目次
準備:枠張りとマーキング
服への刺繍は、見た目以上に「準備」で結果が決まります。ジャージーTシャツが少しでもズレる・伸びる・波打つと、針が動き出した瞬間から仕上がりは崩れます。画面上では完璧なのに、実物は中心がズレたり文字がうねったり…という経験がある方は、ここで工程を立て直しましょう。
ここでは、Annieの手順をベースに、Brother Innov-is V3(同等機でも考え方は同じ)で再現しやすい 「変数を減らす」作業システムに組み替えます。ポイントは「布を枠に挟んで安定させる」のではなく、安定するもの(スタビライザー)だけを枠張りして土台を作り、布は上から固定すること。ニット刺繍の大敵である 枠跡 と 伸びによる歪み を避けるために、「フローティング(浮かせ固定)」を使います。

ジャージーに合うスタビライザーの考え方
動画では、ティアアウェイ(tear-away)タイプのスタビライザーを刺繍枠にしっかり枠張りし、仮止めスプレーでTシャツを固定しています。軽めのデザインなら成立する方法です。ここでは、同じやり方をより安定して再現するために、判断の軸を追加します。
安定の原理: ジャージー(ニット)は動きやすく、刺繍は針の上下動で生地を引っ張ります。スタビライザーはその動きを抑える「硬い土台」です。スタビライザーだけを枠張りすると、Tシャツはその上に乗る形になり、枠に挟むときの引っ張り(テンション)を避けられます。
補足(動画ベースの範囲での実務ポイント): ティアアウェイは「作業が見えやすい」「剥がして結果を確認しやすい」ため、フローティング手順を覚えるには扱いやすい選択です。
ど真ん中を出すマーキング
精度は準備から生まれます。Annieは、プラスチックの位置合わせグリッド(テンプレート)と水で消えるマーカーを使い、枠張りしたスタビライザーに中心線を引きます。この十字は、工程全体の基準になります。

チェックポイント: 後でTシャツを上に置いたとき、布越しでも中心線が見える濃さになっているかを確認します(薄すぎると位置合わせが曖昧になり、ズレの原因になります)。
刺繍枠のセット(スタビライザーだけを枠張り)
ここが物理工程の要です。動画同様、Tシャツはまだ枠に挟まず、スタビライザーのみを刺繍枠に枠張りします。
- ネジをしっかり緩めます。
- 外枠の上にスタビライザーをかぶせます。
- 内枠を押し込みます。
- ネジを締めます。動画ではドライバーを使って確実に締めています(標準枠ではズレ防止に有効です)。

「ドラム張り」チェック(触感):
- 指で表面をなでて、たるみ・シワがないこと。
- たるみがある場合は、刺繍中に位置ズレや波打ちが出やすくなります。ここで張り直します。
期待する状態: スタビライザーがしっかり張れており、縫製中に土台が動かない。
注意: 機械安全。 枠が移動している間・縫っている間は針周りに手を入れないでください。開始前に刺繍アームの可動範囲(周囲の物との干渉がないか)を必ず確認します。
準備チェックリスト(開始前)
- 下糸(ボビン糸): 途中で足りなくならない量が入っている
- 枠張り: スタビライザーがたるまず、シワがない
- マーキング: 中心の十字がはっきり見える
- 仮止め: 仮止めスプレー(例:KK 100)を使える状態
- 道具: ドライバー/はさみ/水で消えるマーカーが手元にある
- クリアランス: アームの動きを妨げる物がテーブル上にない
フローティング(浮かせ固定)
「フローティング」は、ニットなど伸びやすい素材でよく使われる固定方法です。Tシャツを内枠と外枠で挟み込まず、枠張りしたスタビライザーの上にTシャツを置き、仮止めで固定します。枠に挟むときの圧痕(枠跡)や引っ張り伸びを避けやすくなります。
この章は、初心者が一番怖い「縫う前にTシャツを台無しにしそう」を減らすための手順です。
なぜ「挟む」より「浮かせる」のか
動画でも、Annieはジャージーを伸ばさないためにフローティングを選んでいます。
理由(作業上の要点): 標準枠でTシャツを挟むと、シワを取るためにどうしても生地を引っ張りがちです。引っ張った状態で縫うと、枠から外したときに生地だけが戻り、糸は戻らないため、周囲が波打つ原因になります。フローティングはこの「引っ張りテンション」を作りにくいのが利点です。
仮止めスプレーの使い方
仮止めは「一時的な縫い付け」の役割です。針の上下動で生地が持ち上がったりズレたりしない程度に、面で保持します。
- Tシャツ表面をミニアイロンでならします(シワがあると貼り付け時点でズレやすくなります)。
- 仮止めスプレー(KK 100)を Tシャツではなくスタビライザー側 に吹きます。
- Tシャツ側の中心目印と、スタビライザーの十字を合わせます。
- 生地を「伸ばさず」、上からやさしくなでて密着させます。

