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現代ヘアルームソーイング入門:ロマンを「工程管理」で形にする
ヘアルームソーイングは、レースやリネン、透けるネットなど素材が繊細に見えるぶん、「一手ミスると全部台無しになりそう」と身構えがちです。けれど現場目線で言うと、ヘアルームはロマン2割、工程管理8割。段取りと検査点を入れるだけで、怖さは一気に減ります。
本ガイドはMartha Pullenの実演内容をベースに、"やってみる"ではなく、再現性のある手順として整理します。扱うのは次の3本柱です。
- フェイクタティング:手結び風のタティングを、太糸と飾り縫いで「機械的に再現」する
- 枠内レースシェイピング(ITH):生地に窓(Peekaboo)を作る枠内完結の加工
- 文字刺繍のカスタム:LetterWorksで読みやすく、ミスの少ない文字データに整える

学習ゴール(=品質の安全域)
- フェイクタティング:12wtの太糸で下糸側に絡み(鳥の巣)を作らずに縫う
- ITHレースシェイピング:ネットを「浮かせたまま」ズレさせず、窓を真っ直ぐ出す
- 工程衛生:スタビライザーと枠張り手順(マグネット化を含む)で、仕上がりを「手作りっぽさ」から「作品品質」に寄せる
芸術的な技法ほど、製造工程と同じで「固定→制御→検査」が効きます。
テクニック1:太糸で作るフェイクタティング
本来のタティングは手で結び目と輪を作る技法です。フェイクタティングは、太い装飾糸(コード)を押さえで送り、幅のある飾り縫いでコードをまたいで“籠(ケージ)状”に閉じ込めることで、結び目風の見え方を作ります。

太糸の「負荷」を理解する
一般的な刺繍糸は40wtが多い一方、この実演では12wt(かなり太い糸)を使います。材料負荷が一段上がるため、ここでの失敗はだいたい次の2つです。
- リスク1:糸切れ/毛羽立ち:針穴が小さいと太糸が削れて切れやすい
- リスク2:針がコードを刺す:振り幅が足りないと、針がコードに当たって縫いが止まる(最悪、押さえや針に干渉)
音のチェック(止めどき)
- 生地を刺す一定のリズム音は正常
- 金属的な「カチッ」や鈍い「ゴッ」は異常:コードや押さえに当たっている可能性があるので即停止
セットアップ(ここは崩さない)
- 生地:ハンカチリネン(動きやすいので固定が重要)
- スタビライザー:強めのスプレーのり+下にティアウェイ
- 糸:12wt装飾糸(押さえに2本通す+針糸も12wt)
- 押さえ:5穴コード押さえ(外側の後方穴に2本通す)
- 針:100番 Top Stitch針(100/16)
- 模様:"はしご(ラダー)+フェザー"系の開いた飾り縫い
「のり鎧(スターチアーマー)」の意味
実演では、リネンにスプレーのりを3〜4回かけ、都度アイロンで固めています。狙いは明確で、リネンを一時的に厚紙のような硬さにして、太糸を引きずっても地の目が波打たない状態を作るためです。
手順(再現性重視)
- 下準備:リネンにスプレーのりを3〜4回。各回でアイロン。触って「板」になっているのが合格。
- 針と糸:100番Top Stitch針を入れ、針糸に12wtを通す。
- コード押さえ:12wtを2本、コード押さえの外側後方穴へ通す。
- ガイド線:チャコで直線を引く。
- 試し縫い(必須):本番前に端切れで確認。
- 操作:振り幅を広めに設定(機種の範囲内で)。
- 観察:左右の振りで、針がコードを確実に“またいでいる”か。
チェックポイント:仕上がりは「盛り上がったはしご状の挿し込み」。糸が寝て平たく見える場合は、上糸調子が強すぎることがあります。12wtは状況によって上糸調子を少し緩める方向でテストしてください(必ず端切れで)。

