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Kimberbell Birdie Pillowに必要なもの
マシン刺繍の現場では、同じデザインでも「手作り感が出る仕上がり」と「製品っぽく見える仕上がり」の差は、刺繍そのものより“段取りと処理”で決まります。今回のプロジェクト(Kimberbellの枠内アップリケ=ITHピロー)は、その差を埋める練習に最適です。
1つの刺繍枠の中で、あえて端を見せるロウエッジアップリケ(グリッタービニール)と、端を完全に包み込むサテンステッチアップリケ(布)という、真逆の考え方を同時に扱います。
鳥の脚・くちばしなどの下地を先に縫い、素材を重ね、ブロックを正確にスクエアにカットし、最後はミシン(ソーイング)で封筒式の裏とフランジを作って仕上げます。

ここが要点(つまずきやすいポイント)
この作品で失敗が起きやすいのは、技術不足というより“手元のルールが曖昧”なことが原因になりがちです。特に寿命を左右するのは、次のトリミング2則です。
- ドラッグルール(ロウエッジ/ビニール): タックダウン(仮止め縫い)の線から1/8インチ(約3mm)外側を残して切る。
- 理由:ビニールは繊維がない素材です。縫い目ギリギリで切ると、針穴が“切り取り線”になり、使用中の引っ張りで端がめくれたり抜けやすくなります。
- フラッシュルール(サテン/布): タックダウンの線にぴったり沿って(縫い線ギリギリ)切る。
- 理由:少しでも布端が残ると、サテンの下から毛羽が出て(いわゆる“ヒゲ/はみ出し”)仕上がりが濁ります。
ストレスの原因は主に3つです:枠内での生地のバタつき(フラッギング)、縫い線を切ってしまいそうな不安、そして熱での素材ダメージ(ビニールの溶け)。本文では、それぞれを減らすチェックポイントを入れています。
道具・材料(現場目線での“見落としがちな消耗品”も含む)
動画で使われている基本セットを、実務の観点で整理します。
- 刺繍機:(デモはJanome Horizon Memory Craft)標準の5x7刺繍枠を使用。
- デザインデータ: Kimberbell Birdie Pillow。
- 素材:
- 背景布(ストライプのコットン)。
- 白いアップリケ布(透け対策が必要)。
- グリッタービニール(熱に弱い)。
- スタビライザー:
- Pellon SF101(接着芯/織物タイプ): 生地の“腰”を作り、刺繍中の波打ちを抑える要。
- No-Show Mesh(カットアウェイ): かさばりにくいのに保持力が高く、仕上がりが安定。
- 枠張り関連:
- 標準のプラスチック刺繍枠。
- 評価: 手の力が弱い/滑りやすい素材でズレが出る場合、ここでマグネット刺繍枠へ移行する人が多いです(引っ張って締めるのではなく、上から均一に押さえるため)。
- カット道具:
- カーブ(曲刃)刺繍ハサミ: 枠内で縫い線に沿わせやすい。
- 8.5インチのスクエアルーラー+ロータリーカッター。
見落としがちな“隠れ消耗品”(段取りの保険)
初心者が軽視しがちで、トラブルの原因になりやすい項目です。
- 固定方法: 動画ではKimberbellのペーパーテープで小パーツを固定しています。小さい形ほどズレやすいので、テープは事前に短く切っておくと作業が止まりません。
- 清掃: グリッタービニールは細かな粉や粒が出やすい素材です。作業前にボビン周りを軽く掃除しておくと安心です。
判断の目安:布と補強の組み合わせ
* 白/薄色のアップリケ布? → SF101を2枚貼って透け(ゴースト)を抑える。
* 一般的なキルト綿布? → 背景にSF101を1枚+No-Show Meshで枠張り(今回の方法)。
Step 1: スタビライザー準備と枠張り
このピローは、刺繍機を回す前の“サンドイッチ作り”で勝負が決まります。刺繍中の押し引きに耐える層構成を作ります。

