目次
Ricomaで起きる「誤検知の糸切れ」を診断する
刺繍現場でいちばん嫌な静けさがあります。仕事が終わった静けさではなく、縫い始めた直後に ガガッ…ストップ と止まる、あの不自然な停止音です。
ミシンは「糸切れ」と言う。駆け寄る。けれど実際には、糸は針穴に通ったまま、テンションも張っている。
スタートを押す。数秒後にまた 停止。
刺繍オペレーターではなく、ミシンの子守になってしまいます。
このガイドでは、単にケーブルを交換するのではなく、センサーと制御基板(いわゆる“頭脳”)の間で起きている「信号の不具合」を切り分けてから、糸切れセンサー・ハーネスを交換する流れを整理します。症状には特徴的な“指紋”があり、奇数針(1,3,5…)だけが止まり、偶数針は普通に縫えるといった偏りで現れやすいのがポイントです。これは糸掛けミスよりも、ハード側の信号系トラブルを強く示唆します。

奇数/偶数で止まる症状の見分け
効率よく直すには、まず「本当にこの故障を追ってよいか」を確定します。実際の糸切れなら糸端が出たり、糸が緩んだりします。一方、誤検知(センサー系)では、糸は切れていないのに停止します。
動画の内容から整理すると、この不具合の“指紋”は次の通りです。
- 「幻の停止」:数秒(だいたい4〜10針程度)縫って急に止まる。
- 目視:上糸は針穴に通ったまま。
- 偏り:奇数針だけ(Aグループ)が止まり、偶数針(Bグループ)は縫える。
- 補足:機種や個体によっては逆(偶数が止まり、奇数が動く)になることもあります。ただし重要なのは「奇数/偶数どちらかのグループに偏る」ことです。
- ライトの違い:テンションホイール(テンションノブ後方の小さなチェックホイール)周辺のLED挙動が、正常側と異常側で変わる。
また、コメントには「最初の1回は完走したのに、2回目は stop/start を繰り返して極端に遅い。ずっと見張らないといけない」という趣旨の声がありました。こういう“再現が揺れる”症状は、データ(パンチ/デジタイズ)を疑いやすいのですが、針番号のグルーピングで偏るかを見れば切り分けがしやすくなります。
現場判断の目安:
- データ起因の可能性が高い:毎回まったく同じ位置(同じ針目座標)で止まる/針を変えても同じ。
- ハード/センサー起因の可能性が高い:奇数/偶数など、針グループで偏って止まる/複数デザインで起きる。
テンションホイールのLEDの読み方
このトラブルは、LEDが重要な診断材料になります。動画ではサポートからの案内として、テンションホイールを手で回したときの点滅パターンで判断しています。
診断テスト(テンションホイール・ライトテスト):
- 電源を入れる。
- まず正常に縫えている針(例:2番)へ。
- テンションノブ後ろの小さなチェックホイール(テンションチェックホイール)を手で回す。
- 確認:LEDが 緑/赤で点滅する。
次に、止まる針(例:3番)で同じことをします。
- 異常側の挙動:回しても 赤点滅のまま(緑が出ない/赤だけ)になる。
この「赤だけ」の挙動は、センサーが回転を正しく読めていない(信号が来ていない)サインです。動画ではこれにより、該当グループの信号経路=糸切れセンサー・ハーネス不良が疑われ、交換に進んでいます。

Ricomaサポートに相談する意味(当てずっぽうを避ける)
動画の作成者はRicomaサポートに相談し、交換部品として糸切れセンサー・ハーネスの手配を案内されています。業務用機では、推測で部品を替えるほどコストと時間が増えます。
重要な注意点: コメントには「センサーを交換したら、1〜8針だけの問題が全針に広がった」という趣旨の報告もありました。ここで押さえるべきは、機械の構成上、
- 青いセンサー部(センサー基板/センサーユニット)
- それと基板をつなぐハーネス(ケーブル)
が別物だという点です。ケーブルの断線・接触不良・挟み込みでも、基板不良のように見えることがあります。
サポート連絡時に伝えると早い情報(例):
- 症状:「糸は切れていないのに糸切れ停止。奇数針(または偶数針)に偏る」
- 診断結果:「テンションホイールを回しても、該当針は緑が点滅しない(赤だけ)」
- 目視:「上糸は針穴に通ったまま」
注意: 通電・静電気(ESD)対策。 ケースを開ける前に必ず電源を切り、コンセントを抜いてください。上部作業になるので踏み台などで安定した足場を確保します。基板に触れる前に金属部に触れて静電気を逃がし、静電破壊(ESD)を避けてください。
必要な工具と部品
作業自体は難しくありませんが、再発させないためには「配線の取り回し(ケーブル処理)」が肝になります。

