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業務用刺繍ミシンを買うと、気持ちは一気に上がります。ところが、巨大な木箱が届いた瞬間に不安が始まります。壊れてない? 本当にテストした? どうやって安全に動かし始めればいい?
私は工場現場で長年オペレーター教育をしてきましたが、はっきり言えることがあります。機械の寿命とトラブルの出やすさは、到着後48時間の扱いで大きく決まります。
このガイドでは、YunFu HM-1501 の工場梱包プロセスを分析し、受け取り側が「逆算(リバースエンジニアリング)」で検品・立ち上げを行う方法を解説します。YunFu を買った方でも、SEWTECH の多針機を検討している方でも、輸送の物理と立ち上げのロジックは同じです。工場動画を、あなたの現場で使える手順書(SOP)に変換します。

最終品質確認(QA):キャップとフラット
工場が梱包前に最後にやるのは「包むこと」ではなく「縫うこと」です。これは出荷前の最終証明、いわば機械の「出生証明書」になります。
工場が何をテストしているか(なぜ重要か)
動画では、キャップ装置で実際に刺繍テストを回しています。ナレーションでは、フラット枠(Tシャツ枠)でのテストをすでに2回行っていることも明言されています。
テストの狙い(現場目線の物理):
- フラットテスト: 機械の「基礎体力」を確認します。フック周りの状態、X/Yの位置合わせ、糸調子が安定しているかを、安定した平面条件で見ます。
- キャップテスト: 機械の「負荷耐性」を確認します。キャップ刺繍は、曲面ドライバーを動かしながら縫うため負荷が大きく、わずかなズレや抵抗が結果に出やすい工程です。
業務用刺繍ミシンを検討しているなら、フラットとキャップの両方のテスト痕跡を見せてもらうのが安全です。フラットが綺麗でも、キャップ側で駆動や抵抗の問題が出るケースは珍しくありません。
木箱が届いたら、まず何をするか(受け取り側の実務手順)
いきなり背中一面の大柄(ジャケットバック等)を回さないでください。工場のロジックをそのまま真似して「安全な基準点」を作ります。
- 感覚チェック: 縫う前にヘッドをジョグして、音と動きを確認します。一定のハミング音が正常です。周期的な「ドスドス」や擦れる音がある場合は、輸送中の当たりや緩みを疑います。
- フラットの基準テスト: まずはフラット枠で、標準的な文字や簡単な図形を低〜中速で回して、位置ズレと糸調子を確認します(600〜700 SPM)。
- キャップの負荷テスト: フラットが問題なく安定してから、キャップ装置に移行します。
注意: 針周辺の安全距離。 テスト縫いでも、稼働中は手・髪・紐類を可動部から最低12インチ離してください。15本針ヘッドが800 SPMで動いていると、停止までにタイムラグがあります。
補足:最初は「速度」が一番の敵
工場のテストは能力確認のため高速で回すことがあります。しかし、あなたの機械はトラック輸送で長時間振動を受けています。最初は600〜750 SPMの安定域から始め、ネジの緩みや異音がないことを確認してから速度を上げてください。
糸道を残して立ち上げを速くする(タイオン)
工場では糸を外しますが、糸道の途中は通したまま「尻糸」を残しています。これは手抜きではなく、到着後の糸替えを速く・ミスなく行うための重要な準備です。一般に「タイオン(Tie-On)方式」として知られています。

工場の糸切り手順(動画で確認できること)
糸はコーン(糸立て)付近で切り、テンション部・ガイド・チューブなどには糸を通した状態を残しています。

到着後、この仕組みをどう使うか
この残っている糸を、いきなり全部引き抜かないでください。 到着初日に15本針をゼロから通し直すと、ガイドの通し忘れが起きやすく、即・糸切れや糸絡みの原因になります。
タイオン手順(現場で迷わない版):
- 結ぶ: 新しい上糸を、工場が残した尻糸に結びます(結び目は小さく、ほどけにくい形を意識)。
- テンションを逃がす: 重要。 押さえを上げる等でテンションを抜いてから引きます。テンションが掛かったまま結び目を通すと、テンション部に負担が出ます。
- 引く: 針側(糸道の出口側)から、ゆっくり一定の力で引き、結んだ新しい糸を通していきます。
- 抵抗を感じる: 抵抗は一定が理想です。途中で引っ掛かる感触が出たら止めて、どこで噛んでいるかを確認します。
なぜ効くのか: 15本針 刺繍ミシンの立ち上げで、糸道確認にかかる時間を大きく短縮できます。さらに、工場が通した「正しい糸道」をそのままトレースできるのが最大のメリットです。
チェックポイント:テンションに「入った」感触
新しい糸が通ったら、テンション部に糸が正しく入っているかを指先で確認します。浮いていると、最初の縫いで下糸側にループ(いわゆる鳥の巣)が出やすくなります。
付属品の整理:刺繍枠と工具
工場は付属品を床に並べ、同梱物を見える化しています。受け取り側にとっては、ここが「段取りの設計図」になります。

