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「フローティング」技法を使いこなす:デリケート素材で位置ズレを出さないマシン刺繍
フローティングは、デリケートな生地(特にシルクデュピオニ、ベルベット、薄手ニットなど)に刺繍するときに、繊維をつぶしたり、永久的な枠跡を残したり、織り目を歪ませたりするリスクを下げるための、非常に信頼性の高い方法です。やり方はシンプルで、布ではなくスタビライザーだけを枠張りして“貼り付け面”を作り、その上に布を後から固定します。
このチュートリアルの目的は、いきなり本番デザインを縫うことではありません。まずはアウトラインの位置合わせステッチ(配置線)を先に縫えるように、安定していて、かつ正確に位置合わせできる土台を作ることがゴールです。
「中心を合わせたつもりなのに 2〜5mm ずれた」「枠の中心に見えるところに合わせたのに、縫い始めたら位置が流れた」——そんな経験があるなら、この手順が役に立ちます。
プロが フローティング用 刺繍枠 の考え方を採用する大きな理由は、布に機械的なストレスをかけずに、再現性のある配置を作れる点にあります。

Step 1: スタビライザーを正しく枠張りする
刺繍品質の土台は、スタビライザー1枚をムラなく強く張ることです。動画では、あえてスタビライザーを枠の外にたっぷり余らせています。
いま何をしているか(なぜ重要か)
スタビライザーを“太鼓の皮”のように張ります。しっかり張れていれば、その後の大量の針落ちに耐えられます。逆に緩いと、生地(後で載せる布も含む)が上下にバタつく「フラッギング」が起きやすく、糸絡みや位置ズレの原因になります。
基本ルール: スタビライザーをケチらない。枠の外側に最低でも 1.5〜2インチ(3〜5cm)は余白を残してください。枠がしっかり噛むための“つかみ代”になります。

手順(枠張り)
- 外枠の上にスタビライザーを1枚置きます(プロジェクトにより、中厚のティアアウェイ/カットアウェイ等)。
- 内枠を上から載せます。
- 内枠を外枠に押し込みます。
- ネジを手で締め、まずは「噛んだ」状態にします。
- この時点では余りを切らないでください。

触って分かるチェック(“太鼓”テスト)
- 触感: 指でなでて、ふにゃっとせず、面が硬くフラットに感じる。
- 音: 指で軽く叩くと、太鼓のような鈍い「トン」という音がする。
- 見た目: スタビライザーの目やラインが波打っていない(波=テンション不足のサイン)。
期待する状態
角までたるみがなく、1枚張りでも“面”としてしっかりした枠張り状態。
注意: 内枠を押し込むとき、リングの隙間は挟み込みポイントになります。指を入れないようにしてください。標準の樹脂枠で工具(フープキー/ドライバー等)を使う場合も、締めすぎは外枠の割れにつながるため慎重に。

内枠をわずかに“出す(Proud)”テンション調整
締めた後、動画のホストは内枠を外枠とツライチにせず、わずかに“出す(proud=少し突き出す)”というプロの調整を入れています。
なぜ“proud”が効くのか(仕組み)
樹脂枠は完全な真円ではなく、締めネジ(クランプ)側に圧が集中しがちです。その結果、反対側の角が緩み、面が均一に張れないことがあります。内枠をツライチよりほんの少し深く押し込むことで、角まで噛み合いが増え、面全体のテンションが揃いやすくなります。
この微調整が、四角が四角のまま縫えるか、わずかに菱形に歪むかの分かれ目になることがあります。
手順(proud調整)
- 枠を裏返します。
- 4つの角を見て、ふくらみ(バブル/ピロー)がないか確認します。
- 角がふわっとしていたら、ネジをさらに半回転ほど締めます。
- 内枠をしっかり押し、外枠の縁より約1〜2mm低い位置になるようにします。