現場のコツ:直線が蛇行する(ドリフト)を抑える
幅広の飾り縫いは左右に引っ張る力が出ます。
- 生地を押したり引いたりしない(送りに任せる)
- 生地の重みを支えて、机から垂れて引っ張られないようにする
- 速度は上げすぎない(安定優先)
注意:保護メガネ推奨。 太針+特殊押さえで振り幅を試すとき、万一針が金属に当たると針折れのリスクがあります。幅の変更後は、最初は低速で確認してください。
フェイクタティングの機械設定(要点)
この技法の“隠れ設定”は振り幅です。
- 狭すぎ:針がコードを刺す → 糸切れ/詰まり
- 広すぎ:縫い目が間延びして粗く見える
- 適正:左右ともコードを確実にまたぎ、見た目が締まる
既製タティングレースへの「ブリッジ(つなぎ)」
フェイクタティングの帯ができたら、次は本物のタティングレースとつなぎます。
- 折る:フェイクタティングの横でリネンを折り返し、きれいな折り山を作る
- 突き合わせ:折り山と既製タティングレースをぴったり合わせる
- 治具(押さえ):センターガイド付きのエッジジョイニング押さえを使用
- 縫う:直線+ジグザグのブリッジ系ステッチで左右を拾う

チェックポイント:レースを軽く引いて、縫い糸が“歯”のように見えて隙間が出るなら、振り幅が広すぎる/上糸が緩すぎる可能性。理想は、レースが生地に一体化した感触です。
テクニック2:枠内レースシェイピング(ITH)
アンティークの洗礼服などで見られる「窓(Peekaboo)」効果を、枠内作業で作ります。
最大の敵はズレです。アウトライン→ネットを重ねる→裏から生地を切り抜く、という工程で、2mmズレるだけでもサテンが端を覆い切れず、見た目が崩れます。

「浮かせ(フローティング)」手順の要点
ネットは枠に挟みません。上に“置く”だけです。
- ベース:生地を刺繍枠に枠張り
- 上側:水溶性スタビライザー(WSS)を生地の上に置く(ここが実演の重要点)
- 浮かせ:英綿ネットをその上に重ねる
なぜWSSを上に置くのか
- 摩擦を増やす:ネットがリネン上で滑るのを抑える
- 引っ掛かりを減らす:押さえがネットの目に噛むのを防ぎやすい
手順(色替え=工程の区切りで管理)
- 枠張り:ベース生地をしっかり張る(たるみはNG)。
- 重ね:生地の上にWSS、その上にネット。
- 1色目(アウトライン):ランニングで輪郭を縫う。
- チェックポイント:ネットに気泡(浮き)がないか。ここでの浮きは後でシワとして残りやすい。
- 2色目(補強):層を固定する縫い。
- 1回目のトリミング:枠をミシンから外す(枠から生地は外さない)。カーブ刺繍ハサミで、外側/内側の余分なネットを縫い線ギリギリで切る。

