目次
キルティング系のデザインは「ブランケット専用」と思われがちですが、実務で使い込むほど“服飾向けの武器”になります。縫い上がりが速く、色替えも少なく、密なサテンでは出しにくい上品な線表現が作れるからです。
ここではPart 2の内容を、作業者が迷わない“手順書”として再構成します。扱うのは2つの応用テクニック——リバースアップリケとマシンカウチング。どちらも、業界でも特に難しい素材である伸縮ニット(Tシャツ)に対して、伸び・ズレを抑える前提で組み立てます。
Tシャツに入れると一気に増えるのが「位置ズレ(レジストレーション不良)」のストレスです。生地は動きたがるのに、縫い線は動いてほしくない。仕上がってからアウトラインと中身が合っていないのを見つけた経験があるなら、原因は“運”ではなく“物理”です。

マシン刺繍のリバースアップリケとは?
リバースアップリケは、通常のアップリケと発想が逆です。服の上に布を縫い付けるのではなく、先に形を縫ってから服地側をくり抜き、下に仕込んだ布を見せる方法です。
ニットで失敗しやすいのは、アウトライン(輪郭)部分です。普通のランニング(直線)だとニットが引っ張られて線が弱くなりやすく、サテンは厚みと硬さが出てTシャツの風合いを損ねがちです。
プロの選択:トリプルストレート(ビーンステッチ) アウトラインはトリプルストレート(ビーンステッチ)を使います。
- 動きのしくみ: 針が同じ穴付近を前後に3回通り、線を“太く・締める”。
- 得られる効果: ニットの切り口をしっかり押さえ込みます。カットが少し際に寄っても、3回縫いの補強が効くため、切り口が崩れにくくなります。
デザイン選びの基準(閉じた形が必須) どのキルティングデータでも良いわけではありません。必要なのは「閉じた形」です。“迷路テスト”をしてください:開口部を指でなぞって、縫い線をまたがずに外へ抜けられる形は不向きです。くり抜き窓をきれいに作るには、輪郭がしっかり閉じていることが条件になります。

手順:ニット(Tシャツ)をアップリケ用に準備する
成功の9割は準備で決まります。ニットは“伸びる”のが仕事なので、枠を付ける前にその伸びを無力化します。
用意するもの(見落としがちな準備アイテム含む)
動画で使用されている主要材料
- 素材: ニットTシャツ
- 仕込み布(アップリケ布): コントラストのある布(デモは千鳥格子)
- スタビライザー1(仕込み布側の下準備): 接着タイプの織物系(Fusible Woven)
- スタビライザー2(構造を作る): 接着タイプのPolyMesh CutAway(Fusible PolyMesh CutAway/ノーショーメッシュ系)
- 印付け: チャコ等
作業ロスを減らすための“安全網”
- ハサミ: 表面カット用(カーブ刃)+細部用(マイクロスニップ)を分けると、Tシャツ本体を誤って切りにくくなります。
- アイロン: 接着工程が要なので、押さえが安定するものを用意します。

準備完了チェック(Prepの終わり)
- デザイン確認: アウトラインがトリプルストレート(ビーンステッチ)である(または同等の3回縫い)。
- 仕込み布のサイズ: デザイン外周より十分大きい。
- 接着: 仕込み布の裏にFusible Wovenをアイロン接着し、布を“腰のある状態”にした。
- 中心線: Tシャツの中心を正確に印付けした。
- カットの安全: 細部用の刃先が効く道具を用意した(切れない刃は力が入り、誤カットの原因)。
伸びを止める核心:スタビライザー「サンドイッチ」方式
ここが最重要です。初心者がやりがちなのは、Tシャツをドラムのように強く張ること。ニットを過度に引っ張って枠張りしないでください。目標は「歪みゼロのニュートラル張力」——シワはないが、目が引き伸ばされていない状態です。
なぜサンドイッチが効くのか(現場目線の理屈)
ニットは伸ばして固定すると、枠から外した瞬間に戻ろうとして、刺繍が波打ちやすくなります。
サンドイッチ方式は、縫いがかかる部分だけを“別物の素材”に変えます。
- 仕込み布をFusible Wovenで腰のある状態にする。
- Tシャツの内側で、仕込み布の上からPolyMesh CutAwayを接着して一体化する。
- 縫いはニット単体ではなく、この安定した層に食い込むため、伸びの影響が激減します。
枠跡(枠焼け)問題と道具の切り替え 一般的な樹脂枠は摩擦と圧で保持するため、繊細なニットでは枠跡(テカり・潰れ)が出やすく、商品価値を落とすことがあります。
- 対策: 枠跡が出る/厚い重ねで枠張りが安定しない場合、現場ではマグネット刺繍枠へ切り替える判断が増えます。摩擦ではなく磁力で垂直に押さえるため、繊維を潰しにくいのが利点です。

