるデザインでは、剛性を上げたいときに2枚が選ばれやすい運用です。
2) 袖をフリースタイルアームに通す(急がない)
袖を治具(アーム)に通して形を作ります。
チェックポイント: 通すときの摩擦でスタビライザーが持ち上がったりズレたりします。動画でも一度浮きかけているので、焦らず押さえ直してから次へ進みます。

3) 紙テンプレートの十字をシールに合わせる
実寸テンプレートを使い、次の2点を同時に合わせます。
- テンプレート中心の「X」→ 緑の丸シールの中心へ。
- テンプレートの縦線 → 枠固定台の縦基準線と平行に。

現場のコツ: 中心点だけを見ると回転ズレに気づきにくいので、テンプレートの縦線と、プレスした中心折り(クリース)が一直線に重なるかも必ず見ます。
4) マグネット枠は「真上から」まっすぐ閉じる
上枠を下枠に対して真上から合わせ、しっかり固定します。


チェックポイント(音と感触): しっかり噛み合うと、はっきりした「カチッ」という音と手応えがあります。鈍い音や違和感がある場合は、布の折れ込みや厚みの偏りが疑われます。
作業上の注意: 片側からテコのように閉じると、布が波打って中心がズレやすくなります。必ず真上から押し下げるのが安定します。
マグネット刺繍枠 使い方を初めて体系的に練習する場合は、まず端切れで「磁力の強さ」と「真上から閉じる感覚」を掴んでから本番に入ると安全です。
注意(マグネットの安全): 強力なマグネット枠は指を挟むと強く痛みます。指は外周に置き、挟み込みを避けてください。また、医療機器や磁気媒体には近づけないでください。
手順3:ミシンへの装着とクリアランス確認
ここからが「戻れない工程」です。
1) 枠をミシンに装着する
枠をドライバーアームに差し込み、ロックされる感触(クリック)を確認します。

2) 手で触って確認する「スイープ」
絶対に省略しません。 スタート操作の前に、枠の下(衣類とシリンダーアームの間)へ手を入れて、布が噛み込んでいないかをなぞって確認します。

触って探すもの:
- 袖の裏側がたるんで入り込んでいないか。
- 身頃が折れて作業域に入っていないか。
- 枠とアームの間に不自然な厚みがないか。
この数秒の確認が、縫い閉じ事故を防ぐ最後の砦です。
3) レーザーで中心に合わせる
操作パネルで針位置(枠位置)を動かし、赤レーザーをシール/テンプレートの中心に合わせます。

4) テンプレートとシールを外す
ここで一旦停止。 紙テンプレートと丸シールを外してから縫い始めます。

理由: 紙を縫うと細かく破れて取り除きにくくなります。シールを縫うと粘着が針に付き、糸切れや目飛びの原因になります(動画でも開始前に外しています)。
補足(Brother機の場合): Brother 刺繍ミシンの機能(レーザー等)の使い方は機種で差がありますが、「手で触るクリアランス確認」は同じ手順で必須です。
手順4:刺繍運転と仕上げ
刺繍運転:放置せず、状態を監視する
運転を開始します。
- 画面表示(動画): 6251針、6色。
- 速度(動画): 900 SPM。

補足(速度の考え方): 動画では900 SPMで運転しています。筒物+厚手ツイルでは、慣れていない場合は速度を落として安定させる判断も有効です。速度を下げると振動が減り、異常に気づく余裕が増えます。
仕上げ:糸処理とスタビライザー処理
刺繍が終わったら、
- 枠を外す。
- 表側のジャンプ糸が残っていれば、1本だけ糸切りでカット(動画でも1か所)。
- 袖を裏返す。
- スタビライザーをハサミでカットして整理する。

仕上がりの目標: 袖口から2インチの位置に、引きつれのないフラットなロゴが入ること。
事前チェックリスト(作業開始前)
- 衣類の確認: 作業域にポケットや重なりがないか(縫い閉じリスク)。
- 折り線: 袖に中心折り(クリース)が出ているか。
- マーキング: 定規と、糊残りしにくいシールがあるか。
- テンプレート: デザインを実寸1:1で印刷してあるか。
セットアップチェックリスト(枠固定台での枠張り)
- スタビライザー: カットアウェイ2枚を固定できているか。
- 通し方: 袖を急いで通してスタビライザーを浮かせていないか。
- 位置合わせ: テンプレート中心とシール、縦線と基準線が揃っているか。
- 閉じ方: マグネット枠を斜めではなく真上から閉じたか。
- 触感: 枠内が均一に張っているか(波打ち・折れがないか)。
量産現場では、hoop master 枠固定台のような枠固定台を使うことで、作業者が変わっても位置決めの再現性を上げやすくなります。
ミシン前チェックリスト(運転前)
- ロック: 枠がミシンに確実に固定されているか。
- スイープ: 枠の下に手を入れて、噛み込みがないと確認したか。
- レーザー: 開始点が中心に合っているか。
- 撤去: 紙テンプレートとシールを外したか。
- 視認性: 画面やレーザーが見えにくい反射がないか(必要ならブラインドを閉める)。
日常的に袖を回す工場・店舗なら、刺繍用 枠固定台のような枠固定台とマグネット枠の組み合わせで、段取り時間のブレを抑えやすくなります。
トラブルシューティング
| 症状 | 物理的な原因(よくある) | 対処 |
|---|---|---|
| 衣類を縫い閉じた | 身頃や袖の裏側が作業域に入り、上下2枚を一緒に縫った。 | 予防: 装着後の「手スイープ」。 対処: ほどきは可能だが針穴が残りやすい。 |
| スタビライザーが浮く/ズレる | 袖を治具に通すときに急いで摩擦で引っ張った。 | ゆっくり通し、浮いたら押さえ直してから枠を閉じる。 |
| 画面やレーザーが見えにくい | 日光の反射(ブラインドの光)。 | ブラインドを閉めて視認性を確保する。 |
位置ズレが繰り返し起きる場合は、マグネット刺繍枠 用 枠固定台のように枠と衣類を機械的に保持しやすい運用に寄せると、人の手によるズレ要因を減らしやすくなります。
まとめ:量産に耐える袖刺繍の考え方
仕上がりがきれいなのは、工程を守っているからです。プレス→計測→マーキング→枠張り→クリアランス確認。
成長の要点は次の3つです。
- 筒物は閉じたがる:だから必ず開かせて管理する。
- 目より手:クリアランスは触って確認する。
- 道具は目的で選ぶ:枠跡や作業負担が課題ならマグネット枠、段取り時間が課題なら枠固定台で標準化。
袖を制すと、ユニフォーム加工で利益が出やすい定番箇所を安定して回せるようになります。