- 仕上げ縫い(サテン等):端を覆う。
- 裏側トリミング(リバース):枠を裏返し、ベース生地だけを切り抜いて窓を出す(ネットとWSSは残す)。

チェックポイント:枠を光に透かして、窓がきれいに抜けているか確認。サテン縁からリネンの“ヒゲ”が出ていない状態が合格です。
実務視点:枠跡(枠跡)とズレのリスクを減らす
実演はネジ式の刺繍枠ですが、繊細なリネンをズレない程度に強く締めると、枠跡が残りやすくなります。さらに、トリミングで枠を外す工程があるため、張りが緩むとズレの原因になります。
改善の方向性(工具のアップグレード) ヘアルーム系の素材では、マグネット刺繍枠への切り替えを検討する現場も多いです。
- 理由:ネジのトルクではなく磁力で保持するため、繊細素材の圧痕リスクを下げやすい
- 安定性:リネン+ネットのように厚みが変わる重ねでも、締め直しの手間が出にくい
- 段取り:複数枚(ナプキン等)を回す場合、機種に合う 刺繍ミシン 用 マグネット刺繍枠 を探しておくと、枠張りの手戻りが減ります
注意:マグネットの取り扱い。 強力なマグネット枠は指を挟む危険があります。外すときは「こじる」のではなく、ずらして離す動作を徹底してください。ペースメーカー等にも配慮が必要です。
判断フロー:枠に挟む?浮かせる?
判断フロー(素材+工程 → スタビライザー+枠張り方針)
- 素材が繊細(シルク/細番手リネン等)?
- はい:ネジ式で強締めしない。マグネット刺繍枠の使用、または粘着系で“浮かせ固定”を検討。
- いいえ(デニム等):ネジ式でも対応しやすい。
- 浮かせ層(ネット/オーガンジー等)がある?
- はい:途中で層をならす作業が出るため、枠の扱いやすさが重要。
- いいえ:通常の枠張りで進めやすい。
- 量産(10点以上)?
- はい:段取りの再現性が効く。機種別に マグネット刺繍枠 babylock 刺繍ミシン 用 などを検討し、セット時間と手首負担を減らす。
LetterWorksで文字刺繍をカスタムする
文字刺繍は、仕上がりの“プロ感”が最も出やすい領域です。LetterWorks(刺繍用レタリングソフト)では、フォント選択、入力、表示(Enterで反映)、大文字小文字の修正、文字単位の色変更、縦方向配置(Top to Bottom)などを実演しています。

基本ワークフロー(実演準拠)
- フォント選択:一覧から書体を選ぶ。
- 入力:テキストボックスに文字を入力。
- 反映:Enterでステッチ表示。
- 修正:大文字/小文字の誤りを直し、必要なら文字単位で色を変更。
- 配置:必要に応じて縦方向配置など、向きを調整。

チェックポイント:スペルミス対策 見た目に意識が寄ると、文字を“読まずに見てしまう”状態になります。実演でも、LetterWorksのスペルチェックが紹介されています。必ず使い、さらに自分の目でも一度読み直してください。
生産目線:ボトルネックの見つけ方
文字刺繍を仕事として回す場合、色替えが多いと段取りが詰まりやすくなります。
- 判断基準:糸替えに費やす時間が、実縫い時間より長い状態が続く
- 次の一手:多針刺繍機の導入を検討(色替えの手間を工程から外しやすい)
ヴィンテージから学ぶ:パフィング(ギャザー帯)の観察

ヴィンテージ衣料を見るときは、パフィング(ギャザー帯)の作りに注目すると構造が読みやすくなります。
- 考え方:上下をギャザーで縮め、狭いヨーク幅に合わせて“ふくらみ”を作る
- 実演の要点:幅の目安として、パフィング帯は1インチが示されています(好みで調整)。
現代の作業手順(実演の流れを整理)
- 平行線を2本引く(上=縫い代側/下=レースを付ける線)。
- 下の線にレースを直線縫いで付ける。
- 上下それぞれにギャザー用の長い縫い目を2列ずつ入れる。
- 下糸(ボビン糸)を引いてギャザーを寄せ、ヨーク幅に合わせる。
- ヨークに中表で縫い付け、開いて上側も押さえる(必要箇所はジグザグ等で安定させる)。