動画で確認できる同梱物
- フラット枠(サイズ違い)
- キャップステーション/キャップドライバー
- ボビンワインダー
- 工具箱(予備部品が入っていることもあるため、最初に中身を確認)



作業性を上げる考え方(きっかけ→判断基準→選択肢)
標準付属の刺繍枠は実用的ですが、現場では枠跡(生地に残るリング跡)や、枠張り時の手首負担の原因になりやすいのも事実です。
見直しのきっかけ:
- きっかけ: 厚手パーカーの枠張りがつらい/濃色ポロにテカりのリング跡が出る/シャツを連続で張って手首が痛い
- 判断基準: 50点以上のロットが増えた、またはデリケートなスポーツ素材を扱うことが多い
- 選択肢: その段階で、現場はマグネット刺繍枠へ移行することが多いです。
マグネット刺繍枠は流行語ではなく、段取り時間と不良率に直結する道具です。強い力で押し込まなくても固定でき、枠跡のリスクを下げ、枠張りを速くします。新規事業者にとっては、機械を買い替えるより安価に品質と生産性を上げられる場合があります。
注意: マグネットの挟み込み危険。 産業用のマグネット刺繍枠は強力で、指を挟むと危険です。ペースメーカー、磁気カード、精密機器には近づけないでください。上下リングの間に指を入れたまま合わせないこと。
道具のアップグレード判断(目安)
- 趣味〜小規模: まずは付属枠で基本の枠張りを安定させる
- 準業務: 難物(トート等)用に一部だけマグネット枠を追加
- 量産現場: マグネット枠を標準化して作業時間を削減
パレットへの固定(ブロッキング)

動画で行っていること
キャスター(またはゴム足)周りに木片のくさびを当て、パレットに固定しています。

なぜ重要か(到着時の確認ポイント)
輸送振動は、位置ズレや緩みの原因になります。開梱時に木片が割れていた場合、輸送中に強い衝撃が入った可能性があります。
- チェック: X/Yの可動部(アーム周辺)を目視し、異常な当たり傷がないか確認します。違和感がある場合は、無理に通電・試運転をせず販売元へ連絡してください。
木箱(クレート)梱包の組み立て

保護フィルム(ストレッチフィルム)
ストレッチフィルムで機械全体を包み、湿気や擦り傷から守っています。
結露の落とし穴: 冬場など、冷えた状態で届いた機械を暖かい室内に入れてすぐフィルムを切ると、温度差で結露が出ることがあります。
- ルール: 温度差が大きい場合は、開梱後もすぐにフィルムを外さず、2〜4時間ほど室温に慣らしてから作業します。
クレート組み立てと「隙間への同梱」





