目次
写真アウトライン刺繍を安定して作る:ベクター→トート刺繍までの実務フロー
アウトライン刺繍が再注目されている理由
「落書き風/線画(アウトライン)」のマシン刺繍は、カスタムギフトやアパレル加工で再び人気が高まっています。理由は大きく3つあります。
- ミニマルで今っぽい見た目になりやすい
- 写真を糸に置き換える“個別性”が強い
- そして業務目線では、ステッチ数が比較的少なく回転が速い(=時間あたりの生産性が上げやすい)
ただし、利益が出るかどうかは「データ作り→枠張り→縫い」の流れが安定しているかにかかります。
本記事では、動画で実演されている具体的なワークフローを分解します。Adobe Illustratorで写真を線画に起こし、Janome Artistic Digitizerで太めのサテン線(Satin Serial)に変換し、Brother Persona PRS100でマグネット刺繍枠を使って厚手トートに縫う、という流れです。
考え方の切り替え: このスタイルは「写真をそのまま再現」ではありません。必要な輪郭だけを抽出する編集作業です。主役を成立させる“目印(ランドマーク)”だけを拾います。

Step 1: Illustratorで写真を下準備する
写真選び(「横顔・後ろ姿ルール」)
アウトライン刺繍の成否は元写真でほぼ決まります。動画では、被写体が横〜後ろ向き(横顔寄り)で写っている写真を使っています。初心者ほどここを守ると成功率が上がります。
なぜ横顔/後ろ姿が有利か:
- 横顔・視線が外れている写真: 帽子のつば、あごのライン、髪の外形など、連続線で表現しやすい“輪郭情報”が多い
- 正面顔: 鼻や口は陰影で成立していることが多く、線だけで描くと「意味のない曲線」になりやすい(刺繍すると“謎のうねり”に見えがち)
受注で写真を預かる場合は、トラブル防止として「横顔/後ろ姿推奨」を最初に伝えておくと、後工程が一気に楽になります。
ペンツールでトレースする:情報量の優先順位
Illustrator側は「繰り返し作れる手順」に寄せます。
- 配置してロック: 写真を配置し、レイヤーをロック(Command + 2)
- トレース: ペンツール(または鉛筆ツール)でパスを引く
- 整理: 写真レイヤーを削除し、ベクターだけにする
何をトレースするか(ランドマーク戦略): 全部は追いません。刺繍で“それっぽく見える”要点だけ拾います。
- 帽子のつば、髪の外形
- あご〜首のライン
- 服の大きな折れ(影が一番深く出る主折り目)
補足(ノードの扱い): サテン線はパスの滑らかさがそのまま仕上がりに出ます。アンカーポイント(ノード)が細かくガタついていると、縫いが「カクカク」「ヨレ」に見えやすくなります。できるだけ少ないノードで、長い曲線を作る意識が有効です。

データ化(書き出し)
Illustrator形式(.ai)で保存します(動画でも.aiをそのまま取り込んでいます)。
現場のコツ:拡大して“事故の芽”を潰す 書き出し前に400%程度まで拡大して、次を確認します。
- 線が「あと少しで接触」している箇所: 刺繍では隙間(切れ)に見える
- 意図しない交差: 密度が重なってダマになりやすい
- 鋭角すぎる角: サテンが詰まって盛り上がる/糸切れの原因になりやすい
準備チェックリスト(デジタル側)
- 元写真: 横顔/後ろ姿/斜め向き(正面顔は難易度が上がる前提で判断)
- ベクターの清潔さ: 余計なノードやガタつきがない(400%で確認)
- 保存形式: .aiで保存
Step 2: Artistic Digitizerで刺繍データ化する
ベクターを「Satin Serial」に変換
Janome Artistic Digitizerに.aiを取り込みます。動画では、ソフト側の枠サイズが標準の4x4のままだと小さすぎるため、枠サイズを変更しています。
作業手順:
- 枠サイズ変更: 4x4→8x8インチに変更(ソフト上の設定)
- 変換: パスを選択し、ステッチタイプをSatin Serial(サテン線)に設定


密度設定:線を「太く見せる」決め手
動画では密度(糸間隔)を 0.010インチ に変更しています(初期値より詰める設定)。
ここが効く理由:
- 糸間隔を詰めるほど、線が“ロープ状”にしっかり見えやすい
- 黒トートのような目のある素材でも、線が埋もれにくい
「全選択」の落とし穴:密度が一部に反映されない
動画内でも触れられている重要ポイントです。ソフトによっては「全選択」でプロパティを変えても、サブオブジェクトや一部の線分に反映されないことがあります。

