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枠張りの「物理」:丸枠 vs 角枠
マシン刺繍を始めたばかりだと、枠張り(フーピング)がいちばんの難関に感じやすい工程です。手作業の感覚、布の歪み(伸び・滑り)、そして刺繍枠の硬い形状が同時に噛み合わないといけません。ここを外すと、データが完璧でも、シワ・隙間・ズレとして仕上がりに出ます。

元動画でJohnが触れているのは、経験者ほど意識している基本:枠の形状で、布目(グレイン)にかかるテンションの分布が変わるという点です。

丸枠が安定しやすい理由
丸枠は周方向(360度)に均一に引っ張るため、テンションが偏りにくいのが強みです。小さめロゴや左胸など、面積が小さい刺繍ほど丸枠のメリットが出やすく、布が逃げる「弱い角」がありません。
角枠で歪みが出やすい理由
大きい面積には角枠が必要ですが、構造的に弱点があります。動画で説明されているのが、いわゆる「直線部(ストレート部)の弱さ」です。角(コーナー)は強く保持しますが、長い直線側は中央付近の保持が相対的に弱くなります。
- 問題: 直線が長いほど、中央が保持しきれず“逃げ”が出る
- 結果: 刺繍中に布が内側へ引き込まれやすく、特に滑りやすいポリエステルや伸縮ニットで歪みが出やすい

この「物理」が、初心者の“3大トラブル”につながります。
- パッカリング(シワ): サテン柱の近くが波打つ(布が緩む)
- 位置ズレ(レジストずれ): アウトラインと塗りが合わない(布が動く)
- 枠跡(枠焼け): 直線側の弱さを補おうとして締め過ぎ、繊維を潰す
初心者向けの実務的な結論
手持ちの枠が複数あるなら、デザインが入る中で最小の枠を基本にしてください。丸枠が選べるなら丸枠優先。布が動ける面積(=ズレの余地)を減らせます。

一方で、大きい角枠案件で歪みと戦い続けているなら、プロは「プラスチックと格闘する」のをやめて道具を変えます。そこで選択肢になるのが 刺繍ミシン 用 マグネット刺繍枠 です。手抜きではなく、保持の“仕組み”が違います。マグネット枠は直線部も含めて一定の押さえ圧でクランプでき、ネジ締めの角枠で起きやすい「弱い直線側」を補いやすくなります。
黄金ルール:枠のプリゲージ(事前調整)のやり方
動画の核心は、いちばん逆説的だけど効くルールです。
枠の締まり具合は、布を入れる前に決める。
布を入れてからネジを締め直すのはNG。これが枠跡(枠焼け)の最大要因です。光って見える輪っか状の跡は、繊維を潰してしまったサインで、デリケートな衣類ほど致命的になります。

プリゲージ手順(「ピンチテスト」)
Johnが見せているのは、指を“簡易ノギス”として使う方法です。
- 重ねる: スタビライザー(刺繍用下地)と生地を1枚として持つ
- 一回折る: 端を1回だけ折って“2枚厚”にする
- つまむ: 親指と人差し指でしっかりつまみ、指の間の厚み感(隙間)を目で覚える
- 枠を合わせる: 枠のネジ側の開き(外枠の隙間)を見て、指で覚えた厚み感に近くなるようにネジを締め/緩めして調整する

なぜ効くのか(狙いは“保持”であって“圧潰”ではない)
目的は「布を押さえる」ことで、「布を潰す」ことではありません。2枚厚でプリゲージしておくと、外枠が内枠に対して
- 適度な抵抗で入る(緩すぎない)
- 布を引きずって歪ませにくい(きつすぎない)
という“ちょうどいい干渉”になりやすい、という理屈です。
- 感覚チェック: 押し込むときの感触は、タッパーのフタを閉めるような「しっかり抵抗はあるが、削れる感じはない」が目安です。
「枠張りが無理ゲー」になっているときの現実チェック
コメントでも「枠張りが不可能」と感じている人がいますが、ほとんどは手先の問題ではなく事前設定(プリゲージ)の失敗です。
- 隙間が小さすぎる: 押し込めず手首が痛い/“戦い”になる
- 隙間が大きすぎる: 布が滑る→端を引っ張って調整したくなる(これがパッカリングの元)
プリゲージで、毎回同じクリアランス(入れやすさ)を作るのがコツです。
手順で再現する:手枠の枠張り(標準枠)
プリゲージができていれば、枠張り動作は“流れるように”できます。ここでは動画の動きに合わせて、上(ネジ側)から下へ決める手順に整理します。