チェックポイント: 手のひらで軽く押さえて、Tシャツとスタビライザーが一体で動く感覚になっているか確認します。浮きや泡がある場合は、一度そっと持ち上げて、伸ばさないように置き直します。
期待する状態: Tシャツがスタビライザーに安定して固定され、縫製中にズレにくい。
注意: 薬剤の取り扱い。 仮止めスプレーは周囲に飛散しやすいので、換気できる環境で使用します。ミシン周りに付着が続くと汚れの原因になるため、作業後は必要に応じて清掃します。
Tシャツの余り布を管理する
縫う場所だけでなく、Tシャツ全体の「余り布」をどう逃がすかが重要です。袖や身頃が針の下に入り込むと、一発で縫い込んでしまいます。


チェックポイント: 余り布は必ず巻いて、針の動線から外します。縫製中も、布がほどけて近づいていないかを随時確認します。
現場のコツ(作業負担の話): 標準枠はネジ締めでしっかり張る必要があり、ここが時間と手首負担のボトルネックになりがちです。作業量が増えるほど「枠張りの再現性」と「手の負担」が課題になります。
Brother V3でのデータ配置(画面操作)
物理側が安定したら、次は画面上でデザインを整えます。動画ではBrother V3のタッチパネルで、花枠のイニシャルと名前を組み合わせています。
内蔵デザインの選択
Annieは内蔵デザインから花枠イニシャル「L」を選びます。

チェックポイント: デザインサイズが枠内に収まっているかを確認します。針位置が枠の縁に近すぎると、最悪の場合は枠に干渉するリスクがあります。
イニシャル+名前の合成
Annieはイニシャルの下に「Lotta」の文字を追加します。

現場のコツ: 画面上の見た目だけで判断すると、わずかに左右がズレることがあります。V3の表示グリッドを目安にして、イニシャルの中心に対して文字がまっすぐ下に来ているかを確認します。
位置の最終確認(トレース)
縫い始める前の確認動作: Brother V3の「トレース/サイズ確認(チェック)」で、デザイン外周をなぞらせます。
- 針が上がった状態で、枠が外周を動きます。
- Tシャツの狙った位置から外れていないか、枠の縁に近づきすぎていないかを確認します。
縫製(刺繍中の監視ポイント)
ここからは「操作する」より「監視する」工程です。異常の早期発見が、Tシャツを救います。
糸色替え
動画では、最初の色で縫い進め、途中で文字用に糸色を替えています。



チェックポイント: 糸替え後は、糸がスムーズに引き出されているか(引っ掛かりがないか)を確認します。
縫い目の状態を確認する
テンション確認(見た目): 縫い始めの数針で、裏側の糸の出方を確認します。極端なループや引きつれが見えたら、一度停止して糸掛けやテンションを見直します。
余り布の巻き込み防止
Annieは余り布を巻いて、針周りをクリアに保っています。