チェックポイント
- 見た目: 裏側で内枠がわずかに突き出して見える。
- 触感: 角を押しても“岩みたいに”硬い。
期待する状態
スプレーをかけても面が動かない、均一テンションの土台。
手の力が必要だったり、この「角チェック」が手間に感じる場合は、刺繍ミシン 用 枠入れ 関連の道具を探すと、均一圧で固定しやすいマグネット枠に行き着くことが多いです。
仮止めスプレー+端材で“貼り付け面”を作る(補強レイヤー)
土台ができたら、“粘着サンド”を作ります。動画では、仮止めスプレーを吹き、スタビライザーの端材を重ねて補強しています。
このレイヤーがやっていること
- 補強: 密度が上がる部分に、局所的にスタビライザーを足して安定させる。
- 固定: シルクに待ち針穴を開けずに、上に載せる布を仮固定できる“粘着面”を作る。

手順(スプレーと端材)
- スプレー専用の場所に移動します(箱の中/養生した台など)。
- 仮止めスプレーをスタビライザー表面にしっかりめに吹きます。
- 端材スタビライザーを、粘着面の中央に重ねます(動画では2枚)。
- 指(または手のひら)でしっかり押さえ、浮きがないようになじませます。


触って分かるチェック
- 触感: 付箋のように“ペタッ”とする程度が理想。濡れてベタベタなら、少し置いて落ち着かせてから次へ。
- 見た目: 糊だまり(液溜まり)がない。
道具のアップグレード(枠張りの負担を減らす)
同じ工程を繰り返すと(例:シャツを20枚以上など)、ネジ締めの繰り返しで手首が疲れたり、素材によっては枠跡のリスクが上がります。ここが現場での“乗り換えポイント”です。
- レベル1(手法): この記事のフローティングで枠跡を回避。
- レベル2(道具): マグネット刺繍枠 に切り替える。素早く閉じられ、厚物・薄物でも均一に押さえやすく、リング跡を出しにくい。
- レベル3(機種別): たとえば特定機種を使っているなら、husqvarna viking 用 マグネット刺繍枠 のような機種対応フレームで、リングを押し込む作業自体を減らし、デリケート素材の作業を安定化できます。
注意: スプレーは換気の良い場所で使用してください。ミストの吸い込みは長期的に有害です。また、枠のリム(接触面)は定期的に清掃してください。粘着の蓄積は次回以降のテンションムラにつながります。
グリッド定規で“本当の中心”を確認する
樹脂枠の「見た目の中心」は、実際の刺繍中心と一致しないことがあります。動画でも、クランプ(留め具)側の構造で、見えている中心と刺繍フィールドがズレる点が説明されています。

手順(位置合わせ)
- 透明のグリッド定規(キルティング用など)を、枠張りしたスタビライザーの上に置きます。
- スタビライザー上の印(十字)や、枠の成形マークに合わせて定規を揃えます。
- “リングの中心”ではなく、刺繍が縫われるフィールドの中心としての真ん中を確認します。