Step 1:枠の向きを固定する
内枠(下側)を、硬くて平らな台の上に置きます。外枠(上側)のネジ機構が 12時方向(上) に来る向きで作業してください。機械への装着時も体に当たりにくく、基準が毎回揃います。
Step 2:スタビライザー+生地を“サンド”する
内枠の上にスタビライザーと生地を置き、手でならしてシワを取ります。裏側(スタビライザー側)にヨレがあると、そのままズレ要因になります。
Step 3:「北(ネジ側)」を先に噛ませる
プリゲージ済みの外枠を、いきなり全面で押さえ込まず、まずネジ側(上=北)を内枠に合わせて軽く噛ませます。
Step 4:「南(下側)」を一気に押し込む
北側が決まったら、両手の手のひらで下側(南)を一回の動作で押し込みます。手首の力だけで押さず、体重を乗せる意識にすると安定します。

Step 5:中央を軽く押して“座り”を作る
Johnは中央を少し押して、生地を枠の“井戸”に馴染ませています。これで表面が均一になりやすい。

チェックポイント(感覚で合否判定)
- 触感: 指で軽く叩いて、布帛なら「ドン」とした張り。ダルっと沈むなら緩い
- 見た目: 布目が曲がっていないか。縦横の糸が弓なりなら引っ張り過ぎ
- 音/入り方: 枠が「パチッ/ドスッ」と収まる感じがある。スルッと無音で入るなら緩い可能性
現場のコツ:ニットは“ドラム張り”にしない
布帛(デニム、綿布など)はドラム張りが目標になりやすい一方、ニット(Tシャツ、ポロ)でドラム張りは危険です。伸ばして枠張りすると、刺繍後に生地が戻って周囲が強く引きつれます。
- ニットのルール: 平らでシワがない=OK。ただし伸ばさない
- 対策: 安定は生地を引っ張るのではなく、カットアウェイ系スタビライザーで“構造”を作る
量産(例:左胸ロゴ20枚以上)では、手枠だけだと手首が疲れて再現性も落ちます。ここで 枠固定台 が効きます。内枠を固定して“第三の手”になり、毎回スクエアに入れやすくなります。
工場系の定番ハック:両面テープとTピン
重力と摩擦だけでは勝てない素材があります。動画で紹介されているのは、設備投資なしで効かせる“現場ワザ”です。

ハック1:滑り止めとしての両面テープ
標準枠は樹脂がツルツルで、サテン/シルク/スポーツ系ポリなどは滑りやすい。
- やり方: 両面テープを外枠のリング部にぐるっと貼って、接触面を“粘着+摩擦”にする(動画ではScotchを例にしています)
- 狙い: ネジを締め過ぎなくても保持力が上がり、ズレと枠跡の両方を減らしやすい
ハック2:“浮かせ”を安定させるTピン
「浮かせ」は、スタビライザーだけを枠張りして、生地は上に置いて固定(スプレー等)する方法です。潰したくない素材や、形状的に枠に入れづらい案件で使われます。
- リスク: 刺繍中にスタビライザーが内側へ引き込まれ、位置ズレが出る(大きいデザインほど顕著)
- 対策: 動画のように、枠張り後にTピンを枠の間へ水平に差し込み、スタビライザーが滑り込まないよう“機械的にロック”する。フリースタンディングレースのような高針数(例:100,000針)でも動きにくくなります。

ハック3:ホッケーテープ(摩擦巻き)
枠が古くてツルツル、あるいは素材が滑り過ぎる場合。
- やり方: 内枠に布テープを巻く(動画ではホッケーテープ。コメントではCobanを使う人もいます)
- 理屈: 表面に繊維感=摩擦が増える→ネジ締めに頼らず保持できる

