目次
1905年ボディスの型紙作り(パターン)
1905年ドゥーセ(Doucet)蜂のガウンのようなボディスが「難しい」理由は、どれか1工程が不可能だからではありません。すべての工程が次工程と矛盾なくつながる必要があるからです。フィットが刺繍マップと一致し、刺繍が縫い代を侵さず、組み立てが繊細なシルクを守りつつ“意図された歴史服の仕立て”に見える——この整合性が要求されます。
このチュートリアルでは、Sewstineがボディスを完成させる流れを、現場で再現できる形で学びます:
- 市販のヴィクトリアン型紙をベースに、仮縫いで形を追い込む
- 補正した型紙パーツをスキャンし、刺繍をパーツ形状の内側に直接配置する
- アイボリーの両面シルクサテンを、ティアアウェイのスタビライザーで枠張りし、多針刺繍機(10針)で刺繍する
- 刺繍が縫い目をまたぐ箇所を、フェイク・アップリケの「重ね」で連続して見せる
- 袖・裏地・裾(ウエストベルトで隠れる前提の低バルク処理)まで組み上げる

上級作業のマインドセットとしてひとつ。クチュール寄りの仕上げとマシン刺繍を同居させるとき、やっているのは「布を縫う」だけではなく、歪み(ディストーション)を管理することです。シルクサテンは“生きている”表面で、糸調子・枠の圧・刺繍後の扱い方ひとつで、簡単にズレや波打ち、光沢ムラが出ます。
注意:機械作業の安全
鋭利な道具と高速機は、集中が切れた瞬間に事故になります。特に多針刺繍機は自動で針位置が変わるため、針周りに指を入れないこと。糸切りや布の位置直しは必ず完全停止後に行ってください。細部カットには刺繍用ハサミ(先曲がり/極小刃)を使い、無理な姿勢での作業は避けます。
フィット優先の考え方(なぜ「大きめ」から始めるのか)
SewstineはTruly VictorianのTV460型紙から始め、サイズが迷う場合は「ジャスト」か「1サイズ大きめ」を推奨しています。理由は明快で、余りを削るのはできても、足りない分を後から足すと縫い線やバランス点が崩れるからです。
まず強めのコットンモスリンで仮縫いを作り、裏返しで着せ(またはトルソーに着せ)、縫い目をつまんで体に沿わせます。脇・前中心・後中心のラインがきちんと合っているかを確認しつつ、SewstineはBeatriceのカスタムドレスフォーム(1880年代コルセット着用状態の3Dスキャンから作成)を起点にして、最終的に1905年コルセットの上でも合うかを確認しています。

後工程(刺繍)に効いてくる型紙変更
刺繍計画に直結する変更は主に2点です:
1) オリジナルの雰囲気に合わせて、前身頃を数インチ延長し、ラップフロントにする
2) ネックラインを狙いの形に切り込み(ここでは深いVネック)
その後、モスリンより強いコットンツイルで2回目の仮縫いを作り、構造とフィットを確認してから本番生地に進みます。
蜂と雲のデザインをデジタイズ(配置マッピング)
補正した型紙パーツ形状が確定したら、SewstineはパーツをスキャンしてPCに取り込み、雲と蜂のモチーフを各パーツの輪郭内に直接配置する形でデジタイズします。

この「パーツ形状に対して配置を決める」やり方は、刺繍が“置いただけ”に見えるか、“仕立てに溶け込む”かの分岐点です。実寸の輪郭に合わせておけば、モチーフを端にどこまで寄せられるか、縫い代をどこまで空けるべきか、そして後であえて縫い目をまたがせる箇所をどこに作るかまで設計できます。
補足:縫い目またぎのモチーフは「装飾」ではなく「仕様」として設計する
Sewstineは後で、後中心の雲モチーフを“縫い目を隠す重ね”でつなげます。これを安定して再現したいなら、縫い目またぎを「後から頑張る」ではなく、最初から構造として扱うのが近道です。
- 重ね代(バッファ):後で手まつりして隠せるよう、刺繍の重なりを確保(目安として5〜10mm)
- カットする縁の密度:後で雲の縁をかなり際で切るため、切りたいラインに“見せたい縁”が来るように考える
- 歪み管理:枠張りで生じた歪みは縫った時点で固定されます。データ上の配置は「毎回同じ張り」で固定できる前提で組む
量産や同仕様の反復を考えるなら、ここでの枠張り方法は“便利グッズ”ではなく品質管理です。多くの現場では、張り具合とスタビライザー位置を標準化できる 刺繍ミシン 用 枠入れ のような手順に寄せ、データと現物のズレを最小化します。
シルクサテンへの刺繍
Sewstineがボディスに選んだのは、狙いの色味と光沢に合い、かつ洗いシルクより厚みがあって扱いやすいアイボリーの両面シルクサテンです。
型紙パーツをシルクサテンに写し、Baby Lock Venture(10針)で以下を使用して刺繍しています:
- Tier Silkのシルク糸
- Madeiraの金属糸
- Baby Lockのティアアウェイ・スタビライザー

