目次
フリースタンディング構造に必要な材料
自立する立体刺繍は、仕組みが分かると一気に作業が安定します。ここで縫っているのは「飾り」だけではなく、洗い落とし後に形が残る硬いサンドイッチ構造そのものです。マシン刺繍が“構造物づくり”に変わるタイプのプロジェクトと言えます。
OESD 51324 フリースタンディング・セイルボートは、安定の三要素(ここが崩れると一気に失敗します)で成り立っています。
- 内部の骨格: 形を保持する硬い芯材(Fiber Form)。
- 土台: 水溶性スタビライザーを安定させる枠張り(AquaMesh+BadgeMaster)—ドラムの皮のようにピンと張る。
- 外皮: 両面アップリケ(表生地+裏生地)で芯材を包み、360度きれいに見える仕上がりにする。
中級者向けの“レベルアップ”案件で、位置合わせの再現性、仕上げの清潔感、そして組み立て工程(模型づくりに近い感覚)まで一連で学べます。
判断チャート:スタビライザー&針の考え方
「柔らかい船になる」「針が折れる」を避けるための整理です。
| 部位 | 材料選定 | 理由(仕組み) | 推奨針 |
|---|---|---|---|
| スタビライザー土台 | AquaMesh 1枚+BadgeMaster 1枚 | AquaMeshが保持力、BadgeMasterが剛性を担当。密度の高いサテンでも破れにくく、形が崩れにくい。 | Titanium Organ 75/11 Sharp(厚い積層でも軸がたわみにくい) |
| 内部芯材 | OESD Fiber Form | 水を含みにくい芯材で、すすぎ後も形が残りやすい。 | N/A(後から挿入) |
| アップリケ生地 | 綿+StabilStick Cutaway | カットソーではなく綿でも、密な縁かがりでヨレ・ほつれを抑え、扱いが安定。 | N/A |

Fiber Form(芯材)の準備
動画の冒頭は、最終の“カチッと感”を左右する下準備から始まります。芯材の精度が甘いと、後工程で帳尻合わせができません。フリースタンディング系の不具合は、ミシンよりも裁断台で起きることが多いという前提で進めると安定します。
手順1 — 型紙を左右反転で印刷し、接着する
Applique Fuse and Fixにテンプレートを左右反転(ミラー)で印刷し、ざっくり切ってからOESD Fiber Formにアイロンで貼り付けます。接着後、黒いアウトラインに沿ってハサミで正確に切り出します。
なぜミラーが必要か: テンプレートを材料の片面に貼って切り出し、完成側に返して使うと形が反転します。最初からミラーで用意しておくことで、刺繍の配置縫い(placement)に芯材がきれいに収まります。

手順2 — “きれいに切る”は見た目ではなく寸法公差
ここは工作精度の話です。Fiber Formの端がギザギザだったり、わずかに大きいだけでも、後で次の症状が出やすくなります。
- 配置縫いの線の内側に芯材が収まらず、浮きやすい
- 押さえ縫い(タックダウン)の際に硬い端へ針が当たり、針が逃げる/縁が盛り上がる
- サテンの幅が波打つ(段差で密度が変わる)
触感チェック: よく切れるハサミで、引っかからずにスッと切れる感触が目安です。 現場のコツ(再現性): 同じ形のパーツはまとめて切ります。手の圧・ハサミ角度が揃い、左右の対称性が出やすくなります。
手順3 — 生地の裏にStabilStick Cutawayを貼ってから裁断
動画では、赤と白の生地の裏にStabilStick Cutawayを貼ってからアップリケ形状に切り出しています。これで生地にコシが出て、縁のほつれや、すすぎ工程での“ほつれ拡大”を抑えやすくなります。
作業性の面でもメリットがあり、裏打ちした生地は厚紙のように扱えるため、枠内での位置合わせが速くなります。
複数個作る場合は、ここから“段取り”を意識すると効率が上がります。裏打ち→裁断を先にまとめて行い、ミシン稼働時間を途切れさせないのがコツです。
厚手スタビライザーの枠張り戦略
この作品は、配置縫い→タックダウン→裏面貼り→トリミング…と枠を扱う工程が続きます。その間ずっとスタビライザーの張りが維持できるかが勝負です。動画では、BadgeMasterを上、AquaMeshを下に重ね、一般的なネジ式の樹脂フープでしっかり締めています。