手順:芯貼り→中心合わせ→枠張り
- 中心を印付け: 背景布に十字の中心線を引きます(動画では中心を取ってから作業)。
- 背景にSF101を貼る: 背景布の裏側にSF101をアイロンで接着し、腰を出します。
- 白い吹き出し布は透け対策: 白い布の裏にSF101を2枚貼ります。
- 理由: 背景のストライプが白布から透けると、完成品が安っぽく見えやすいです。
- 枠張り: 背景布を、No-Show Mesh(カットアウェイ)と一緒に刺繍枠へ枠張りします。中心印を枠のガイドに合わせます。
- データを読み込み: デザインを呼び出して縫製順を確認します。
この枠張りが効く理由(現場の見方)
枠張りは“セットアップ”ではなく、物理的な技能です。狙うのは「太鼓の皮」の張り。
- 触って確認: 指で軽く叩いて、たるみがないか。
- 目で確認: 布目が曲がっていないか(U字にたわむとズレの原因)。
枠跡(枠跡=枠跡/枠跡がテカる)について: 標準枠はネジを締めながら布を引くため、繊細な布だと枠跡が出やすいです。マグネット枠は上から均一に押さえるため、摩擦が減り、枠跡のリスクを下げやすいという考え方があります。専用機種をお持ちの場合は、janome マグネット刺繍枠のように機種名+マグネット枠で探すと選択肢が見つかります。
注意:マグネット枠の安全
挟み込み注意: 強力磁石のため、閉じるときに指を挟まないようにしてください。
医療機器・電子機器: ペースメーカー等の医療機器や精密機器には近づけないでください。
準備チェック(枠張り完了時点)
- 針の状態: 針先に欠けやバリがない。
- ボビン周り: 糸くずが溜まっていない。
- 白布の芯: 白い布にSF101を2枚貼った。
- 枠の噛み合わせ: 内枠が均一に入っている(浮きがない)。
- 手元の道具: 曲刃ハサミとテープがすぐ取れる位置にある。
Step 2: グリッタービニールのロウエッジアップリケ
ここが鳥の“キャラクター”を決めます。サテンで包まないロウエッジなので、素材の強度とトリミングがそのまま耐久性になります。

先に下地(脚・くちばし)と配置線を縫う
- 下地縫い: 脚とくちばしを背景布に直接縫います。
- 配置線: 鳥のボディの配置アウトラインを縫います。
期待する状態:ビニールを置く位置が、線で明確に“地図化”されている。

グリッタービニールの置き方(保護フィルムが重要)
- 保護フィルムを剥がす: グリッタービニール表面の透明フィルムを剥がします。
- フィルムを剥がさずに縫うと、縫い込まれて綺麗に取れなくなります。
- 枠を手前へ: 刺繍機の「Hoop Forward(枠前進)」やトリム位置の機能で枠を手元へ出します。
- 固定: 配置線を覆うようにビニールを置き、端をペーパーテープでしっかり固定します。

作業のボトルネック: テープ固定は確実ですが、量産になるほど時間を食います。繰り返し作業(例:イベント用に複数枚)では、位置決めを一定化するためにミシン刺繍 用 枠固定台のような治具・枠固定台を導入すると、段取りが安定しやすくなります。また、マグネット枠は“端全体を押さえる”発想なので、テープ量を減らせるケースがあります。
タックダウン→ロウエッジ用トリミング
- タックダウン(仮止め縫い)を縫います。
- 枠を手前へ出し、テープを外します。
- 重要:1/8インチ残して切る: 縫い線から約1/8インチ(約3mm)外側を残してトリミングします。

1/8インチを残す理由(現場の理屈): ビニールは非織物ではなく“穴が開いたところから裂けやすい”素材です。縫い線ギリギリで切ると、針穴が連続してミシン目のようになり、端から裂けてめくれやすくなります。少し残すことで応力が分散します。
翼(小パーツで難易度が上がる)
翼は面積が小さく、固定が不安定になりやすい工程です。

- 流れ: フィルムを剥がす → テープ固定 → タックダウン → 1/8インチ残してトリミング。
- 見え方対策: グリッターは反射で縫い線が見えにくいので、手元灯を強めにして“刃先がどこを走っているか”を見える状態にします。
トリミング後、しっぽの装飾や目などのディテールが縫われます。

補足:ロウエッジのトリミングは「引っ張り方向」を読む
刺繍は縫うたびに中心方向へ引っ張る力がかかります。1/8インチの“逃げ”を作っておくと、刺繍中の微小なズレや、完成後に中身を入れたときの張力がかかっても、端が抜けにくくなります。
Step 3: 布パーツのサテンステッチアップリケ
ここからは考え方が逆になります。サテンステッチで端を完全に包むため、下の布端は“残さない”が正解です。

吹き出し:配置線→固定→タックダウン→縫い線ギリギリで切る
- 配置線: 吹き出しのアウトラインを縫います。
- 固定: 芯を2枚貼った白布を置き、テープで固定します。
- タックダウン: 仮止め縫いを縫います。
- 縫い線ギリギリでトリミング: 枠を手前へ出し、タックダウンの線に沿ってフラッシュ(ギリギリ)で切ります。
- 手元のコツ: ハサミの刃を寝かせ、安定した角度で“滑らせる”ように切るとガタつきが減ります(動画でも刃をフラットに当てています)。
期待する状態:布端がタックダウン線の位置で止まり、サテンで綺麗に包める。
ハート:同じロジックで処理
ハートも同様に、
- 配置線 → タックダウン → フラッシュトリム → サテンでカバー
の順で進みます。
補足:サテンは“下地の切り口”がそのまま表情になる
サテンは糸の束で端を包みます。切り口がギザギザだとサテンの輪郭も波打ちやすく、逆に布端を残すと下から出やすくなります。今回、下に入れているNo-Show Mesh(カットアウェイ)が、密度の高いサテン工程での歪みを支える役割になります。
Step 4: フランジ付きピローに仕立てる(ソーイング工程)
刺繍が終わったら、刺繍モードからソーイングへ切り替えます。ここでの精度が、ピローが“ねじれて見える/四角く見える”を分けます。