チェックポイント:ギャザーが帯に対して斜めになると雑に見えます。寄せるときに、山が均等に立っているかを確認します。

準備:「ミザンプラス(段取り)」
ヘアルーム系は、途中で道具を探している間に、のりが乾いたり、ネットが動いたりします。ミシンに触る前に、必要物を机上に揃えます。
既知の消耗品
- ハンカチリネン/コットン生地
- ティアウェイ(必要なら重ね)
- 水溶性スタビライザー(Solvy系)
- 英綿ネット
- スプレーのり(強め)
現場で効く“隠れ消耗品”(※用途が実務的なもの)
- 新品針:100番Top Stitch(太糸は針の消耗が早い)
- カーブ刺繍ハサミ:ITHの内側カットで取り回しが良い
セットアップ:ミシン側の構成
フェイクタティング
- 押さえ:5穴コード押さえ
- 糸経路:針糸12wt+押さえに12wt×2本(外側後方穴)
- 調子:端切れで上糸調子を確認(必要なら少し緩める)
- 振り幅:コードを確実にまたぐ幅
ITHレース
- 枠:生地をしっかり枠張り(または マグネット刺繍枠 用 枠固定台 で再現性を上げる)
- 上置き:WSSを生地の上
- 浮かせ:ネットを上に置く
文字刺繍
- データ:入力→反映→修正→スペルチェック→転送
セットアップチェック(機械準備)
- 干渉確認:手回しで1回転させ、針が押さえに当たらない
- 糸の流れ:12wtが引っ掛からずに出る
- 枠の保持:ネジ式は締め不足なし/マグネットは確実に着座
- ハサミ配置:トリミング工程で迷わない位置に置く
実行:運転と監視
A:フェイクタティングを縫う
- チャコ線を押さえ中心に合わせる。
- 糸端を押さえ、低速でスタート。
- “ケージ”ができているかを見ながら進める。
- チェック:生地が波打つなら、のり不足/支え不足の可能性。
B:ITHレースシェイピング
- 1色目:アウトライン
- 2色目:固定
- 重要停止:枠から外さず、枠だけをミシンから外す
- トリミング:ネットを縫い線近くで切る
- 仕上げ:残りを縫う

C:文字刺繍
- データを読み込む。
- 位置確認(枠内に収まるか)。
- 縫う。
運転中の品質チェック
- タティング:コードが縫い目で完全に囲われている(コードを刺していない)
- ブリッジ:つなぎ目がフラットで、引っ張っても隙間が出にくい
- 窓:ネットがきれいに見え、縁から“ヒゲ”が出ない
- 裏側:窓の切り抜きがきれい(切り残しがない)
トラブルシューティング:現場の即応表
症状:12wtで糸が裂ける/毛羽立つ
- 原因候補:針穴が小さい/上糸調子が強い
- 対処:100番Top Stitch針を確認。上糸調子を少し緩め、低速で再テスト。
症状:フェイクタティングの帯が反って“バナナ状”になる
- 原因候補:生地の固定不足/縫いの引きが片側に出ている
- 対処:のりを増やす、下にティアウェイを確実に入れる。生地を誘導しすぎない。
症状:ITHでネットがアウトライン中にズレる
- 原因候補:ネットが浮かせただけで安定していない
- 対処:WSSを上に置く手順を守る。枠張りの再現性を上げたい場合は 刺繍用 枠固定台(例:刺繍用 枠固定台/hoopmaster 枠固定台)のような枠固定台の導入も検討。
症状:リネンに枠跡が残る
- 原因候補:ネジ式枠の締めすぎ
- 対処:スチームで繊維を戻す(強い押しアイロンは避ける)。
- 予防:繊細素材ではマグネット枠の運用を検討。

まとめ:現代のヘアルーム
ヘアルームは、昔ながらの手間をそのまま再現することではなく、太糸・専用押さえ・スタビライザー・精度の高い枠張りで、歴史的な“見え方”を現代の安定品質で作ることです。

品質を上げる道筋はシンプルです。
- 物理を尊重する:太糸には太針(100番Top Stitch)。
- 固定を強める:のり+スタビライザーで素材を“工程向け”にする。
- 弱点をアップグレードする:枠張りで素材や手首が消耗しているなら、マグネット化は贅沢ではなくコスト対策。
この3技法を工程として回せるようになると、「手作り」から「ヘアルーム品質」へ一段上がります。