この枠張りが“成否の分岐点”になる理由
構造物を縫うとき、スタビライザーの積層は次の2役を同時に担います。
- 吊り下げ: ベース布がないため、デザインを空中で保持する
- 抵抗: 大量の縫い縮み(引き)に対して形を支える
ここが緩いと、配置線と芯材が合わない/すすぎ後に縁が波打つ、といった症状が早い段階で出ます。
枠張りの“手応え”基準(ドラム張り)
目標は「ドラムの皮」のような張りです。
- 触感チェック: 枠の中央を押して、少したわんでもすぐ戻る
- 音チェック: 軽く叩くと、ベタッではなく鈍い“トン”という音
- 見た目チェック: メッシュ系の格子が歪まず、四角が四角のまま
うまく張れない場合は、力任せではなく、均一に圧をかける手順が重要になります。刺繍ミシン 用 枠入れの基本を押さえると、再現性が上がります。
改善の考え方(枠張りがボトルネックになったら)
厚い積層を毎回きれいに張るのが負担になってきたら、道具側で解決するタイミングです。
よくある状況: 例えばイベント用に5個作りたい。 つまずき: ネジ式フープだと、水溶性スタビライザーが滑って締め直しが増え、手が疲れる/張りが安定しない。 判断基準: 枠張りに2分以上かかる、または縫製中にスタビライザーがズレるなら、スキルではなく治具・枠が制約になっています。
改善ステップ:
- レベル1(手順改善): 樹脂フープの内枠にバインディングテープ等を巻いてグリップを上げる
- レベル2(道具更新): マグネット刺繍枠へ。強い磁力で積層を一気にクランプでき、ネジ調整の手間と歪みを減らしやすい
- レベル3(量産視点): 多針刺繍機で回すなら、連続作業しやすい業務用のマグネット枠(フレーム)を検討する
注意(マグネットの安全): マグネット刺繍枠は強力です。挟み込み注意: クランプ部に指を入れないでください(瞬間的に閉じます)。干渉: ペースメーカー等の医療機器、磁気記録媒体には近づけないでください。
枠内完結:刺繍の手順(配置→固定→表→裏→仕上げ)
ここが本編です。配置縫い、タックダウン、表生地、裏生地、そして最終のサテン仕上げまでを枠内で完結させます。
速度設定の要点: 高密度なので、最高速(例:1000SPM)で回す前提ではありません。
- 目安(安定重視): 600 SPM
- 慣れてきた場合: 700–800 SPM
手順1 — 配置縫い(アウトライン)を縫う
枠張りしたスタビライザーに、三角形の配置線を縫います。

チェックポイント: 指でなぞって、面がフラットであること。ボコつくなら張り不足の可能性が高いので、この時点で枠張りをやり直す方が材料ロスが減ります。 期待値: 芯材と一致する、シャープな配置線。
手順2 — Fiber Formを入れてタックダウン
切り出したFiber Formの剥離紙をはがし、配置線の内側に正確に置いて指でしっかり圧着します。その後、ミシンがタックダウン(固定縫い)を行います。

すき間チェック: 芯材が配置線に“乗っていない”こと。線の上にかかると針が硬い端に当たり、針の逃げや折れの原因になります。 期待値: タックダウンが均一に回り込み、パズルのように芯材を囲い込む。
手順3 — 表側の配置線→表生地を置いて固定
芯材の上に生地用の配置線が縫われます。事前に切った白・赤の生地を線内に合わせ、角を刺繍用テープで仮固定します。