レイヤー順(動画どおりの正解手順)
- 仕込み布の裏にFusible Wovenを接着する。
- Tシャツを裏返す。
- 中心線に合わせ、仕込み布を(仕込み布の表が)Tシャツの裏側に当たる向きで配置する。
- その上からFusible PolyMesh CutAwayをかぶせて接着し、一体化させる。
- Tシャツを表に返す。
- 全体を枠張りする。
触感チェック: Tシャツの内側から手で触ると、安定化した部分だけが厚紙のように“しっかり”感じ、周囲は柔らかいままの状態になります。

注意: 枠張りの安全:厚い重ねを無理に押し込むのは危険です。外枠をはめるのに工具が必要なほど固い場合、標準枠の許容を超えている可能性があります。縫製中に外枠が外れると針折れにつながります。内枠は「しっかり入るが、力任せではない」感触で座る状態にしてください。
縫い始め前のチェックポイント
- 影チェック: 表側から、内側のスタビライザーの四角い影(輪郭)がうっすら分かる。
- はみ出し量: 仕込み布が縫い線の外まで十分に出ている。
- 下糸: 内側が見える用途なら下糸色も意識する(見えないなら通常運用で可)。
セット完了チェック(Setupの終わり)
- 接着確認: 内側のスタビライザー端を軽くめくって、簡単に浮かない。
- 向き: Tシャツは表に返っている。
- 層の順番:(内→外)CutAway → 仕込み布 → Tシャツ表地。
- 張力: シワはないが、ニット目が引っ張られて弓なりになっていない。
- 干渉: 手回しで1周させ、針が枠に当たらない。
マシンカウチング:押さえの通し方とステッチ長
カウチングは、ヤーン(毛糸)を表面に置き、上糸で押さえ縫いして立体ラインを作る技法です。見栄えの付加価値は高い一方、機械設定と材料選びが結果を左右します。
動画の要点:
- デザインはシングルラン(単走)を使う(サテンやビーンではない)。
- ヤーンはスムーズに流れる必要がある。テンションが掛かるとトラブルになる。
- 調整の主役はステッチ長。標準の長さだと角で“拾い切れない”ことがある。
量産目線の現実: カウチングはズレが目立ちます。ヤーンのラインが下地の柄から外れると一発で分かるため、枠張りの再現性が重要です。マグネット刺繍枠は、ネジ調整のやり直しが減り、同じ位置関係を保ったまま出し入れしやすい運用に向きます。

カウチング押さえへのヤーン通し(動画の手順)
通し方は“だいたい”で済ませないのがコツです。
- 横穴(ガイド)からヤーンを通す。
- 次に、押さえ中央の穴へ下方向に通す。
- 縫い始め前に、押さえの後ろへヤーン端を4〜5インチ出しておく。

ステッチ長の考え方(3.3より2.5が勝つ場面)
- 起きる問題: ヤーンは太く硬さもあるため、角で進行方向が変わるときに、ステッチが角を“ショートカット”して糸が見えたり、先端が丸くなったりします。
- 対策: ステッチ長を2.5に短くする。
- 理由: 固定点が増え、ヤーンがパスに沿いやすくなります。

ヤーン選び:密なものが勝つ
- 避けたい: 撚りが甘くフワフワしたヤーン。針がヤーンを“またぐ”のではなく“刺して”しまい、毛羽立ちや乱れの原因になります。
- 選びたい: 目が詰まったヤーン(密度が高いもの)。

ミシン前での運用(カウチングの動かし方)
- 速度: 速度はしっかり落とします(動画でもスロー推奨)。速いとヤーンが暴れて折れ・絡みの原因になります。
- ヤーンのたるみ: ヤーン玉に引っ張らせない。手で軽くたるみを作り、スムーズに送ります。

