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Hatch 3 セットアップ実践講座:「ゼロ・ストレス」でデジタイズを始めるための基本手順
刺繍ソフトを開いた瞬間に、計器だらけのコックピットに放り込まれたように感じる——それは珍しくありません。初心者向け動画ほどテンポが速く、「何をクリックしたのか分からないままカーソルだけ追いかける」状態(いわゆる“クリック迷子”)になりがちです。
現場目線で言うと、ソフト上の段取りは、刺繍機の段取りの延長です。画面上の設定が曖昧なままだと、後でサイズ違い・位置ズレの修正に時間を取られたり、最終的に刺繍機側で無理が出てトラブルの引き金になります。
このガイドでは、動画の内容を「作業順」に落とし込み、デジタイズ開始前に最低限そろえるべき環境を整えます。押さえるポイントは次の5つです。
- “管制塔”を作る: Resequenceでオブジェクトと縫い順を常に把握する
- 見え方を切り替える: TrueView(3D)とステッチ表示を目的別に使う
- 枠の挙動を制御する: 自動センタリングを止めて、枠を“固定物”として扱う
- 下絵を固定する: 取り込み→寸法合わせ→ロックでトレースのズレを防ぐ
- 整列を標準化する: 定規とガイドで「目分量」を排除する

1. 「管制塔」を作る:Resequence(リシーケンス)タブの表示
初心者が最初につまずくのは、キャンバス中央の見た目だけを追ってしまうことです。実務では、“何が、どの順で縫われるか”を同時に見ておく必要があります。
HatchのResequenceタブは、縫製順(オブジェクト順)を一覧で追える場所です。文字でも図形でも、置いた要素がここに積み上がっていきます。
手順:Resequenceタブを有効化する
- 場所の確認: 画面右側のドッカー(パネル)エリアを見ます。
- 操作: Resequence と書かれたタブをクリックします。
- 表示チェック: Colors と Objects のリスト(ドロップダウン)が見えることを確認します。
- 使いやすくする: ピン(固定)アイコンがある場合は、固定して常時表示にします。
チェックポイント(感覚で確認):
- 見た目: キャンバス上のオブジェクトを選択したとき、Resequence側のリストでも該当項目が反応(ハイライト等)するか確認します。

現場のコツ:カーソルの“止まる場所”を見る
動画が速くて追えないときは、音声よりもカーソルが一瞬止まる場所を見てください。Hatchでは、その“間”がプロパティバーの入力欄や、右クリックメニューの狙い所になっていることが多いです。
2. 表示の使い分け:TrueView(3D)とステッチ表示
Hatchには、作業内容を確認するための表示が大きく2種類あります。目的に応じて切り替えるのが、品質管理の基本です。
- TrueView(3D): 糸の質感・陰影・ツヤを再現する「仕上がりイメージ確認」向き
- ステッチ表示(TrueViewオフ): ラン(移動縫い)や構造が見える「作業者チェック」向き
手順:TrueViewのオン/オフ
- 操作: 上部ツールバーの TrueView アイコンを探してクリックします。
- オン時: 立体的に見えるので、見栄え(サテンの雰囲気など)を確認します。
- オフ時: 線(ワイヤーフレーム)のように見えるので、構造の確認に使います。
補足: TrueViewは見栄え確認に便利ですが、細かい構造は見えにくくなります。仕上がりの印象と、縫いの構造チェックは“別工程”として切り替えるのが安全です。


3. 枠が勝手に動く問題:枠位置を「手動」に切り替える
ここはソフトと現場が直結する重要ポイントです。Hatchは初期状態で Automatic Centering(自動センタリング) になっていることがあり、デザインを動かすと枠も一緒に追従します。
しかし実際の刺繍では、刺繍枠は治具のように“固定物”です。ソフト上でも枠を固定物として扱えるように、枠位置を手動(Manual)に切り替えます。
手順:枠を選択して、サイズが入るか確認する
- 操作: 枠(フープ)のリストを開きます。
- 選択: PRH100 (100 x 100)(4x4相当)を選びます。
- 表示チェック: 赤い枠線が表示されます。デザインが赤線をはみ出していないか確認します。


手順:枠位置をManual(手動)にする
- 操作: キャンバス上の赤い枠線の上で 右クリックします。
- 選択: メニューから Hoop Position を選びます。
- 設定: Automatic Centering から Manual に切り替えます。
- 確定: OK をクリックします。
チェックポイント: デザインを動かしても枠が追従しない(枠が“その場に残る”)状態になればOKです。