チェックポイント:
- 画面上で、線分ごとの設定(密度など)が揃っているかを目視で確認
- 必要ならグループ単位/パーツ単位で選択し直して再適用
「Slow Redraw」で縫い順と仕上がりを事前確認
書き出し前に「Slow Redraw」等のシミュレーションで確認します。
見るべき点:
- ジャンプが多すぎないか: 糸切り・糸始末が増えて効率が落ちる
- 角の回り込み: サテンが角で潰れていないか
- 線の終端: 端が不自然に切れた見え方になっていないか
ファイル管理の習慣: 編集用の作業ファイル(.DRAWなど)を先に保存し、その後に機械用(.PES)を書き出します。機械用データだけに頼ると、後からの修正がしづらくなります。
Step 3: 枠張りの“物理”を理解する(トートはここが勝負)
厚手トートが難しい理由
キャンバストートは、通常の樹脂フープだと枠張りが難しくなりがちです。厚みや段差(縫い代・折り返し)があるため、無理に締めると次の問題が出ます。
- 枠跡:強く挟むほどリング跡が残りやすい
- 作業負担:ネジ締めで手首に負担がかかる
- ズレ/外れ:縫っている途中で生地が逃げる
解決策:マグネット刺繍枠
動画の制作者は、Mighty Hoop(7.25インチ)に替えてから「戻れない」と話しています。トートのように厚みが不均一な素材では、マグネット枠は作業性の差が出やすい道具です。
導入判断の目安(動画の流れに沿った考え方):
- 少量制作: まずは現行フープで工夫して対応
- 小ロット受注: 枠張りの再現性と時短のためにマグネット枠を検討

センター出しと印付け
- 印付け: チョークで中心の十字を入れる
- 下枠: バッグの内側に下枠を差し込む
- スタビライザー: 破れやすいタイプ(ティアアウェイ)を重ねる(動画ではトートにティアアウェイを使用)
- 上枠: 目印(ノッチ)を合わせて、上枠を載せて固定


注意:マグネットの吸着は強い(指挟み)
マグネット刺繍枠は吸着が一気に効きます。
注意: 指挟みの危険があります。枠を閉じるときは、指をフレームの縁に置かないようにし、ゆっくり位置を合わせてから吸着させます。
準備チェックリスト(枠張り)
- 枠: デザインサイズに余裕のある枠を選定
- スタビライザー: ティアアウェイを用意
- 印付け: 中心十字が見える状態
- 内側確認: ポケットや持ち手が挟まっていない
Step 4: 刺繍機の段取りと縫い
機械の基本:下糸(ボビン)と注油
動画では、巻き済みボビンを使用し、ボビン周りにオイルを1滴入れています。
チェックポイント:
- 下糸が正しくセットされているか
- 異音がないか(乾いていると音が変わる)

データ読み込みと枠の装着
USBから.PESを読み込み、Brother Persona PRS100に枠を装着します。


最重要の安全確認:「トレース(範囲確認)」
いきなりスタートせず、機械の「トレース/チェック」機能で縫い範囲をなぞって確認します。
目的:
- 針棒や押さえがフレームに当たらないか(クリアランス確認)

注意: 衝突リスクがあります。必ずトレースで縫い範囲を確認し、フレームに近すぎないかを目視でチェックします。
トートあるある:「持ち手の巻き込み」対策
トートで一番多いミスが、持ち手を本体と一緒に縫い込むことです(動画内でも発生)。
- 対策: 持ち手を縫いエリアから外し、刺繍機のアーム下に入り込まないようにする
- 最終確認: 縫い始める前に、持ち手が下に潜っていないかを必ず確認
運転前チェックリスト
- データ: 正しい.PESを選択
- トレース: 実施済み、フレーム干渉なし
- 持ち手: 縫いエリア外に退避
- 糸: 上糸が正しく通っている/下糸の糸端処理
- 速度: 画面表示の速度を確認(動画では600 SPMが表示)
Step 5: 仕上がり確認と後処理
黒トートに赤のアウトラインがしっかり立った仕上がりになります。仕上げは、マグネット枠を外し(爪でこじらず、タブを使って外す)、スタビライザーを破って取り除きます。


生地とスタビライザーの考え方(動画で使ったのはティアアウェイ)
アウトラインはサテンで“線を盛る”ため、下支えが弱いと波打ちやすくなります。
- 厚手トート(伸びにくい): ティアアウェイが扱いやすい
- 薄手で頼りない生地: 仕上がり優先なら、より支えの強いスタビライザーを検討
- 表面がザラつく素材: 線が沈みやすいので、事前テストで見え方を確認
段取り改善の考え方(作業時間のボトルネックを見る)
データ作りより枠張りに時間がかかっている場合、改善ポイントは「位置合わせの標準化」です。
- 枠張り位置を毎回測り直しているなら、治具や枠固定台で再現性を上げる
出荷前の最終品質チェック
- 触感: 線がガサついていないか(引っかかりは密度過多や針の問題のサイン)
- 見た目: 下糸が表に引き上がっていないか(上糸テンション強すぎの可能性)
- 形状: トートが歪んでいないか(枠張りのテンション/固定の見直し)
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まとめ: 「横顔/後ろ姿の写真」→「ランドマークだけをトレース」→「Satin Serial+密度0.010インチ」→「マグネット枠で枠張り」→「トレースで干渉確認」→「持ち手退避」までを手順化すれば、迷いなく再現できるアウトライン刺繍の作業ラインになります。