現場のコツ: テープは“仮クランプ”ですが、縫い線の上にかけないこと。針に粘着が移ると糸切れ・目飛びの原因になります。 枠を持ちながら位置合わせが難しい場合は、hooping stationのように枠を固定できる台があると、両手が使えて精度が上がります。
手順4 — 枠を外して裏返し、裏生地を貼る
枠をミシンから外し、下糸側(裏面)に返します。表側と同じ位置にくるように、裏生地を枠の裏面にテープで固定します。芯材が完全に挟み込まれる状態が目標です。


見落としリスク: 縫っている最中は裏面が見えません。角は特に、テープのかかりを広めにして、再装着時に重力でズレないようにします。 期待値: 表裏どちらから見てもFiber Formの白い芯が見えない“サンドイッチ”状態。
手順5 — 必要に応じてトリミング→最終の縁取り/装飾を縫う
枠を戻してタックダウンを進めます。もし生地がわずかに大きい場合は、枠を外して余分をカットしてから、最終のサテン縁取りと装飾を縫います。


開始前チェック: 最終サテンに入る前に、最低限ここを確認します。
- ボビン残量が十分か(途中で切れると継ぎ目が目立ちます)
- テープ端がサテンの進行ラインに入っていないか
期待値: 幅が揃った、立ち上がりのあるサテン縁。裏糸(ボビン糸)が表に点で出る場合は、上糸調子の見直し、またはサンドイッチが引っかかっていないかを確認します。
作業チェックリスト(刺繍工程の終点)
- 枠張り前: スタビ積層(AquaMesh 1+BadgeMaster 1)を確認
- 枠張り: 張りのチェック(ドラム感)
- 配置: 芯材がフラットで、配置線に乗っていない
- 仮固定: テープは角のみ、縫い線を避ける
- 裏貼り: 裏生地をしっかり固定(重力対策)
- 最終縫い: 速度を落とす(目安600SPM)、ボビン残量確認
立体ボートの組み立て
刺繍が終わったら、ここからは仕上げと組み立てです。丁寧さがそのまま完成度に出ます。
手順1 — 切り離し→すすぎ→乾燥→プレス
パーツをスタビライザーから切り離します。動画では温かい流水で水溶性スタビライザーを落としています。

判断基準(触って決める): 落とすのは“スタビ”で、壊したいのは“構造”ではありません。
- すすぎ過多: しなっとしやすい
- すすぎ不足: ベタつく/白っぽい残りが見える
- 狙い: ヌルつきがほぼ消え、でも少しコシが残る状態
作業: 乾燥後にアイロンでプレスします(完全に乾かしてからが安定)。
手順2 — アイレット(穴)を抜く
OESD Perfect Punch Toolをカッティングマット上で使い、指定位置の穴を抜きます。

現場のコツ(裂け防止): 工具を差したままねじらないこと。繊維を引き裂きやすくなります。真下に押して、真上に抜きます。
手順3 — 船体パネルをジグザグでつなぐ
船体の側面パネル同士を、端と端を突き合わせて揃え、幅広のジグザグでつなぎます(動画では縫い合わせのイメージが示されています)。

チェックポイント: 重ねず、突き合わせ(“キス”する程度)に。ここがヒンジになり、立体に折り上げやすくなります。 期待値: 強度がありつつ、V字に折れる縫い目。
手順4 — 折り上げ→クリップ固定→座面→マスト→帆を取り付け
船体を立体に折り上げ、穴位置を合わせてOESD Button Clipsで角を固定します。座面を入れ、木製ダボ(マスト)を通し、ひもで帆を取り付けます。