コメントの質問に対する補足(要点): カウチングは「後から同じデザインをもう一度縫う」のではなく、最初の縫製の流れの中でカウチングとして実行します(コメント返信より)。
トラブルシューティング(原因→確認→対策)
1) 仕込み布がTシャツ表に透ける
- 症状: 白Tの下に濃い四角がうっすら見える。
- 原因: 濃色・柄物の仕込み布による透け。
- 対策: デザイン周囲の内側(Tシャツ裏側)で、仕込み布の余りを縫い線近くまで追加でトリミングする(動画でも実施)。
2) 角で糸が見える/角が拾えていない
- 症状: 角で固定糸が見える、または角が浮く。
- 原因: ステッチ長が長い。
- 対策: ソフト側でステッチ長を2.5へ短くする、またはモノフィラメント糸を使って固定糸を目立たなくする。
3) ヤーンがデザイン幅を覆い切らない
- 症状: ヤーンの隙間から下地が見える。
- 原因: ヤーンの選択が粗い/密度不足。
- 対策: 目の詰まったヤーンに変更し、複数種類で試す(動画でも“良い例/悪い例”で比較)。
4) ニットが動いて輪郭が歪む(現場で多い)
- 症状: 最終的に輪郭が合わない(位置ズレ)。
- 原因: 枠張り時の伸ばし過ぎ、または層の固定不足。
- 改善ルート: 枚数が増えるほど作業者の疲労で再現性が落ちます。一定の角度・張力でセットするには、hooping station for embroidery machineのような枠固定台運用が有効です。
応用アイデア:ふきんからワンピースの裾まで
安定化ができるようになると、用途が一気に広がります。
- 裾やボーダー: 連続ボーダーの位置合わせで装飾性を上げる。
- 子ども服: リバースアップリケは厚いワッペンより肌当たりが柔らかい。
- ホームデコ: カウチングの立体感はプリントでは出せない質感になります。



判断フロー:素材×目的でスタビライザーと手順を選ぶ
A) 素材は?
- 伸縮ニット(Tシャツ/ジャージー):
- 手順: サンドイッチ方式(仕込み布にFusible Woven+Tシャツ内側でFusible PolyMesh)。
- 改善: 1枚の枠張りに2分以上かかるなら、マグネット刺繍枠 用 枠固定台の運用も検討。
- 安定した織物(デニム/キャンバス等):
- 手順: 一般的なスタビライザーで成立しやすい。
- カウチング補足: Ultra Clean and Tear Fusibleのような“きれいに処理しやすい”タイプが向く(動画内で言及)。
B) 技法は?
- リバースアップリケ: トリプルストレート(ビーンステッチ)前提。仕込み布は接着で腰を出す。
- カウチング: シングルラン前提。カウチング押さえを使用。
C) 生産量は?
- 単発: 手作業の枠張りでも回せる。
- 小ロット量産: 再現性が利益。hoopmaster 枠固定台や他の枠固定台を組み込むと、やり直しと疲労を減らせます。
注意: マグネットの安全:マグネット刺繍枠は指を強く挟む危険があります。外すときは“こじる”のではなく、ずらして分離します。また医療機器(ペースメーカー等)への影響に注意し、管理ルールを決めて運用してください。
作業手順:フルウォークスルー(リバースアップリケ+カウチング)
以下の順番を崩さないのが成功の近道です。
Part 1 — ニットTシャツのリバースアップリケ
- 仕込み布の裏にFusible Wovenを接着する。
- Tシャツ内側で、仕込み布+PolyMeshをサンドイッチ接着する。
- 全体を枠張りし、内枠が確実に座っていることを確認する。
- トリプルストレート(ビーンステッチ)で縫う。
チェック: 裏側を見て、縫い線が途切れていない。

- 表側のTシャツ生地だけをつまみ、縫い線の内側をくり抜く。最初に小さく切り込みを入れてから、ハサミを入れて縫い線際まで慎重にカットする。


現場のコツ: カーブ刃を使う場合、刃先の当て方を安定させて“下の仕込み布を切らない姿勢”を作ると事故が減ります。
Part 2 — ヤーンのマシンカウチング(シングルラン)
- 押さえをカウチング押さえに交換する。
- ヤーンを(横穴→中央穴)で通す。
- シングルランのデータを使用する。
- ヤーン端を軽く持ち、低速で縫い始める。
- 送りを監視し、ヤーンが引っ張られたら即停止して、たるみを追加する。
チェック: ヤーンが潰れて締め付けられておらず、ふっくら乗っている。
- 終了後、ヤーン端を裏へ引き込み、針(太めの針が使いやすい)で処理して結ぶ。

作業完了チェック(Operationの終わり)
- カット精度: ニットの切り口がきれいで、トリプル縫いを切っていない。
- ヤーン端処理: 端が裏へ回って結ばれている。
- 角の保持: 角で浮き・隙間がない(必要ならステッチ長を短くした)。
- 後処理: 使ったスタビライザーに応じて、きれいに処理できている。
仕上がり
これで、標準的な刺繍設備でも“ひと手間上”の表現が実装できます。
- リバースアップリケ: 伸び管理とアウトライン選定で、柔らかく耐久性のある窓表現。
- カウチング: ヤーンとステッチ長の物理を押さえ、立体的なライン表現。
スケールの考え方: 単針機でも十分に成立しますが、枚数が増えるとボトルネックは「縫い」ではなく「枠張り」になります。位置合わせの確認や枠の締め直しに時間が取られるなら、刺繍用 枠固定台のような治具化で、作業時間とミス率を同時に下げられます。
