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使用機材:刺繍機・カッター・マグネット刺繍枠
この案件は、マシン刺繍で定番かつ失敗しやすい「フーディーのアップリケ」です。見た目は「箱の中に文字」だけでも、厚手で伸びやすい裏毛(フリース)に、硬くて重いタックルツイルを“ズレずに・歪ませずに”固定し、最後まで位置合わせを崩さず縫い切る必要があります。
ここでの失敗はコストが重いです。Tシャツならまだしも、厚手フーディーは原価でも高く、やり直しが効きません。さらに通常のプラ枠で無理に締めると、枠跡(枠の圧痕)が残ったり、位置が傾いたりしがちです。そこで本手順は、勘ではなく「再現性のある段取り」に寄せます。
このワークフローは Ricomaの15針クラス を前提に、HoopMaster 枠固定台 と マグネット刺繍枠 を組み合わせて進めます。標準枠でも不可能ではありませんが、厚物ではマグネット式の方が“押さえる力の出し方”が安定し、枠張りの負担も減ります。

動画で使っているもの(と、なぜそれが効くのか)
- カッティングマシン(Brother ScanNCut SDX125E): 粘着付きタックルツイルを事前にカット。理由: 手切りだとエッジが荒れ、サテンが被り切らず仕上がりが落ちます。機械カットなら「NO」の文字が位置縫いのラインにきれいに収まります。
- 位置合わせ定規(Tee Square It): アパレル用のT字定規。理由: フーディーは置き方で簡単に歪みます。目視センターは着用時にズレが出やすいので、定規で“直角と中心線”を作ります。
- 枠張りシステム(HoopMaster+マグネット枠): 理由: 速さと安全性。厚手をプラ枠で押し込む負担が減り、毎回同じ位置に合わせやすくなります。
- 刺繍機(Ricoma 15針): 業務用の多針刺繍機。理由: 筒型アームで、フードや袖を垂らして逃がしやすく、針板周りで引きずりにくい構造です。
- ヒートプレス機: 理由: タックルツイル背面の粘着は熱で定着します。刺繍は“縁を押さえる役”、プレスは“面を固定する役”。洗濯後の浮き・バブリングを抑えます。
枠跡(枠の圧痕)対策:段階的な改善ルート
厚手フーディーを付属のプラ枠で無理に締めていると、枠跡が残ったり、締め付けトルクで生地がねじれて位置ズレが出やすくなります。
- レベル1(やり方で改善): フローティング(後述)を使い、枠と生地の間に水溶性シートを挟んでパイルを保護する。
- レベル2(道具で改善): マグネット刺繍枠に切り替える。ネジ締めの力で“こじる”のではなく、磁力で“面で挟む”ため、圧痕と歪みが出にくい。
- レベル3(量産仕様): 多針機向けの大型マグネット枠で、枠張り時間を短縮し、同条件で回せるようにする。
注意:マグネット枠の安全
業務用マグネット枠は強力な磁力で挟み込みます。
* 挟み込み注意: 指は必ず外周リムに置き、上下フレームの間に入れない。
* 機器への影響: ペースメーカー等の医療機器、磁気カード類からは距離を取る(動画では具体距離の言及はありませんが、現場では十分離して管理してください)。

生地準備:タックルツイル(PSA)のカット
最初はアップリケ素材の準備から。使用素材は PSA(Pressure Sensitive Adhesive=粘着付き)スポーツツイル です。コメントでも質問が出ていますが、これは一般的なHTV(熱転写シート)とは別物で、ツイルは“織物”、HTVは“フィルム”です。

手順1 — ツイルパーツをカットする
- セット: 白のPSAスポーツツイルをカッターマットに貼る。
- カット: 「NO」の文字と外枠(長方形)のカットデータを実行。
- 取り外し: 余分を剥がし、必要パーツだけ残す。
チェックポイント: 白い素材はカット線が見えにくいことがあります。動画でも「白だから見えにくい」と触れています。目視で不安なときは、指先で表面を軽くなぞり、カットラインの段差(引っ掛かり)があるかで確認します。