下準備チェックリスト(Prep終点)
- テンプレート: Applique Fuse and Fixに左右反転で印刷
- 裁断: Fiber Formの端がギザつかず、配置線内に収まる精度
- 生地: StabilStick Cutawayで裏打ち(ほつれ対策)
- 作業台: カッティングマット、カッター、アイロンを配置
- 安全: 針周りのクリアランス確保/マグネット使用時は電子機器から離す
セットアップチェックリスト(Setup終点)
- ミシン: 針をTitanium 75/11 Sharpへ交換
- 糸: 両面が見える前提ならボビン色も意識(または標準色)
- 速度: 600–700 SPMを目安に制限
- 道具: テープ、カーブハサミ、ピンセットを手元に
はじめに
本チュートリアルは、OESD 51324 フリースタンディング・セイルボートを、材料準備からリギング(帆の取り付け)まで一気通貫で再現できるように整理したものです。「フリースタンディングレースは難しそう」という心理的ハードルを、構造として分解して扱えるようにします。
「芯材+スタビライザーのサンドイッチ」という考え方を身につけると、平面刺繍から立体表現へ発想が広がります。芯材、両面カバー、すすぎの判断基準は、同系統の立体作品にも応用できます。
裏面アップリケの位置合わせがストレスになる場合、マグネット刺繍枠 用 枠固定台のように枠を安定保持できる環境があると、貼り込み精度が上がりやすくなります。
準備
見落としがちな消耗品&事前チェック(地味だけど失敗に直結)
動画で主要材料は示されていますが、立体構造は“細部の抜け”で崩れがちです。作業前に次を確認しておくと安定します。
- チタン針: 厚い積層では針への負荷が増えます。軸が強い針は安定要素になります。
- ピンセット: テープの位置調整や、スタビ残りの除去に便利です。
複数個作るなら、作業を工場の段取りに寄せます。芯材の接着→生地の裏打ち→裁断→刺繍(船体をまとめて)という順にまとめると、手戻りが減ります。
量産視点では、ミシン刺繍 用 枠固定台が“贅沢品”から“必要設備”に変わります。手首の負担を減らし、貼り込み位置の再現性が上がるため、1個目と10個目の品質差が出にくくなります。
トラブルシューティング
コストの低い順に潰すのが基本です。設定変更より先に、物理(枠張り・裁断・貼り込み)を疑います。
症状:サテン縁が波打つ/不揃い/うねる
- 原因候補: Fiber Formが大きい/端が不均一で、硬い縁で針が逃げている。
- 対処: タックダウン前に、配置線の“内側”に収まるよう芯材をわずかに整える。
- 予防: 「Fiber Formの準備 手順2」の裁断精度を上げる。
症状:スタビ残り/硬さの出方が不安定
- 原因候補: すすぎの加減が合っていない。
- 対処: 温かい流水でしっかりすすぐ。表面のヌルつきが残る場合は、指でやさしくこすって落とす。
- 目標: しな布(すすぎ過多)でも、ベタつく板状(すすぎ不足)でもなく、コシのある布の感触。
症状:位置合わせがズレる(アウトラインと縫いが合わない)
- 原因候補: 枠ズレ。厚いスタビの積層が縫い縮みで引かれ、滑った。
- 対処: フープの締めを強める(樹脂フープなら内枠にテープを巻いてグリップを上げる)。
- 改善策: マグネット刺繍枠で積層を均一にクランプし、滑りを抑える。
症状:組み立て時に穴周りが裂ける
- 原因候補: パンチ工具をねじった/柔らかい下地(布やカーペット等)で作業した。
- 対処: 目打ちで縦方向に少しずつ広げる。
注意(メンテナンス): 水溶性スタビライザーを使う工程は、ボビン周りに細かな粉や糸くずが溜まりやすくなります。連続で作る場合は、こまめに清掃して糸絡みを予防します。
仕上がり
位置合わせ、裁断精度、すすぎの判断が揃うと、完成品はしっかり自立し、左右対称で、表裏ともにきれいなセイルボートになります。
繰り返し作ってギフトや販売品質に寄せるなら、効くレバーは2つです。
- 品質の天井: 下準備(特に芯材の裁断精度)
- 作業スループット: 枠張りが遅い/手が疲れるなら、刺繍ミシン 用 マグネット刺繍枠や業務用のマグネット刺繍枠を検討する価値があります。枠張りのやり直し削減と負担軽減が、そのまま回転数に効きます。
適切な“サンドイッチ構造”と、少しの工作視点があれば、刺繍機で立体物は十分作れます。