交換用センサー・ハーネス
動画では「糸切れセンサーからのハーネス」として交換部品が届きます。コメント欄では部品番号も共有されており、Ricoma部品番号:03154339MTです。
機種差について: コメントにはTC-1501や8S、BAI 1501など別機種の話も出ています。考え方は同じでも、コネクタ位置やカバー形状が異なる場合があります。必ず自機のマニュアルとサポート案内を優先してください。
必要工具(ドライバー/ニッパー)
サイズ違いのドライバーはネジ頭を潰しやすく、結束バンドをハサミで切ると配線を傷つけるリスクが上がります。
- プラスドライバー:上部のネジを外すため
- ニッパー/精密スニップ:結束バンドを安全に切るため
- 踏み台:上部のセンサーケースに目線を合わせるため
- 小物入れ:外したネジの紛失防止

事前チェック(作業前の確認)
動画内でも、下糸(ボビン糸)や針板まわりの糸くず確認をしています。ハーネス交換に入る前に、最低限ここを押さえます。
- 症状確認:短いテスト縫いで、奇数/偶数どちらのグループに偏るかを確認
- ライトテスト:テンションホイールで緑/赤点滅の有無を確認
- 清掃/異物:下糸まわり、針板付近に絡み糸がないか確認
修理手順(ハーネス交換)
ここからは動画の流れに沿って、失敗しやすい点に「止まって確認するポイント」を追加して説明します。
電子ボックス(センサーケース)を開ける
対象は、ミシンヘッド上部にある小さなボックス(カバー付き)です。
手順:
- ネジを緩める:上部のネジ2本をプラスドライバーで緩めます。
- 落下防止:片手でカバーを支え、外した瞬間に落とさないようにします。
- 基板を露出:カバーを外し、内部の基板とコネクタ部を見える状態にします。

チェックポイント: 内部に落ちた糸くずや、配線がネジ穴付近を横切っていないかを目視します。
不良ハーネスを外す
古いハーネスを外してから、新しいハーネスを同じ経路で戻します。
手順:
- センサー側:青いセンサー部(センサーユニット)からコネクタを抜きます。
- 基板側:マザーボード側のコネクタも抜きます。
- 補足:ロック爪がある場合は爪を押してから。配線を引っ張らず、白いコネクタ樹脂部を持って抜きます。

配線固定を解除:
- 結束バンドを切る:ニッパーで結束バンドだけを切ります。
- 重要:周辺の信号線を切らないよう、刃先の向きと照明を確保します。
- 保持具から外す:樹脂の保持具(ねじり留めのような部位)や、スパイラルチューブから配線を解放します。
- 取り外し:古いハーネスをゆっくり抜き取ります。

注意: 配線切断リスク。 結束バンドを切る作業は、他の細い信号線のすぐ近くで行います。誤って別の線を傷つけると、ハーネス交換では済まなくなります。必ず明るい照明で、ゆっくり作業してください。
チェックポイント: 旧ハーネスと新品ハーネスを並べ、長さ・コネクタ形状が同じか確認します。
新しいハーネスを取り付けて固定する
外すのと逆手順ですが、再発防止のために「取り回し」と「結束の強さ」が重要です。
- 基板に接続:新品ハーネスをマザーボード側に差し込み、しっかり奥まで入っていることを確認します。
- 配線を通す:元の穴を通して、同じルートで下へ戻します。

