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針棒が落ちる症状の切り分け(診断)
停止中や動作中に、特定の針棒だけが下がったままになってしまう――これはオペレーターにとって最も危険なトラブルの一つです。単なる不具合ではなく、ヘッドが左右に移動する際に下がった針が生地を引っかき、布破れ・針折れ・製品ロスにつながります。量産中に起きると、損失は一気に膨らみます。
ここでは、多頭式の業務用機でよくある「1本だけ針棒がロックされず落ちる」ケースを前提に、ロック機構を動かすアクチュエータ(ソレノイド)側の故障を中心に確認していきます。

まず押さえる:この作業でできるようになること
本記事は通常の操作説明ではなく、現場で必要になる「保全・修理寄り」の内容です。目的は次の4点です。
- 犯人の特定: 落ちる針棒(何番の針棒か)を確実に特定する
- 「ソナライト」の場所特定: 該当針棒に対応するジャンプソレノイド(“Sonalite”=現場呼称)を見つける
- 交換作業: 交換・取り付け・配線取り回し・ヘッドカード(基板)接続までを安全に行う
- 動作確認: 目視と音で「ロックが効いている」ことを確認し、再発要因を潰す
業務用刺繍ミシンを運用している現場では、停止時間=損失です。自社で一次対応できるようになると、外部修理の手配や待ち時間を減らせます。
ソレノイド不良で出やすい症状
診断の入口はシンプルで、見た目で分かることが多いです。
- 落ちっぱなし: 1本だけ針棒が他より下がっている/手で上げてもすぐ落ちる
- 引きずり: ヘッド移動時に金属が当たるような音が出る、または生地が引っかかって寄る(最悪、裂ける)


診断の到達点(目標): 「どの針棒が落ちるか」を一点指定できる状態(例:『6番針棒が落ちる』)。そのうえで、該当針棒の裏側(ヘッド背面側)にあるソレノイド群へアクセスします。
バネ(機械)なのか、ソレノイド(電気)なのかを見分ける
ここで混乱が起きやすいポイントです。原因が機械側(戻りバネなど)なのか、電気側(ソレノイド)なのかで対処が変わります。
手応えで見る簡易チェック(無通電で実施):
- 針棒を手で上に押し上げる
- 押し上げても手応えが弱い/フワフワする: 戻りバネ不良や機構の噛み込みなど、機械側の可能性
- 上がるが、ロックに入る「決まり」がない(保持されない): ロック動作を作るソレノイド系(電気)またはロック爪側(機械インターフェース)の可能性
動画の作業者は、ロック動作が効かないケースでジャンプソレノイド(ソナライト)を主原因として交換しています。
現場のコツ(運用で起きがちなパターン): 電装部品は完全に壊れる前に、症状が出たり消えたりすることがあります。冷えている時は保持するのに、稼働が続いて温まると落ち始める…という挙動は、コイルが弱っている兆候として疑う価値があります。
注意:感電・基板損傷リスク。 ヘッドカバーを開けたりヘッドカード(基板)に触れる前に、必ず主電源をOFFにし、電源プラグを抜いてください。通電状態で工具が触れると、基板を一発で損傷させる恐れがあります。
「ソナライト(Sonalite)」=ジャンプソレノイドを理解する
現場では技術者が 「ソナライト(Sonalite)」 と呼ぶことがありますが、これは発音由来の通称で、ここで扱うのはジャンプソレノイド(針棒のロック機構を動かすソレノイド)です。呼び方が違うだけで、指している部品は同じと考えてください。