これらのハックが効く典型パターン
次の状況で投入すると効果が出やすいです。
- 外周は張っているのに中央が緩い(保持が偏っている)
- 滑りやすい化繊(スポーツポロ等)でズレが出る
毎回テープ巻きが必須になっているなら、道具側がボトルネックの可能性があります。その場合は、摩擦ではなくクランプ力で押さえる マグネット刺繍枠 系の保持に切り替える判断材料になります。
次世代の枠張り:マグネット枠(マグネットフレーム)の考え方
量産現場では、ネジを回して押し込む作業は身体負担とムラの原因になりがちです。マグネット枠は作業が速く、布にも優しい方向に進化しています。
フラットベッド系でのマグネット枠張り
家庭用の単針フラットベッド機では、上下フレームを磁力で“パチッ”と合わせるタイプ。
- 流れ: 下フレーム→スタビライザー/生地→上フレームを置く。完了。


多針刺繍機/筒型(チューブラーアーム)でのマグネット枠張り
ここが動画の見どころです。Mighty Hoop(多針向けのマグネット枠)では、下側の金具をバッグや袖などの“中”に入れ、上側を合わせて固定します。

注意: マグネットの安全管理
業務用のマグネット枠は強力な磁石を使います。
1. 挟み込み注意: 指を縁に近づけない。勢いよく吸着し、強く挟まれます。
2. 医療機器注意: ペースメーカー等を使用している方は近づけない(動画でも警告ラベルに触れています)。
厚手キャンバスバッグのデモ
動画では、厚手キャンバスのバッグをマグネット枠で固定しています。底の縫い代など段差があっても、上下を合わせるだけでフラットに保持できるのが強みです。
- 手順: 下側金具をバッグ内に差し込む→位置を合わせる→吸着(SNAP)