Madeiraの糸は、他ブランドのシルク糸より引っ掛かりが少ないので“価値がある”と述べています。刺繍時間は合計で約25時間。パーツがすべて刺繍できたら次工程へ進みます。


事前準備:見落としがちな消耗品と出発前チェック
シルクサテン×金属糸は「全部見える」組み合わせです。引っ掛かり、シワ、扱い跡がそのまま残ります。刺繍を始める前に、最低限ここは固めてください。
準備チェック(Go/No-Go):
- 針の更新:金属糸用の針を新品に(例:80/12または90/14)。針穴が小さいと金属糸が裂けやすい
- 下糸(ボビン糸)残量:途中停止を避けるため、必要量を確保
- 道具の配置:ジャンプ糸用の刺繍ハサミ(先曲がり)/シルク専用の裁ちバサミ(紙を切った刃は使わない)
- スタビライザー確認:Sewstine同様ティアアウェイを用意。必要なら追加安定としてメッシュ系も検討(※ここでは“選択肢”としての話)
- 糸道の再確認:金属糸は糸道・テンションの影響を受けやすいので、通し方を丁寧に
- 機械の清掃:釜周りの糸くずは即トラブルの元。高価なシルクを一発で台無しにします
シルクの枠張りで起きがちなこと(枠跡とズレ)
Sewstineはシルクサテンをティアアウェイと一緒に枠張りしています。滑りやすい繊細素材で多い失敗は、データ不良よりも枠跡(枠の締めすぎ)と生地ズレです。
触感チェック: 枠張り後、表面は太鼓の皮のようにピンと張り、軽く叩くと“張り”を感じる状態が理想です。ただし一般的な刺繍枠は摩擦で固定するため、張りを出そうとしてネジを締めすぎると、繊維が潰れて光沢リング(枠跡)が残りやすくなります。
枠跡を避けたい/密度の高い刺繍でズレる、という場合、現場では マグネット刺繍枠 を選ぶ人もいます。摩擦ではなく磁力で均一に押さえるため、サテンのような素材での枠跡リスクを下げ、張り直しも素早く行えます。
注意:マグネットの安全
マグネット刺繍枠は強い吸着力があります。ペースメーカー等の医療機器への配慮が必要です。指を挟む危険も大きいので、着脱は必ず両手で、指の位置を確認して行ってください。
枠固定台が「品質の道具」になる場面
型紙パーツに対して配置を厳密に合わせる場合、再現性が品質を左右します。外枠を固定して毎回同じ位置関係で枠張りできる治具は、木目(地の目)・スタビライザー位置・張り具合を揃えやすく、人的ブレを減らします。たとえば 刺繍用 枠固定台 のような枠固定台の考え方です。
縫い目を“消す”インビジブル・シーム(フェイク・アップリケ)
ここが視聴者から「天才的」と言われたポイントです。Sewstineは、ミシン縫製と手仕事の重ねを組み合わせ、縫い目をまたいだ刺繍が連続して見えるように仕上げています。

手順:後中心の縫い目をまたぐフェイク・アップリケ重ね
この工程は、マシン作業から“仕上げ職人”の手仕事へ頭を切り替える必要があります。
1) 刺繍済みパーツを裁断する:縫い代込みでカットします。
2) 構造の縫い目をミシンで縫う(刺繍で必ず止める):後中心を縫い合わせますが、雲モチーフの刺繍端で返し縫いして厳密に停止。刺繍の上を縫わない。

3) 重ねタブを作る:縫い目を越えて伸びる雲の部分は、刺繍の縁に沿って小バサミで際カットします。糸を切らない範囲で、刺繍から1〜2mm程度まで寄せて切り、重ね用の“タブ”を作ります。
4) タブを縫い代の上に倒して重ねる:構造の縫い目(縫い代)を下に隠し、表からは刺繍がつながって見える位置にフラットに置きます。
5) ピンプリック(極小まつり)で手縫い固定:刺繍と同系色の糸で、極小の針目で留めます。針目はできる限り刺繍糸の凹凸に沈め、表から消します。