針棒ロックにおける役割
ジャンプソレノイドは「ロックの実行役」です。電磁力でプランジャ(可動部)を動かし、ロック機構側を噛ませたり外したりします。
- 正常時: ロック爪が所定位置に入り、選択されていない針棒が上位置で保持される
- 不良時: プランジャの動きが渋い/保持力が弱いなどでロックが甘くなり、針棒が落ちる
補足(なぜ起きるか): 高速で繰り返し動作する部品のため、消耗・劣化が起きやすい領域です。量産現場ほど発生頻度が上がります。
ヘッドカード(基板)との関係
ソレノイドが「筋肉」なら、ヘッドカード(基板)は「指令を出す側」です。動画でも、交換後のソレノイド配線をヘッドカードへ接続する流れが示されています。
作業の流れ(全体像):
- 機械側の取り付け: ソレノイド本体を固定
- 電気側の接続: ヘッドカードへコネクタ接続
- 動作確認: ロックが保持されるかを確認
中古で多針 刺繍ミシン 販売を検討する際も、ヘッド内部の配線や基板周りが荒れている個体は、保全状態の判断材料になります。
交換手順(取り外し〜取り付け)
ここからは動画の手順に沿いつつ、現場で事故・やり直しを減らすための確認項目を追加して説明します。
準備(消耗品・事前チェック)
いきなりネジを外し始めると、ヘッド内部にネジを落として回収できず、余計な分解が必要になることがあります。
事前チェック(最低限):
- 落ちる針棒が何番かを特定する
- 主電源OFF、プラグを抜く
用意しておくと作業が止まらないもの:
- 交換用ソレノイド(ソナライト)
- 結束バンド(ケーブルタイ):既存の固定を切る場合に備える
- 工具:ドライバー、六角レンチ、プライヤー(動画で使用)
注意:可動部の挟み込み。 テスト時は針棒が動きます。手や工具を可動域に入れないでください。

作業前チェックリスト(安全確認)
- 電源状態: 主電源OFF、プラグを抜いた
- 対象特定: 落ちる針棒(番号)を特定した
- 部品準備: 交換用ソレノイド(ソナライト)を用意した
- 工具準備: ドライバー/六角レンチ/プライヤーを手元に揃えた
- 配線確認: 既存配線の取り回しを目視で把握した(後で同じルートに戻すため)
不良ソレノイドの取り外し
- 特定: 落ちる針棒に対応するソレノイド(背面側の配線が付いている部品)を確認する
- 取り外し: 固定ネジを外し、ソレノイド本体を取り外す
- 配線: 配線が固定されている場合は、必要に応じて結束バンドを切って作業スペースを確保する

チェックポイント: 小ネジは落とすと回収が大変です。外したネジはその場でまとめ、ヘッド内部に落ちないように管理します。
新品ソレノイドの取り付け(位置合わせ)
- 仮固定: 新品ソレノイドを所定位置に当て、ネジを入れて仮止めする
- 位置合わせ: プランジャ(可動部)がロック機構側(動画内で「gutka」と呼んでいる噛み合い部)に正しく当たる位置に合わせる
- 本締め: 位置が決まったらネジを本締めする
- 配線取り回し: 既存と同じルートで配線し、必要に応じて結束バンドで固定する


補足: 位置がずれていると、ロックが甘くなったり、動作時に当たり音が出たりして再発につながります。取り付け後は、可動部周辺に無理な干渉がないか目視で確認します。

期待される状態: ソレノイドが確実に固定され、配線が可動部に触れない取り回しになっている。
ヘッドカード(基板)への配線接続
ここは「差し間違い」「差し込み不足」が起きやすい工程です。
正しい接続先(ポート)を見つける
- ヘッド内のヘッドカード(基板)を確認する
- ソレノイドのコネクタを、該当する接続先へ差し込む(動画ではヘッドカードへ接続していることが明確)

確実に固定する(抜け・挟み込み防止)
- 差し込み: コネクタをまっすぐ差し込む
- 確認: ぐらつきがないか、奥まで入っているかを指先で確認する
- 挟み込み防止: カバーを戻す前に、配線が噛み込まない位置に収まっているか確認する

注意(よくあるミス): 配線がピンと張った状態のままだと、振動で断線や接触不良につながります。余裕を持たせ、固定できるところは結束バンドでまとめます。

動作確認(テスト)
最後に、症状が止まったことを確認します。
針棒が落ちないか確認
- 工具撤去: ヘッド周辺から工具・ネジ等を完全に取り除く
- 通電: 電源を入れる
- 目視: 問題の針棒が下がらず、保持されているか確認する