ここから学べるのは「同梱物の管理」です。受け取り後、付属品を適当に引き出しへ放り込まないでください。キャップドライバー/キャップステーション/キャップ枠はセットで保管します。どれか1つ欠けると、システムとして使えなくなります。
受け取り手順の全体像(到着後にやること)
この章は、動画の内容をあなたの立ち上げ計画に変換します。
ゴール
安全に受け取り、素早く同梱物を確認し、最初の一針を「綺麗に」出すこと。
事前準備
消耗品と事前チェック(木箱に入っていないもの)
工場はハード(機械と付属品)を入れてくれますが、現場で必要な消耗品は別です。トラックが来る前に用意しておきます。
- 刺繍針: DBxK5(75/11は汎用スタート)
- スプレーのり: ワッペン等の仮固定用
- スタビライザー(裏当て): カットアウェイ(2.5oz または 3.0oz)
- 糸切り: 先細のハサミ(カーブ刃が便利)
- オイル: 透明のミシン油
事前準備チェックリスト
- 設置スペース: 刺繍機の周囲に各方向3フィートの作業スペース
- 電源: 電圧(110V/220V)を確認し、専用のサージ保護を用意
- 記録: ドライバーが帰る前に木箱外観を撮影できるようスマホ準備
- 開梱工具: カッター、ハンマー、バール(必要に応じて)
設置
到着後の手順(ステップ形式)
- 外観確認: 木箱に穴・潰れがあれば撮影し、受領書に損傷の記載を残します。
- 開梱: 上面と側面を外し、機械はパレットベース上に残します。
- 同梱物確認: 機械周囲の空間に入っている箱を取り出します。
- 固定解除: パレット固定(木片)を外し、2人以上で安全に移動します。
- 温度慣らし: 温度差が大きい場合は2時間待機(状況により延長)。
- 注油確認: 出荷時は最小限の注油の場合があります。稼働前に回転釜(ロータリーフック)周りを確認し、必要なら適量を差します。
判断フロー:スタビライザー選び
初心者が「機械のせい」にしがちですが、実際は裏当て選定ミスが原因のことが多いです。
- IF 伸縮素材(ポロ、Tシャツ、ビーニー等):
- 必須: カットアウェイ
- 理由: 生地が刺繍密度を支えきれない
- IF 織物で安定(キャンバス、デニム、キャップ等):
- 使用: ティアアウェイ
- 理由: 生地自体の剛性がある
- IF 起毛素材(タオル、フリース等):
- 使用: ティアアウェイ(裏)+水溶性トッピング(表)
- 理由: パイルに沈み込むのを防ぐ
設置チェックリスト
- 木箱内部を撮影
- 付属品を部品表と照合して棚卸し
- 機械の水平出し(ガタつきがない)
- 糸道を確認(タイオン方式で通し替え)
- 注油確認(回転釜)
運用
最初の試し縫い(安全モードの順番)
ステップ1:フラットで試し縫い
安定したフェルト(またはデニム)を2枚、裏にカットアウェイを1枚で枠張りします。生地要因を強く排除できるため、機械の状態だけを見やすくなります。
- 感覚チェック: スタンドに手を当て、振動の質を確認します。軽い振動は正常ですが、台が動くほどの揺れは異常です。
ステップ2:キャップで試し縫い
ステップ1が安定してから行います。キャップドライバーを取り付けます。
- チェックポイント(張り): 枠張り後、つばを軽く叩いたときに「張った音」がするのが理想です。緩いと位置合わせが崩れやすくなります。
初心者は刺繍ミシン用 キャップ刺繍枠の追加購入を先に考えがちですが、原因が「枠張りのテンション不足」だけということも多いです。まずは標準枠で張りを安定させてから、道具の追加を判断しましょう。
運用チェックリスト
- フラット試し縫い:600 SPM(結果が安定)
- 糸切りが綺麗(長い糸端が残らない)
- キャップドライバーが確実にロックされている
- キャップ試し縫い:500 SPM(結果が安定)
トラブルシューティング
うまくいかない時は(学習曲線の一部です)、糸道 → 針 → データ → 機械の順で切り分けます。
| 症状 | 原因(現象の理屈) | まずやること |
|---|---|---|
| 鳥の巣(針板下で巨大な糸絡み) | 上糸テンションが実質ゼロ。テンションに糸が入っていない。 | 再糸通し。テンションに正しく入っているか確認。 |
| 糸切れ(糸が毛羽立つ/裂ける) | 摩擦。糸道のどこかで引っ掛かり、または針穴が合っていない。 | 新しい針に交換。糸道を順に確認。 |
| 枠跡(リング状の跡) | 繊維を強く潰している。 | マグネット枠など、枠跡を抑える道具を検討。 |
| 針折れ | 針のたわみ。針板や枠に当たっている。 | デザインが枠内に収まっているか確認。押さえ周りの干渉も確認。 |
embroidery machine shippingのダメージ(針棒の曲がり、画面の破損など)が疑われる場合は、無理に動かさず、すぐにサポートへ連絡してください。
まとめ
この「逆算」手順で、あなたは次を達成できます。
- 工場の検査ロジックで、到着状態を確認できる。
- タイオン方式で、糸替えと糸道ミスのリスクを減らせる。
- 付属品の管理が整理され、段取りが速くなる。
次の一歩: 刺繍は「機械20%・物理80%」です。標準工具で基礎を固めたら、時間が消えている工程を見直します。
- 枠張りに時間がかかる → 枠固定台 とマグネット枠を検討
- 糸替えが利益を削る → 段取りと運用ルールを見直す
- 1台では回らない → SEWTECH の多頭機、または単頭機の増設で冗長性を作る
機械を尊重し、手の感覚を信じて、確実に立ち上げていきましょう。