チェックポイント(合っているかの判断基準)
チェックA(ミシン縫い直後): 雲の手前まで縫い目が安定していること。触感:ここでツレていると、重ねても隠れません。
チェックB(際カット後): 縁が滑らかで、毛羽が目立たないこと。タブ裏のスタビライザーはきれいに除去できていること。
チェックC(手まつり後): 見た目:少し離れて見たとき、縫い目が読めないこと。雲が“1枚のパッチ”のように連続して見えます。
よくある質問(コメントより要約):なぜこれが「簡単なのに高級に見える」のか
コメントでは、この縫い目またぎの発想自体が「見ればシンプルなのに、効果が大きい」と評価されています。ポイントは、無理にミシンで段差のある縫い目を跨いで刺繍品質を保とうとせず、マシンは平面で得意な刺繍を担当し、手仕事は境界の精密な消し込みを担当するという役割分担にあります。
エドワーディアン・ボディスの組み立て
縫い目の処理が終わったら、Sewstineはボディス全体の組み立てを進めます。
袖:手ぐし(手縫いギャザー)でコントロール
袖山のギャザーは、ミシンの粗ミシンではなく、細かい並縫いを手で入れて寄せています。狙い位置にギャザーを集めやすく、繊細なシルクサテンを潰しにくいのが利点です。

裏地:表にステッチを出さずに“芯”を作る
裏地は厚手のコットンツイルで作り、構造を持たせています。シルク表地と裏地を中表ではなく裏同士(wrong sides together)で合わせ、周囲を手縫いで留めて、表にミシンステッチが出ないようにしています。

コメントでは、背中側をきれいに収めるために内側の補強(ボーン追加や、スカートとボディスを留めるフック等)を検討しては、という提案もありました。外側の刺繍を歪ませないために、内側の安定を上げるという考え方自体は妥当です。
裾:ウエスト周りの厚みを避ける
Sewstineは当初、裾を折ってきれいに処理しようとしましたが、両面シルクサテン+ツイルを折ると、場所によっては4枚重なりになり、ウエストが厚く見えてしまいます。
そこで、折らずに広げ、端はほつれ止めとしてジグザグで処理。スカートのウエストベルトで隠れる前提なら、ここは“薄く・フラット”が正解になります。

留め具と肌当たりの仕上げ
前中心の留め具はホック&アイを縫い付けています。袖口のレースはスカート裾と同じレースを使用。肌に当たってチクチクするため、コットンテープで端をくるんで当たりを改善しています。