- 保護材を戻す:スパイラル状の保護材(樹脂の巻き)を、外したのと同様に巻き戻します。

- 結束して固定:結束バンドで固定し、振動で動かないようにします。

- 余りをカット:結束バンドの余りを切り、引っ掛かりを作らないようにします。

チェックポイント(結束バンドの締め具合):
- 緩すぎ:振動で擦れて断線・接触不良の原因
- 締めすぎ:被覆を潰して断線・ショートの原因
- 適正:固定されているが、ケーブルが“潰れていない”
取り付け後チェック(フタを閉める前)
閉める前に、ここだけは確認します。
- 差し込み:基板側/センサー側ともにコネクタが奥まで入っている(浮きがない)
- 向き:ロック爪の向きが合っており、無理に逆挿ししていない
- 保護:スパイラル保護材が戻っている
- 固定:結束バンドが「きつすぎず、緩すぎず」
- 干渉:ネジ穴の上に配線がかぶっていない(締め込みで潰さない)
- 落下物:ネジや切れ端が内部に残っていない
組み戻し(カバーを閉める)
- 配線を指定のスリット(逃げ)に通します。
- カバーをネジ穴に合わせます。
- ネジを締めます。プラスチック側は締めすぎ厳禁。止まったところで止めます。

- 外装カバーをパチンとはめ戻します。

チェックポイント: カバーが素直に閉まらない場合は無理に押さず、いったん開けて配線が挟まっていないか確認します。
なぜ起きるのか(補足)
動画の範囲で言えることとして、この症状は「糸が切れた」ではなく、センサー信号が正しく伝わっていない状態で起きます。ハーネス交換で信号経路が復旧すると、奇数(または偶数)グループの停止が解消する、という流れです。
修理後の確認(必ずテスト縫い)
直ったかどうかは「電源が入った」ではなく、「止まらずに縫い続けられるか」で判断します。
奇数針(停止していた側)でテスト縫い
動画では、停止していた側として3番針でテストしています。

続けて、別の奇数針(例:5番、7番)でも確認しています。

確認手順:
- 以前止まりやすかった条件でテストします(短時間で止まっていたなら、その再現条件を優先)。
- 停止していた側の針(例:#3)で縫い、数秒で止まらないことを確認します。
- 可能なら他の該当針(例:#5、#7)でも同様に確認します。
テンションホイールの緑/赤点滅が戻ったか
最初に行ったライトテストを、修理後にもう一度行います。
- 期待結果:該当針でも 緑/赤で点滅する。
緑/赤が出る=回転を読めている、という判断材料になります。
作業完了チェック
- テスト縫い:停止していた針で、止まらずに縫えた
- 追加確認:同グループの別針でも問題が出ない
- ライト:テンションホイールで緑/赤点滅が確認できた
- 外装:カバーが確実に閉まり、ガタつきがない
うまく直らないときの切り分け
症状:4針程度ですぐ止まる(即停止)
考えられる原因: コネクタの挿し込み不足、向き違いなどで信号が入っていない。
対処:
- コネクタが奥まで入っているか(浮きがないか)
- ロック爪の向きが合っているか(無理に挿していないか)
症状:奇数ではなく偶数側で起きている
考え方: 偏りが「奇数/偶数どちらか」に出ること自体が重要です。偶数側で赤だけになるなら、診断の方向性(信号経路の問題)は同様に考えられます。
症状:たまに出る(1回目は完走、2回目はstop/start)
考えられる原因: 振動でコネクタやハーネスが動く/結束が甘い/取り回しにテンションがかかっている。
対処:
- 結束バンドが緩すぎないか
- 配線が引っ張られていないか(可動範囲で突っ張らないか)
- カバーで配線を軽く挟んでいないか
結果
糸切れセンサー・ハーネスを交換し、結束バンドで適正に固定したことで、動画の事例では停止していた奇数針が正常に縫えるようになりました。止まるたびに張り付く運用から解放され、通常の生産に戻せます。
生産現場向け:止まり癖を減らす運用の考え方(補足)
このチュートリアルはハーネス交換が主題ですが、コメントにもあったように「止まる=ずっと見張る」状態は生産性を大きく落とします。まずは今回のように、針グループで偏る誤検知を潰してから、再発時に切り分けができるよう、
- どの針で
- どのタイミングで
- ライトテストがどうか
を記録しておくと、次回の対応が早くなります。
最後に:枠張りについて
今回の修理は信号経路(ハーネス)の復旧ですが、運用面では布の安定も重要です。布が暴れていると、別要因で停止や不安定さが出たときに切り分けが難しくなります。作業記録と合わせて、日々の枠張り条件も一定に保つとトラブルシュートが楽になります。
