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シュークランプ治具を使いこなす:HM-1501でビーニー刺繍を安定させる実務ガイド
ニットビーニーへの刺繍は、見た目以上に難易度が高い作業です。伸縮する筒状の生地を「中心に合わせる」「ズレないように固定する」「金属アームが針棒まわりに当たらないようにする」を同時に満たす必要があります。
本記事では、動画で紹介されている「シュークランプ治具(トグルレバー式の機械クランプ枠)」をYunFu HM-1501に取り付け、ネオンカラーのニットキャップにロゴ刺繍を入れる手順を分解します。単なる手順のなぞりではなく、現場で事故と不良を減らすための確認ポイント(干渉チェック、枠張りの張力、位置合わせ)を、動画の流れに沿って整理します。
学べる内容は、165×80の枠定義の選択から、治具の幅調整、アウトライン・トレースによる安全確認、スタビライザーの入れ方、トグル固定、縫製、取り外しと裏処理まで。特にクランプ治具は、設定を飛ばすと高確率で干渉事故につながるため、「最初の設定」と「トレース」を重点的に扱います。

現実チェック:ビーニーが失敗する2つの理由
機械刺繍でニットキャップが崩れる原因は、突き詰めると 「動く」 と 「伸びて歪む」 の2つです。
- 動く(ズレ): 縫製中に生地がわずかに滑り、サテン境界とフィルの間に隙間が出たり、輪郭が合わなくなります。
- 歪む(伸ばし過ぎ): 枠張り時に強く引っ張り過ぎると、外した瞬間に戻ってロゴが縦横に変形します。
クランプ治具は「動き」を抑える助けになりますが、「歪み」を抑えるのは最終的に作業者の張り方です。

フェーズ1:「デジタル側」の設定(ここを飛ばすと危険)
動画は、初心者が省略しがちな工程から始まります。ここを飛ばすと、針棒や押さえが金属アームに当たる事故につながります。機械に「今どの治具が付いているか」を正しく認識させるのが最初の仕事です。
ステップ1 — 安全領域(枠定義)を確認する
動画では、デザインサイズが 45.9 × 31.6 mm、枠(治具)設定は 165 × 80 mm を選択しています。
操作(HM-1501の操作パネル):
- 枠/フープ設定(Hoop/Frame設定)メニューを開く
- 直前に使っていた枠設定を解除する
- シュークランプ治具のアイコン(165×80 表記)を選ぶ
なぜ重要か: 機械は、治具の金属アームの存在を自動では判断できません。165×80を選ぶことで、機械側に「ここから先は動かない」安全領域が設定され、危険側へパンタグラフが入りにくくなります。

生産現場でのボトルネック
Tシャツ用の通常枠と、ビーニー用のクランプ治具を行き来する運用では、メニュー操作と治具交換が地味に時間を奪います。
- 兆候: 縫っている時間より、設定変更や治具の段取りに時間がかかる
- 目安: 1日に5回以上、治具や枠設定を入れ替えている
- 選択肢: 高回転の現場では、キャップ/筒物専用として 15本針 刺繍ミシン のような機械を1台固定し、段取り替えのロスを減らす運用もあります。
機械式クランプが「遅い」「段取りが面倒」と感じる場合、次の選択肢として 刺繍ミシン用 キャップ刺繍枠 のようなキャップ用システムや、マグネット式の枠(工具不要で交換しやすい)を検討する流れになります。

フェーズ2:治具の取り付けと幅調整
ステップ2 — 治具取り付けは「締結の徹底」が品質を決める
動画では、シュークランプ治具を機械の駆動側(パンタグラフアーム)に取り付けています。
作業の基準:
- ブラケットをパンタグラフアームに奥まで差し込む
- 六角レンチで固定ネジを締める
- チェックポイント: 「軽く締めた」では不十分です。動画のように 700〜800 SPM で動かすと振動が大きく、緩みがあると途中で位置ズレ(ゴースト)につながります。締結後、治具を手で軽く揺すってガタがないか確認します。

ステップ3 — アーム幅を「デザイン幅」に合わせる(最重要調整)
ここが機械調整の核心です。左右の金属アーム間隔を、刺繍する幅に合わせて内外へスライドします。
- クランプブロック上部の六角ネジを緩める
- アームを内側/外側へ動かす
- ネジを締め直す(左右とも同様に調整)