最終お披露目
完成したボディスとスカートを、ボールルームで着用してお披露目しています。

視聴者が混乱していた点の整理として、動画公開は2023年10月27日で、Sewstineは2026年3月に会場を借りたと話しています。ナレーション中の「来年」は、制作の時間軸が長いことを示しており、クチュール級の刺繍制作が長期戦であることが伝わります。
再現性を上げたい人向け:標準化すべきセットアップ
1着だけでも、段取りを標準化するとミスが減ります。
セットアップチェック(作業台を“クリーン”に保つ):
- 型紙の確定:高価なシルクを切る前に、フィット補正→再トレースが完了している
- スキャンの実寸確認:ソフト上で1:1スケールが合っているか確認してから配置する
- 枠張りの一貫性:地の目が毎回同じ向きで張れている(歪み防止)
- 2台運用の段取り:刺繍機が動いている間に、縫製側で裏地準備などを進める
- 手縫いセットの分離:仕上げ用の針・糸・指ぬき等は、機械工具と分けて管理
多針刺繍機で張り直し回数が多い場合、作業者は マグネット刺繍枠 babylock 刺繍ミシン 用 のような選択肢も検討します。大判パーツを扱うときに生地への負担を下げられる一方、枠が大きすぎると布がバタつく(フラッギング)原因にもなるため、デザインサイズとパーツ形状に合わせて選ぶのが基本です。
Prep
このプロジェクトは上級ですが、破綻を防ぐのは準備です。
生地×スタビライザーの組み合わせ(判断フロー)
刺繍入り衣装パネル(今回のシルクサテンボディスのようなケース)での考え方です。
判断フロー:生地の挙動 → スタビライザー方針
1) 生地自体にコシがある(両面シルクサテン等)?
- YES: Sewstine同様、ティアアウェイでも成立しやすい(生地が自立する)
- NO(薄い/伸びる): 刺繍で形が固定されやすいので、カットアウェイやメッシュ系で歪みを抑える必要が出る
2) 刺繍が重い(特に金属糸で密度が高い)?
- YES: 枠張り時の安定を上げる工夫を検討(刺繍の針穴負荷が増えるため)
3) 同仕様を複数作る(反復・量産)?
- YES: babylock マグネット刺繍枠 サイズ のように枠サイズを固定し、再現性を優先
- NO: 手作業でも可。時間をかけて丁寧に
道具のアップグレード指針(症状ベース)
手持ちから始め、痛点が出たら段階的に上げます。
- 痛点: 「枠ネジを締めるのがつらい/サテンに枠跡が出る」
- 対策レベル1: 内枠にバイアステープを巻いてグリップを上げる
- 対策レベル2: マグネット刺繍枠へ(保持と枠跡対策を同時に)
- 痛点: 「型紙パーツに対して刺繍がまっすぐ入らない」
- 対策レベル1: 水で消えるペンで十字基準を入れる
- 対策レベル2: テンプレートで位置合わせ
- 対策レベル3: 枠固定台で“枠を基準”に合わせる
Operation
動画の流れを、現場向けの通し手順としてまとめます。
工程フロー(プロダクション手順)
- 仮縫い:TV460をベースに、モスリンで仮縫い(裏返しでつまむ)→補正→ツイルで2回目の仮縫い
- デジタイズ:確定パーツをスキャンし、雲/蜂を輪郭内に配置
- 刺繍:パーツをシルクサテンに写す→ティアアウェイで枠張り→シルク糸&金属糸で刺繍(合計約25時間)
- 縫製:縫い代込みで裁断→構造縫いを行い、刺繍端で正確に止める
- “トリック”:雲の重ねタブを際カット(刺繍から1〜2mm)→縫い代に倒す→ピンプリックで手まつり
- 組み立て:袖山は手ぐしでギャザー
- 裏地:ツイル裏地を裏同士で合わせ、手縫いで留める
- 仕上げ:裾端は折らずにジグザグでほつれ止め(ウエストベルトで隠す)→ホック&アイ→レース端はコットンテープで当たり改善
運用チェック(最終品質ゲート)
- テスト刺繍:本番前に端切れ(シルク+スタビライザー)で小さく試す
- 糸の挙動監視:金属糸は引っ掛かりやすい。供給が暴れる場合は糸ネット等で安定化
- 重力対策:枠外に垂れる生地は必ず支える。重みで位置ズレが起きる
- 際カットの環境:明るい照明で。1回のミスでサテン地を切る
- スタビライザー残り:手まつり部にスタビライザー片が噛んでいないか確認
Quality Checks
「完成」と言う前に、ここを見ます。
見た目の連続性チェック
- モチーフの連続:後中心の雲が“2枚が合わさった”ではなく、1枚の有機形状に見える
- 表面品質:蜂周りに引きつれ線やシワが出ていない(シルクサテンはテンション不良が線で出る)
- 裾端:ジグザグ端が波打っていない
着用性チェック
- 留め具:ホック&アイがズレず、前が開かない
- 肌当たり:袖口内側を指でなぞり、レースが当たらない(コットンテープで完全にカバー)
Troubleshooting
症状:金属糸/シルク糸が引っ掛かる・切れる
- 原因候補: 針穴が小さい/上糸テンションが強い
- 即対応: 金属糸向けの針に交換し、上糸テンションを下げる
- 予防: 糸の供給が安定するよう、糸の取り回しを見直す(ねじれを解放できる距離を確保)
症状:ウエスト周りが厚く見える/“巻く”
- 原因候補: サテン+ツイル+縫い代を折って層が増えた
- 即対応: 折らずに広げ、端をジグザグで処理(Sewstineの方法)
- 予防: ベルトで隠れる箇所は、最初から“折らない処理”前提で設計する
症状:縫い目またぎの刺繍が途切れて見える/ズレる
- 原因候補: 重ねタブが短い/縫製時に生地が動いた
- 即対応: 手まつりをほどき、位置を微調整してから留め直す
- 予防: データ設計で重ね代を大きめに確保(目安10mm以上)
症状:密度の高い刺繍周りが波打つ(パッカリング)
- 原因候補: 枠張り中に生地が滑った(張り不足・保持不良)
- 即対応: スチームで落ち着く場合もあるが、残ることもあるため慎重に
- 予防: マグネット刺繍枠 のように周囲を均一に保持できる枠に切り替えると、滑りやすいサテンでの“押し引き”が出にくい
Results
このワークフローを通すと、装飾が“後から載った刺繍”ではなく、型紙パーツに設計として組み込まれた刺繍として成立する、エドワーディアン風ボディスが完成します。
最大の学びは、フェイク・アップリケの縫い目消しです。構造の縫い目は刺繍端で止め、モチーフ側を際で切って重ね、手まつりで消し込む。縫い目という必然を、見せ場に変える技術です。
一点物からスタジオの再現可能な工程へ引き上げたいなら、ロスを生む要因は主に2つ——枠張りの再現性と生地ダメージです。ここを詰めるために、刺繍用 枠固定台 のような標準化手順や、マグネット枠の導入が「怖い案件」を「回せる案件」に変えていきます。