判断フロー:スタビライザー構成の決め方
次の流れで決めると迷いにくくなります。
- 生地はデリケート?(シルク/ベルベット/サテンなど)
- YES: フローティング推奨。スタビライザーのみ枠張り(枠跡回避)。
- NO(デニム/帆布など): 必要に応じて生地ごと枠張りでも可。
- 高ステッチ数(>15,000針)?
- YES: スタビライザーを2層に(動画のように端材で補強する/下に追加する等)。
- NO: 1層でも足りる場合が多い。
- 配置精度が重要?(例:ポケット位置など)
- YES: まずスタビライザーにアウトラインの位置合わせステッチ(配置枠)を縫う。
Prep
ミシンに持っていく前に、次の「出発前チェック」を行います。
見落としがちな消耗品(不足しやすいもの)
- 新しい針: 鈍い針は布を押し込みやすく、トラブルの元になります。
- 枠の清掃用品: 後で粘着を落とすためのクリーナー。
- 精密ピンセット: 布を押さえる際に指を針から遠ざけられます。
husqvarna 刺繍枠 のような機種純正枠を使う場合は、取り付け向きが重要です。クリップ部が汚れていないか、装着時に確実に噛んでいるかも確認してください。
Prepチェックリスト
- 針を新しくした(生地に合う番手)。
- 下糸(ボビン糸)の残量を確認した(配置線の途中で切れないように)。
- スタビライザーの余白が枠外に 1.5インチ以上ある。
- 粘着面が適度にタックし、端材がフラットに密着している。
Setup
ここからミシン側の準備です。布を載せる前に、まず“座標”を作ります。
なぜ配置線(位置合わせステッチ)を先に縫うのか
スタビライザーに配置枠を先に縫っておくと、針がどこを通るかが可視化されます。あとから布をその枠内に合わせれば、配置ミスが起きにくくなります。
Setupチェックリスト
- 枠をミシンに確実に装着した(クリック感を確認)。
- デザインの最初が「配置線/バスティング枠」になるようにしてある。
- (調整できる機種なら)押さえ高さを、スタビライザー+後で載せる布厚を想定して確認。
Operation
この段階では、まだ布は貼りません。



手順(配置線を縫う)
- 枠をセットします。
- カラー#1(配置線/バスティング枠)を実行します。
- スタビライザー上に、枠(ボックス/アウトライン)が縫われます。
- 枠を外します(またはフレームを手前にスライド)。
- ここで初めてシルク生地を載せ、いま縫った枠に合わせて配置します。
目視チェック
- 見た目: 縫っている最中にスタビライザー面が風船のように持ち上がるなら、枠張りが緩いサインです。停止して締め直してください。
Quality Checks
高価なシルクに本番を縫う前に、土台の品質を確認します。
「ぐらつき」テスト
枠張りしたスタビライザーを軽く押してみて、内枠が動く感触があるなら中止。この時点の動きは、後で確実にズレになります。張り直してください。
アップグレードの目安:量産の壁
バッジやシャツを50枚などで回すと、「枠→ネジ→角チェック→スプレー」の繰り返しが工数を圧迫します。
- 対策: プロは ミシン刺繍 用 枠固定台 を使い、枠を固定した状態でリング(またはマグネット上枠)を均一に押さえ込み、毎回同じテンションと位置を作ります。
- システム化: 枠固定台(HoopMasterやSEWTECH系のステーション等)を導入すると、衣類の位置合わせを毎回測らずに再現しやすくなります。
Troubleshooting
症状:枠跡(リング状のテカり・つぶれ)
- 原因の可能性: デリケート生地を標準の樹脂枠で強く挟んだ。
- すぐできる対策: この記事のフローティングで、布を枠で挟まない。
- 長期対策: マグネット枠で面圧を均一にし、挟み込みを減らす。
症状:アウトラインと塗り(フィル)が合わない
- 原因の可能性: スタビライザーが緩く、フラッギングが出た。
- すぐできる対策: 太鼓テストで張りを確認し、“proud”調整を入れる。
症状:角がふくらむ/緩い
- 原因の可能性: 樹脂枠の歪み(クランプ側の影響)。
- すぐできる対策: “proud”調整(内枠を外枠よりわずかに深く)。
- 予防: 刺繍用 枠固定台 のような治具で、リングを均一に押し込める環境を作る。
注意:マグネットの安全
マグネット刺繍枠に切り替える場合は、取り扱いに十分注意してください。
* 挟み込み注意: 強力磁石は一気に閉じます。リング間に指を入れない。
* 医療機器: ペースメーカー使用者の近くでは取り扱いに注意。
Results
「枠張り」と「布の配置」を分けることで、作業の主導権が戻ってきます。
- スタビライザーが太鼓のように張れている(基礎)。
- 位置合わせステッチが“地図”になる(ガイド)。
- 布は上に載るだけで、ストレスと枠跡から解放される(結果)。
シルクのようなハイリスク素材でも、再現性のある低ストレス工程に変わります。