判断の目安:枠運用をどう考えるか
作業量が増えるほど、枠まわりの段取りがボトルネックになります。
- ケースA:個人制作・少量
- 目安: 1〜5枚程度
- 方針: 標準枠+基本設定でも回せる
- ケースB:小ロット量産
- 目安: 50点以上
- 課題: 枠跡(枠のリング跡)や、枠張り作業の負担
- 方針: マグネット刺繍枠の検討余地。ソフト側も枠境界を正確に合わせ、はみ出しチェックを厳密にします。
- ケースC:継続的に増産する事業
- 目安: 週100点以上
- 課題: 枠張りの繰り返しが生産性を落とす
- 方針: 刺繍ミシン 用 枠入れの工程を見直し、枠固定台と刺繍工程を分離して段取りを標準化します。
4. 下絵の準備:アートワーク取り込みと寸法合わせ
デジタイズはトレース作業です。下絵のサイズがズレていると、出来上がる刺繍サイズもズレます。
動画内でも、取り込んだアートワークを数値入力でリサイズしています。ここは“目分量”ではなく、寸法を決めてから進めるのが安全です。
手順:数値入力で正確にリサイズする
- 操作: Artwork ツールボックス > Insert Artwork を選び、画像ファイルを取り込みます。
- 表示チェック: キャンバスに画像が表示されます(大きすぎ/小さすぎでもOK)。
- 操作: 画像を選択した状態で、上部のプロパティバーから幅・高さの入力欄を探します。
- 入力: 例として 3.00 in × 4.00 in のように数値を入力し、Enterで確定します。
補足: 物理側で寸法の再現性を上げるために ミシン刺繍 用 枠固定台 を探すのと同じで、データ側も「数値で合わせる」癖を付けると、後工程の手戻りが減ります。


5. 「ロック」手順:下絵ズレ(ドリフト)を防ぐ
トレース中に下絵が少しでも動くと、位置合わせが崩れます。動画でも「ロックしないとイライラする」と言っている通り、これは初心者ほど起きやすい事故です。
手順:回転(必要なら)→ロック(必須)
- 操作(回転): 画像を2回クリックします。
- 1回目: 黒い四角ハンドル(リサイズ)
- 2回目: 透明/中抜きハンドル(回転)
- 操作: 角をドラッグして必要なら傾きを整えます。
- 操作(ロック): 画像を選択したまま、キーボードで K を押します(または右クリックして Lock)。
- 表示チェック: Resequence側に小さな南京錠アイコンが出て、画像が掴めなくなればOKです。


注意: 作業の切り替え時は“置き場”を決める
ソフト操作(クリック)と、現場作業(糸切り・枠張り等)を行き来するときは、道具の置き場を固定してください。注意が分散すると、作業ミスが起きやすくなります。


6. 精度を上げる:定規(Rulers)とガイド(Guides)
プロの刺繍はミリ単位で揃えます。画面上の“なんとなく真っすぐ”は、後でズレとして出ます。
手順:ガイドを引いて整列する
- 操作: 表示メニュー等から Rulers(定規)を有効にします。
- 操作: 上側の定規をクリックして下へドラッグすると、黄色のガイド線が出ます。
- 使い方: 文字のベースラインや中心線の基準として置き、複数要素の整列に使います。
補足: 複数の枠運用(例:brother 刺繍枠)を扱うほど、見た目の中心と数値の中心がズレて見えるケースが出ます。ガイドを基準にすると、視覚的な整列が安定します。


3つのチェックリスト:刺繍前の“プレフライト”
縫い始める前に、ここだけは通してください。
1. 準備チェック(物理側)
- 枠選択: 実機の枠とソフトの枠が一致している(例:brother 4x4 刺繍枠)
- スタビライザー: 素材に合ったものを選んだ(ニット=カットアウェイ/布帛=ティアアウェイ等)
- 固定手段: 生地が歪まないように仮固定の手段(スプレー等)を用意した
- 針の状態: 針先に不安がない(摩耗・欠けがあると仕上がりに直結)
2. ソフト設定チェック(データ側)
- Resequence表示: Objectsリストが見えている
- 枠位置: Manual になっている
- 下絵サイズ: デジタイズ前に寸法を確定した
- 下絵ロック: 南京錠アイコンが出ている(Kキー)
- ガイド: 横・縦の基準線を最低1本ずつ置いた
3. 最終チェック(Go/No-Go)
- ステッチ表示で確認: TrueViewをオフにして構造を見た
- 枠境界: デザインが赤線に触れていない
- 縫い順: Resequenceの順が、実機の糸替え順と矛盾しない
トラブルシュート集
不具合が出たら、まずは「設定で直るか」を先に確認します(無料で直る→高くつく故障の順で潰す)。
| 症状 | ありがちな原因 | その場の対処 | 再発防止 |
|---|---|---|---|
| 枠がデザインを追いかけて動く | 自動センタリングが有効 | 枠を右クリック > Manual | 以後の作業テンプレートはManual前提で開始する |
| 赤線がデザインを横切る | 枠(100×100)に対してデザインが大きい | 枠サイズを変更、またはデザイン寸法を調整 | 最初に枠を選び、境界内に収まるか確認してから進める |
| トレース中に下絵が動く | 画像をロックしていない | 画像選択 > K | 「取り込み→寸法→ロック」を手順として固定する |
| 生地が波打つ(シワ・引きつれ) | 固定・下処理が弱い | 素材に合うスタビライザーと固定方法を見直す | 枠張り工程の安定化(マグネット刺繍枠の検討など) |
注意:マグネットの取り扱い
マグネット刺繍枠は強力です。指を挟まないように距離を保って扱い、医療機器等への影響にも配慮してください。
まとめ:セットアップは“生産性”の第一歩
Hatchの基本セットアップを固めると、デジタイズの迷いが減り、サイズ・位置合わせ・枠の挙動をコントロールできるようになります。
ただし、ソフト側を整えても、物理側の制約(枠跡、枠張り負担、段取りの詰まり)は残ります。手順を標準化したうえで、必要に応じて 刺繍用 枠固定台 のような段取り改善ツールも検討し、データと現場の両方から生産性を上げていきましょう。