チェックポイント: 初期動作後、選択されていない状態で針棒が落ちてこないこと。
簡易テスト運転
動画でも、交換後に機械を動かして「落ちなくなった」ことを確認しています。
- 目視: 針棒が不意に落ちない
- 音: 異音がない(当たり音が続く場合は取り付け位置や干渉を再確認)


期待される結果: 落ちていた針棒が安定し、他の針棒と同じ挙動になる。
動作確認チェックリスト
- 静止: 非選択時に針棒が落ちない
- 動作: テスト運転中に異音がない
- 安全: カバーを戻し、配線の挟み込みがない
業務用ヘッドの保全ポイント(再発を減らす)
今回のようなトラブルは「直して終わり」ではなく、再発要因を減らすと現場が安定します。
ソレノイド周りの清掃(固着・渋さの予防)
ソレノイド周辺は埃が溜まりやすい箇所です。定期的に内部の埃・糸くずを除去し、可動部周りを清潔に保ちます。
ヘッドカード(基板)周りのショート・断線予防
- 配線取り回し: 金属エッジで被覆が擦れないようにする
- 挟み込み防止: カバー復旧時に配線を噛まない
収益視点:修理だけでなく「段取り時間」も見直す
故障対応で停止時間を減らすのは重要ですが、量産現場では別のボトルネックが潜んでいることもあります。
見落としがちな時間ロス:枠張り 量産では、修理よりも枠張りに時間が取られることがあります。従来の枠で締め付けに時間がかかったり、枠跡が出たり、作業者の手首に負担が出ている場合、機械が正常でも生産性が伸びません。
改善の方向性:マグネット刺繍枠
- 厚物や段差のある素材でも固定しやすく、枠張りの段取りを短縮しやすい
注意:磁力による安全リスク。 強力なマグネットは指を挟む危険があります。着脱時は指を合わせ面に入れないようにし、医療機器(ペースメーカー等)を使用している作業者は機器の取扱説明に従って距離を確保してください。
barudan 刺繍ミシンやmelco 刺繍ミシンなど、どの機種でも「機械の安定稼働」と「段取りの最適化」を両輪で回すことが、利益体質の現場づくりにつながります。
判断の目安:ソレノイド不良か、工程(枠張り・スタビライザー)か
挙動で切り分けます。
- 針棒が落ちる/引きずる: → 機械・電装側(本記事の範囲)
- デザインが歪む/シワが出る: → 枠張りやスタビライザー(刺繍用の安定材)の選定・当て方の可能性
トラブルシューティング(うまく直らない時)
交換しても改善しない場合は、慌てずに次の観点で確認します。
| 症状 | 可能性が高い原因 | すぐできる対処 |
|---|---|---|
| 交換後も針棒が落ちる | 接続ミス: ヘッドカード側の接続先が違う/接続が適切でない | 電源を落として再確認。コネクタが正しい位置に確実に入っているか確認する。 |
| 交換後も針棒が落ちる | 接触不良: コネクタの差し込み不足 | 電源を落として、コネクタが奥まで入っているか再確認する。 |
| カチカチと当たり音が出る | 取り付け位置ずれ: 可動部が干渉している | 固定ネジを緩め、干渉がない位置に合わせ直してから締め直す。 |
| 起動後に不具合が出る | 挟み込み/被覆損傷: カバー復旧時に配線を噛んだ | 直ちに電源OFF。配線の潰れ・被覆傷を点検し、必要に応じて保護する。 |
まとめ(結果)
針棒が落ちる症状は、放置すると生地破れなどの重大事故につながります。ジャンプソレノイド(ソナライト)を交換し、ヘッドカード(基板)への接続と動作確認まで行うことで、安定したロック動作を取り戻せます。
SWF 刺繍ミシンを含む多頭式の現場でも、基本は同じです。切り分け → 交換 → 接続 → テストを確実に回すことで、停止時間を最小化できます。
最終チェックリスト(成功の要点)
- 診断: 落ちる針棒を特定した
- 交換: ソレノイドを確実に固定した
- 配線: ヘッドカードへ正しく接続し、挟み込みがない
- 確認: 通電後に針棒が落ちず、異音がない
この手順を身につけておくと、突発停止が起きても現場復帰までの時間を短縮しやすくなります。