補足:「スタビライザー不要」の誤解に注意
動画では、この厚手キャンバスのデモでスタビライザーを使っていません。ただしJohn自身も「基本はスタビライザーを使う」と前置きしています。
- 実務の考え方: 厚手キャンバスは安定していても、デザインの針数が多い場合は歪みやすくなります。まずは“基本どおり”スタビライザーを使う前提で考えるのが安全です。
道具のアップグレードの考え方
特定機種向けの brother pe800 用 マグネット刺繍枠 のように、機種ごとに枠規格が異なる場合があります。コメントでも「どれが使えるか」はディーラー確認を勧めています。互換性は必ず機種側の対応枠で確認してください。
現場の現実(ボトルネックは枠張り) 利益目的で回すなら、枠張りが最初のボトルネックになりやすいです。
- レベル1: 手枠+テープ(低コスト/高労力)
- レベル2: マグネット枠(中コスト/低労力/安全管理が重要)
- レベル3: 生産能力の見直し(枠張りが安定しても、機械側の刺繍時間が長いと回らない)
Prep
成功は、生地に触る前に決まります。
見落としがちな消耗品&事前チェック
動画の主役は枠ですが、実務では次も効きます。
- 仮止めスプレー: スタビライザーと生地のズレ防止に有効(動画でもスプレー接着剤に言及)
- 印付け: センターは勘で合わせない。印を付ける
- 清掃: 枠の溝に糸くずが溜まると保持力が落ちる。ブラシ等で除去
ガーメントをまっすぐ入れられない場合は 刺繍用 枠固定台 が助けになります。内枠を固定できるので、布目を水平に保ちやすくなります。
Prepチェックリスト(毎回)
- スタビライザー選定: ニット=カットアウェイ/布帛=ティアアウェイ/毛足高=水溶性トッパー
- 枠の状態: 内枠に欠け・バリがないか(引っ掛かりはズレの原因)
- プリゲージ: ピンチテストで隙間を合わせたか
- 印付け: センターの十字を入れたか
- 作業台: ハサミ等が下に入り込まないよう片付けたか
Setup
保持方法は“勘”ではなく条件で決めます。
判断フロー:保持方法の選び方
1. 生地が滑る(サテン/シルク/スポーツポリ)?
- YES: 両面テープ or 摩擦巻き(ホッケーテープ等)
- NO: 標準枠+プリゲージで進行
2. 厚い/段差が大きい(キャンバストート等)?
- YES: 手枠は枠跡リスクが上がる。ネジを無理に締めない/ 刺繍ミシン 用 マグネット刺繍枠 を検討
- NO: 標準枠でOK
3. 筒物・輪物(袖、ベビー服等)?
- YES: アーム形状の制約が出る。スタビライザー枠張り+浮かせが安全な場合がある
Setupチェックリスト(押し込む前)
- ネジ機構が12時方向
- スタビライザーが枠外に十分出ている(動画例では少なくとも1インチ程度の余裕があると安心)
- 生地がリラックスしている(ニットは伸ばさない)
- マグネット使用時:指を“吸着ゾーン”に入れない
Operation
実行フェーズは「再現性」がすべてです。
枠張り手順(繰り返せる型)
- 置く: 内枠を平面(または枠固定台)に置く
- 合わせる: 生地の印を枠中心に合わせる
- 噛ませる: 外枠をネジ側(北)から先に合わせる
- 押す: 手のひらで南側を一気に押し込む
- 確認: 内枠が外枠の溝に最後まで座っているか確認
刺繍開始直前チェック
- タップテスト: 布帛=張り/ニット=フラット(伸ばさない)
- 裏側確認: 袖や余り布が枠裏に巻き込まれていない
- ネジ確認: ここから締め足さない。緩いなら外してプリゲージからやり直す
- 装着確認: 枠アームがキャリッジに確実に固定されている
品質チェック
「枠張りが悪い」をどう見抜くか。
良い枠張りの見え方
- 形状が崩れない: 円が楕円にならない
- 輪郭が合う: ランニングの輪郭が塗りの縁にきっちり乗る
- フラット: 針板上で生地がバタつかない(フラッギングしない)
悪い枠張りの見え方
- パッカリング: 刺繍周囲が巾着のように寄る
- 隙間(ギャップ): 塗りと縁取りの間に白い隙間が出る
- トンネル: 糸の引きで生地が筒状に持ち上がる
トラブルシューティング
ソフト設定をいじる前に、まず物理を疑います。問題の多くは枠張り起因です。
症状:枠跡(枠焼け)
- 原因: 布を入れた後にネジを締め直して繊維を潰した
- 応急: スチーム等で改善する場合もあるが、素材による
- 予防: ピンチテストでプリゲージ。必要なら マグネット刺繍枠 brother 用 のようなマグネット保持で“締め付け”を減らす
症状:位置ズレ(アウトラインが合わない)
- 原因: 刺繍中に生地が滑った(直線部の弱さ/引き込み)
- 応急: その場での完全修復は難しい
- 予防: 小さい枠にする/両面テープで滑り止め/安定性の高いスタビライザーを選ぶ
症状:針折れ/糸切れ
- 原因: 枠が緩く、生地が上下にバタつく(フラッギング)
- 応急: 枠張りをやり直す
- 予防: 布帛は張りを確保(ただし締め直しはしない)
症状:枠張りで手首が痛い
- 原因: 力のかけ方が不利/毎回“戦い”になっている
- 予防: 枠固定台でレバー比を稼ぐ、または brother 用 マグネット刺繍枠 のようなマグネット枠で押し込み動作を減らす
まとめ(Results)
枠張りの物理を尊重し、丸枠を優先し、必要に応じて摩擦(テープ)を足し、プリゲージで締め直しをゼロにすると、「うまくいくといいな」から「再現できる」に変わります。
成長の順番はこのイメージです。
- 初級: プリゲージ(ピンチテスト)+手枠の型を身につける
- 中級: 両面テープ/Tピンで難素材・浮かせを安定化
- 上級: マグネット枠や枠固定台で“ムラ”を設備で潰し、作業をスケールさせる
枠張りが安定すれば、刺繍は安定します。土台が決まれば、デザインはきれいに立ち上がります。