考え方(失敗パターン):
- 広すぎる: 生地を無理に広げて橋渡しする必要が出ます。結果: 外した後に縮んで、ロゴが波打つ/シワが寄る。
- 狭すぎる: 縫製領域にアームが入りやすくなります。結果: 押さえや針棒が当たり、異音・破損につながる。
目標の見え方: 生地が「平らに保持されている」こと。ニットの畝(リブ)が不自然に引き伸ばされていない状態を狙います。
フェーズ3:枠張り(触感で判断する工程)
仕上がりの差が最も出るのがここです。
準備:見落としがちな消耗材
クランプ治具だけでは安定しません。動画に出てくる材料を前提に、段取りを整えます。
- スタビライザー: 動画では裏側に当て布(バック)を入れています(剥がすタイプの見え方)。ニットは伸びるため、作業前に「どのスタビライザーを使うか」を決めておくと失敗が減ります。
- 糸: 上糸は黒、下糸(ボビン糸)と合わせてテンションが安定しているか確認します。
準備チェックリスト
- 機械設定: 枠設定が165×80になっている
- 治具: 取り付けネジが確実に締まっている(ガタなし)
- 材料: スタビライザー(当て布)を必要サイズで用意
- 清掃: 針板まわりに糸くずが溜まっていない(ニットは毛羽が出やすい)
ステップ4 & 5 — 「サンドイッチ」手順で固定する
動画は、スタビライザー→キャップの順でセットしています。
- スタビライザーを先に置く: クランプで挟む位置の下に当て布を入れる
- キャップを通す: ビーニーを開き、2本の縦アームに被せる
- 張りのチェック: 平らに見えるところまで伸ばし、伸ばし過ぎない
- NG: リブが引っ張られて曲がって見える/生地が薄く透ける
- OK: 表面はフラットだが、編み目の形が自然


ステップ6 — トグルで固定する
赤いトグルレバーを倒して、スタビライザーとキャップを治具に固定します。
枠跡(圧痕)の注意: 機械式クランプは局所的に圧がかかりやすく、素材によっては枠跡が残りやすくなります。
- 兆候: 仕上げ後に四角い押し跡が残る
- 対策の方向性: 圧を面で分散できる magnetic embroidery hoop のような方式を検討する現場もあります(厚物やデリケート素材で特に差が出ます)。

フェーズ4:縫う前の安全確認
ステップ7 — アウトライン・トレース(必須)
クランプ治具の作業で、いきなりスタートするのは危険です。
- パネルでアウトライン・トレース(輪郭トレース)を選択
- 目視確認: レーザー/針棒の動きが、金属アームに当たりそうな箇所がないか確認します


「リミットエラー」の対処: 動画では +Y limit error が表示されます。
- 原因: セット中にフレームを奥側へ動かし過ぎ、機械の可動限界に当たった
- 対処: 画面でエラーを確認して解除し、フレームを安全位置へ戻す
- 再発防止: 手で無理に押し込まず、機械の操作(移動)で安全範囲に戻してから作業します

フェーズ5:縫製と仕上げ
ステップ8 — 縫製実行
- 針: 動画では黒糸として「12番針」を選択しています
- 速度: 画面表示は 800 SPM

運用チェックリスト
- トレース: 実施済み(干渉の不安がない)
- 糸調子: 下糸(ボビン糸)が裏で適正に出ている
- 音: 一定のリズムで縫えている(異音がない)
- 固定: トグルが確実にロックされ、生地が滑らない
ステップ9 — 取り外しと裏処理
- 赤いトグルを起こして解除
- キャップをアームから抜く
- 裏処理: 裏側のスタビライザー(当て布)を不要部分だけ取り除く
- 仕上げ: 必要に応じて蒸気で整え、編み目を落ち着かせます



トラブルシューティング(症状 → 原因 → 対処)
| 症状 | ありがちな原因 | 対処 |
|---|---|---|
| 金属に当たる/針が折れるような異音 | アーム幅が不適切、またはトレース未実施で干渉 | 対策: ステップ3で幅を見直し、ステップ7のアウトライン・トレースを必ず実施 |
| ロゴが波打つ/歪む | 枠張りで伸ばし過ぎ | 対策: 張りを弱め、リブが自然に見える状態で固定する |
| 輪郭と中埋めが合わない(ズレ) | 縫製中の滑り(固定不足) | 対策: トグルのロックを再確認し、スタビライザーの位置を安定させる |
| 枠跡が残る | クランプ圧が局所的に強い | 対策: 素材により発生しやすい。圧を分散できる方式(例:マグネット枠)を検討 |
| リミットエラー(+Y など) | セット中に可動範囲外へ動かした | 対策: エラー解除後、安全位置へ戻す。手で押し込まず操作で戻す |
クランプ治具から次の段階へ:見直しポイント
機械式のシュークランプ治具は、コストを抑えて筒物を固定できる一方、幅調整や段取りに手間がかかります。運用が増えてきたら、次の観点で改善余地を点検します。
- 段取り時間が長い: 縫製時間より枠張りが長い
- 方向性: 枠固定台 を使い、機械稼働中に次の枠張りを進める
- 厚物・段差が多い素材が多い: クランプ調整が追いつかない
- 方向性: 工具調整を減らせる方式(例:マグネット枠)を検討
- 数量が大きい: ビーニーの大量ロットで段取り替えがボトルネック
- 方向性: 単頭式 刺繍ミシン で始めた現場でも、作業内容を固定できる体制(専用機運用など)を検討
まとめ
ニットへの刺繍は「物理との戦い」です。YunFu HM-1501とシュークランプ治具を使う場合、勝敗を分けるのは 165×80の枠設定 と アウトライン・トレース、そして 伸ばし過ぎない枠張りです。
165×80を選ぶ → トレースする → 自然な張りで固定する。 この3点を守れば、ビーニー刺繍は安定して量産品質に近づきます。