チェックポイント: 縫製中も、布がほどけて針の下に近づいていないかを随時確認します(特にアームが大きく動く場面)。
運転中チェックリスト
- 布の逃がし: 余り布が針の動線に入っていない
- 枠の干渉: 針位置が枠の縁に近づきすぎていない
- 糸の流れ: 糸が引っ掛からずに供給されている
- 監視: 縫製中にその場を離れない(ニットはズレが出ると早い)
仕上げ(プロっぽさが出る工程)
「家庭っぽい仕上がり」と「商品っぽい仕上がり」の差は、最後の処理に出ます。動画では、糸始末→スタビライザー除去→裏当て圧着の3点を行っています。
糸始末(ジャンプ糸カット)
Annieは渡り糸をカットして整えます。

チェックポイント: 生地を切らない角度で、糸だけを確実に切ります。焦って刃先を深く入れるとTシャツに傷が入ります。
注意: はさみ作業の安全。 片手で布を押さえる場合も、指先を刃の進行方向に置かないようにします。
ティアアウェイの除去
Annieは裏側の余分なスタビライザーを破って取り除きます。
- 手順の要点: 刺繍を指で支えながら、縫い目に向かって無理に引かず、少しずつ外側へ破っていきます。
裏当て(カバーバッキング)の圧着で肌当たりを改善
刺繍裏は結び目や糸端があり、肌に当たるとチクチクしがちです。動画では、アイロンで接着できるソフトな裏当てを内側から貼って保護しています。

チェックポイント: 裏当てが刺繍全体を覆っているか、端が浮いていないかを確認します。
使用した道具・材料
道具と材料を整理しておくと、トラブル時に原因を切り分けやすくなります。
Brother V3について
Brother Innov-is V3は刺繍専用機として扱いやすく、Tシャツの余り布も比較的さばきやすい構成です。
副資材・消耗品
動画で使用しているもの(+文中で触れた確認用アイテム):
- ミシン: Brother Innov-is V3
- 刺繍枠: 標準のミディアム枠
- スタビライザー: ティアアウェイ
- 仮止め: KK 100 仮止めスプレー
- 位置合わせ: グリッドテンプレート/水で消えるマーカー
- 仕上げ: はさみ/ミニアイロン/接着タイプのカバーバッキング
注意: マグネットの安全。 マグネット刺繍枠を使用する場合、強い磁力で指を挟む危険があります。ペースメーカー等の医療機器を使用している方は取り扱いに注意し、電子機器にも近づけすぎないようにします。
判断フロー:Tシャツのスタビライザー+固定方法
迷ったら、まずは次の順で考えると整理しやすくなります。
- 素材は伸びるジャージー(ニット)か?
- はい: 次へ。
- いいえ(布帛・デニム等): 通常の枠張りでも進めやすい。
- Tシャツを枠に挟むと伸びそうか?
- はい: フローティング(仮止めで上から固定)を優先。
- いいえ: 状況により通常の枠張りも可。
- 枠張りに時間がかかる/ネジ締めが負担か?
- はい: 作業環境(台の高さ・固定)を見直し、必要なら マグネット刺繍枠 の導入も検討。
- いいえ: 標準枠で、張り具合と位置合わせを徹底。
仕上がり
動画の完成例は、ピンクのジャージーTシャツに花枠イニシャルと「Lotta」の文字がくっきり入り、周囲の波打ちが少なく、文字もまっすぐに見える仕上がりです。裏側もカバーバッキングで肌当たりが整えられています。


この 「準備 → フローティング → 監視 → 仕上げ」 の流れを守ると、再現性が上がります。
- フローティングで、伸びと枠跡のリスクを下げる
- 位置合わせの十字で、中心ズレを防ぐ
- 裏当て圧着で、着用時の不快感を減らす
作業は「刺繍が上手いか」より「変数を管理できるか」で安定します。まずは土台(スタビライザーの枠張り)と固定方法を整え、必要に応じて 刺繍 枠固定台 のような環境づくりで作業をスケールさせていきましょう。