補足:なぜタックルツイルなのか
タックルツイルは立体感が出て、いわゆる“バーシティ(チーム系)”の高級感が出ます。一方で、フーディー前身頃に重量が乗るため、スタビライザー(刺繍の裏当て)を弱くすると、縫製後に生地が引けてシワ(パッカリング)になりやすい点に注意が必要です。
事前チェック(見落としがちな消耗品)
動画内で明示されている範囲に沿って、最低限ここは揃えておくと作業が止まりません。
- カットアウェイスタビライザー: フーディーは伸びるため、基本はカットアウェイが前提(コメント返信でも「長持ちさせるならcutaway」と明言)。
- マーキング用品: 水で消えるペン/チョーク等。作者は水溶性ペンを使用(コメント返信に具体名あり)。
- テフロンシート: ヒートプレス時の保護(動画でも使用)。
- クリップ: 袖やフードの暴れ止め(動画で使用)。
位置合わせの要点:センターを“直線”で作る
フーディーは置いた瞬間から歪みます。ポケットや脇線は工場段階で斜行していることもあるため、そこを基準にするとズレます。ここでは定規で“中心線を作る”のが肝です。


手順2 — 縦位置の開始点と、真っ直ぐなセンター線を引く
- 平置き: 大きめの台に置き、シワをならす(引っ張って伸ばさない)。
- 開始位置: 襟ぐりの縫い目から 指3〜4本分 下を目安にする(動画のやり方)。
- 定規合わせ: Tee Square It を当て、左右の基準を袖の縫い目に合わせます。動画では 「27」 の目盛り位置を左右で揃えて、縦線が曲がらないようにしています。
- マーキング: 水溶性ペンまたはチョークで、縦のセンター線(必要なら十字)をはっきり入れる。
スタビライザー選択の考え方(フーディー前提)
コメントでも「何を裏に使うべき?」という質問が出ています。フーディーのようなニット系は伸びるため、基本ロジックはシンプルです。
- フーディー/スウェット(ニット) → カットアウェイが基本
- 通常: 生地と一緒に枠に挟む(安定性が高い)
- 厚物で枠張りが大変: スタビライザーを後入れする“フローティング”(動画の方法)
枠張り:HoopMaster 枠固定台+マグネット刺繍枠
枠固定台(HoopMaster)は、毎回同じ位置に枠張りするための“治具”です。マグネット枠と組み合わせると、厚物でも押さえが安定し、作業者の負担も減ります。




手順3 — 枠固定台でフーディーを枠張りする
- 下枠セット: マグネット枠の下側フレームを治具に固定。ガタつきがない状態にする。
- フーディーを載せる: 上下逆(フードが作業者側) に載せます(動画の見せ方としてもこの向き)。
- 位置合わせ: 先に引いたセンター線を、治具側の基準(切り欠き/目印)に合わせる。
- 上枠を載せて固定: 上側フレームをセンター線に合わせて下ろし、磁力で固定。
- チェックポイント: 動画では、枠の穴(上側・下側)が線に合っているかで「真っ直ぐ」を確認しています。枠の基準穴と線が一致しているかを必ず見ます。
重要:引っ掛かりを防ぐ“向き”のルール
動画で強調されている安全ポイントです。枠の 切り欠き(オープン側/ノッチ) は フード側に向けない。
- 理由: フードや袖が機械の可動部に巻き込まれると、位置合わせが崩れて台無しになります(動画でも「registrationを失う」と説明)。フードは機械の外側に垂らす前提で、ノッチはフードから“離す”向きにします。
補足:マグネット枠が枠跡を抑えやすい理由
通常枠は摩擦とネジ締めで保持するため、厚手ほど締め付けが強くなり、パイルが潰れて枠跡になりやすいです。 一方、マグネット刺繍枠 は磁力で“面で挟む”ため、必要以上にねじ込まずに保持しやすく、位置の微調整もしやすいのが利点です。
フローティング:スタビライザーを後入れして無駄を減らす
フローティングは、スタビライザーを生地と一緒に枠に挟まず、枠を機械に付けた後で下から差し込む方法です。

手順4 — 枠を装着し、カットアウェイをフローティングする
- 枠を装着: 枠を刺繍機のアームに差し込み、カチッと固定されるまで入れる(動画ではクリック音で確認)。
- スタビライザーを差し込む: カットアウェイを、針板(シリンダー)上に置くようにして枠の下へ滑り込ませる。
- 暴れ止め: クリップで袖とフードをまとめ、縫製中に動かないようにする。
- チェックポイント: スタビライザーが刺繍範囲を完全に覆っていること。針がスタビライザー外に出ると、途端に歪みやすくなります。
補足:フローティングの注意点
フローティングはスタビライザーの無駄を減らせます(動画でも“大きいシートを無駄にしたくない”と説明)。ただし、最初の数針で固定されるまではズレやすいので、差し込み位置が浅い/斜めだとトラブルになります。
本文中の フローティング用 刺繍枠 は、まさにこの“後入れで支える”現場テクニックを指します。
縫製〜仕上げ:アップリケの縫い順とヒートプレス
ここからは「データの縫い順」を守ることが最重要です。基本は、位置縫い→貼り込み→タックダウン→仕上げ縫い、の順です。