枠から外して、8.5" × 8.5"にスクエアカット
- 枠から外す: 刺繍枠から外します。
- ルーラーで位置決め: 8.5インチのスクエアルーラーを当て、デザインが中央に来るように合わせます。
- カット: ロータリーカッターで8.5" × 8.5"に正確に整えます。

プレスは“当て布必須”(グリッタービニール対策)
ここが最も事故が起きやすい工程です。 作業: ブロック全体にコットンの当て布を置く。 動作: こすらず、上から押して離す(プレス)。

注意:熱による失敗
グリッタービニールは樹脂素材です。アイロンを直接当てると溶けたり、質感が潰れます。必ず当て布を使います(動画でも当て布を置いています)。
1/4"縫い代でボーダーを付ける
- ミシン準備: 1/4インチ押えに交換し、ソーイングモードで縫います(動画では1/4インチ縫い代)。
- 付け方: 先に左右のボーダーを付けてプレスし、その後上下を付けます。

精度チェック: 縫い代が1/4インチより大きくなると、想定より小さく仕上がり中身が入りにくくなります。針板の目盛りと押えのガイドを使って一定に保ちます(動画でも目盛りを目安にしています)。
封筒式(エンベロープ)裏→周囲を縫って返す
- 裏布の端処理: 裏布2枚の片側を折ってステッチし、きれいな端を作ります(動画では折ってトップステッチ)。
- 重ねる: 表布と裏布を中表にし、裏布2枚は重ねて封筒式にします。
- 周囲を縫う: 1/4インチでぐるりと縫います。
- 角処理: 角を落としてから表に返し、角を整えてプレスします(縫い目は切らない)。
落としミシンでフランジを作る(Stitch in the Ditch)
中材が動きにくい“額縁”のような見た目を作る工程です。
- 押え: 落としミシン押え(中央にガイドの刃があるタイプ)に交換します。
- 縫う位置: 中心ブロックとボーダーの縫い合わせ(溝)を正確に縫います。

複数枚作る場合の段取り(効率化の考え方)
単発なら標準工具で十分ですが、複数枚になると“枠張りと位置決め”がボトルネックになります。
- 位置決めの再現性: 刺繍用 枠固定台のような枠固定台・位置合わせ治具があると、毎回測り直さずに中心を揃えやすくなります。
- 枠張りの時短: 量産では、枠固定台やマグネット枠の運用で、テープ作業や枠跡リスクを減らしながら回転数を上げる発想が有効です。
仕上げチェック(ソーイング完了時点)
- スクエア: 8.5インチ角が出ている。
- 熱対策: 当て布を使い、ビニールが潰れていない。
- 縫い代: 1/4インチで揃っている。
- 角: もたつきが少なく、角がきれいに出ている。
トラブルシューティング:グリッタービニールとアップリケ
不具合が出たら、ほどく前に原因を切り分けます。
1) アップリケ端が抜ける/めくれる
- 症状: 端が浮いてくる。
- 原因: ロウエッジなのに縫い線ギリギリで切ってしまった(ドラッグルール違反)。
- 予防: ロウエッジは必ず1/8インチ残す。
2) グリッタービニールが溶ける/質感が潰れる
- 症状: 表面が平らになった、アイロンに付着した。
- 原因: 直接アイロンを当てた。
- 予防: 当て布を必ず使う。
3) 吹き出しが透ける(ゴースト)
- 症状: 白い布から背景の柄が見える。
- 原因: 白布の補強不足。
- 対策: 次回は白布にSF101を2枚貼る(動画の方法)。
4) 枠跡(枠跡がテカる/輪が残る)
- 症状: 枠を外したあと、締めた跡が残る。
- 原因: ネジを強く締めすぎた、摩擦が強かった。
- 対策案: 作業性と枠跡低減の観点で、マグネット刺繍枠のような方式を検討する余地があります。
運用チェック(全工程の最終確認)
- 層の順序: 背景布 → 配置線 → ビニール/布 → タックダウン。
- トリム: ビニール=1/8インチ残す/布=フラッシュ。
- プレス: 当て布で押し当て。
- フランジ: 落としミシンが溝に入っている。
仕上がり
素材の性質に合わせて、ビニールには“逃げ”を、サテンには“きれいな下地”を用意する。これだけで、クラフト作品が一段上の仕上がりになります。

刺繍は変数の管理です。枠が滑る、中心がズレる、固定に時間がかかる——そう感じたら、技術だけでなく道具と段取りがボトルネックになっている可能性があります。スタビライザーの組み方を見直したり、マグネット刺繍枠 用 枠固定台のような運用を検討することが、「うまくいくといいな」から「この手順なら再現できる」への近道になります。
最後は中材を入れて、フランジを整えて完成です。