手順5 — アップリケの縫い順で縫う
- 位置縫い: 最初の色(工程)で、貼り位置のアウトラインを縫う。
- 貼り込み: 事前カットしたPSAツイルの台紙を剥がし、位置縫いの内側に正確に置いて手で圧着する。
- タックダウン: 次工程で、ツイル端を押さえる縫い(ジグザグ等)が入る。
- チェックポイント: 押さえがツイル端を拾ってめくり上げないか、最初の数針は目視で追います。
- 仕上げ: 外枠のサテン/「EXCUSES」の文字などを縫う。動画のデザインは 26,000針。
注意:走行中の巻き込み事故が一番怖い
厚物は、縫い品質以前に「袖が落ちて一緒に縫い込む」「フードが引っ掛かる」が致命傷になります。縫い始め前に、袖・フードが針下に入らない状態か必ず確認してください(動画でもクリップで管理)。
手順6 — ヒートプレスで粘着を定着させる
タックルツイル背面の粘着は熱で活性化します。刺繍で縁を固定した後、プレスで面を一体化させます。

- 温度: 340°F
- 時間: 20秒
- 保護: テフロンシートを当てる(動画で実施)
作業前チェック(事故防止の最短リスト)
- 枠の向き: ノッチがフード側を向いていない(巻き込み防止)。
- 暴れ止め: 袖・フードをクリップで固定した。
- トレース: 縫い始め前にトレースして、可動範囲に干渉がないか確認(動画でも「trace it out」と実施)。
セットアップ補足:枠サイズについて
コメントで作者が 13x16インチ を使用したと明言しています。
- 同様の胸位置案件で、より小さめの枠を探す場合は mighty hoop 8x13 マグネット刺繍枠 が定番サイズとして候補になります。
- いずれも、刺繍機の可動範囲(パンタグラフ)内に収まるかは必ず確認してください。
仕上がり確認(QC)
納品前に、最低限ここを見ておくとクレームを減らせます。
チェックA:エッジの被り
「NO」周りのサテンを指先でなぞり、ツイル端が飛び出していないか確認。
- 合格: 引っ掛かりがなく、端が完全に包まれている。
- 不合格: 端が出て爪が引っ掛かる(貼り込み位置ズレ/サテン幅不足の可能性)。
チェックB:文字の見え(抜け)
白サテンの隙間からフーディー地が見えないか確認。
- 合格: 下地が透けない。
- 不合格: 隙間が出る(次回は水溶性トッパー併用などを検討)。
チェックC:粘着の定着
プレス後に冷ましてから、文字の角が浮かないか軽く確認。浮く場合は、同条件で“圧”を見直して再プレスします。

トラブルシューティング
フーディーは多少の誤差に強い一方、アップリケはズレが見た目に出ます。現場で多い症状を整理します。
| 症状 | 主な原因 | その場の対処 | 予防 |
|---|---|---|---|
| 箱周りのシワ(パッカリング) | 枠張り時に生地を引っ張った/裏当て不足 | 大きな修正は難しい | カットアウェイを使う。マグネットで挟む際に“引っ張って張る”をしない。 |
| ボーダーと生地の間に隙間 | フローティングしたスタビライザーがズレた | 基本は縫い直し | スタビライザーが刺繍範囲を完全に覆う位置で差し込む。 |
| 位置が傾く | センター線が斜め/枠張り基準が曖昧 | 基本はやり直し | HoopMaster 枠固定台 の基準にセンター線を合わせ、枠の基準穴でも直線を確認する。 |
| 走行中に引っ掛かる/ズレる | フード・袖の巻き込み/枠の向き不良 | すぐ停止 | ノッチをフードから離す向きにし、クリップで管理する。 |
機材互換の注意(コメントでよく出る話題)
動画はRicoma機ですが、枠の購入先や互換性は機種・ブラケットで変わります。検索時は マグネット刺繍枠 ricoma 用 や ricoma 刺繍枠 のような語句が手がかりになります。購入前に、機械側の取り付け幅(2点の距離)を必ず確認してください。
まとめ(結果と再現性)
この工程を押さえると、フーディーのアップリケは「難しい単発」から「回せる定番商品」になります。
- 見た目: 濃色フーディー×白ツイルのコントラストで、店頭品質の仕上がり。
- 段取り: 定規+枠固定台+マグネット枠で、位置合わせと枠張りが“作業者依存”になりにくい。
量産(チームオーダー等)では、手書きの目印とプラ枠の格闘がそのまま工数ロスになります。段取りを整えるほど、刺繍機は安定して仕事をしてくれます。
