目次
ラジアルフィル(Radial Fill)とは?
マシン刺繍で「のっぺり感」はリアルさの大敵です。Wilcom Hatchのラジアルフィルは、通常のフラットな塗り(フィル)を、中心点から放射状に“回転”するステッチへ変換し、光の当たり方と陰影をコントロールできる特殊効果です。
動画では、基本のタタミ(Tatami)フィルが、ワンクリックで円錐状の立体感や、有機的に流れる花びらのような表情に変わる様子が示されています。
糸ツヤ(光沢)が生む立体感の理屈: 刺繍糸は光を反射してツヤが出ます。通常のフィルは角度が一定(例:45度で平行)なので、反射も均一になりやすい一方、ラジアルフィルはステッチ角度が中心点の周りを回り込むように変化します。その結果、見る角度や光の方向でセクターごとに反射が変わり、フォームや中綿を入れなくても「奥行き」や「動き」があるように見えます。
補足(重要): 動画内で明確に触れられている制限として、ラジアルフィルはタタミとサテンのステッチタイプで機能します。一般的なモチーフ系フィルには適用できません。

ステップ1:タタミ図形にラジアルフィルを適用する
このステップでやること(概要)
Hatchのデジタイズ機能で閉じた図形(円)を作り、タタミフィルであることを確認します。必要に応じてタタミのパターン(テクスチャ)を変更し、その後Effectsパネルからラジアルフィルを有効化してステッチ角度を切り替えます。
準備(見落としがちな消耗品&事前チェック)
データ上で美しく見えても、実際の縫製で崩れたら意味がありません。回転ステッチは、通常のフィルよりも多方向に生地へ力がかかりやすい点を前提に準備します。
消耗品&事前チェック(生産目線):
- 生地×スタビライザーの組み合わせ: ニット(Tシャツ、鹿の子、フーディーなど)は回転方向の引きでねじれやすいので、まずはカットアウェイを基準に考えます。スタビライザーが弱いと、中心付近が盛り上がって見える(火山のように膨らむ)原因になります。
- 針の状態: 75/11クラスの新しい針を基準に。中心に針落ちが集中しやすい効果なので、針先が荒れていると生地を噛んだり穴を広げたりしやすくなります。
- 上糸テンション: 回転ステッチはテンションの甘さが見た目に出やすい部類です。
- 感覚チェック: 糸掛け後、上糸を軽く引いて一定の抵抗感があるか確認します(引っ掛かりではなく、均一な抵抗)。
- 仮固定: 生地とスタビライザーのズレを抑えるため、必要に応じて一時接着スプレー等で面を安定させます。
また、量産を想定している場合は枠張り(フープ)方法も先に考えます。滑りやすい素材では、回転方向の引きで枠内が動きやすく、仕上がり差が出やすくなります。
手順:円を作って効果を適用する
- 円/楕円のベース図形をデジタイズします。
- 画面左側のDigitize(デジタイズ)ツールボックスへ。
- Circle/Oval(円/楕円)ツールを選択。
- 中心をクリック→ドラッグで半径を決め→Enterで確定。
- 成功の目安: グリッド上に、標準のフラットなタタミで塗られた青い円が表示されます。
- (任意)タタミのパターンを装飾的なものに変更します。
- オブジェクトを選択し、Object Properties(オブジェクトプロパティ)でタタミのパターンを変更します。
- 見た目チェック: まだフラットですが、内部の表情が木目・羽根のようなテクスチャに変化します。
- Effectsパネルでラジアルフィルを有効化します。
- 右側のEffectsパネルを開きます。
- 下の方までスクロールし、Radial Fillにチェックを入れます。
- 見た目チェック: 画面上の「ツヤの出方」が即座に変わり、平行線ではなく中心から放射する“スポーク(車輪のスポーク)”のような角度になります。

なぜこうなるのか(要点だけ)
ソフトが各針落ちの入り/抜けを再計算し、ステッチ角度を中心点の周りで回転させることで、見た目として「円錐状」の構造に見えるようになります。
注意(密度の集中): ラジアルフィルは中心点に針落ちが集まりやすい効果です。小さくしすぎると中心が糸で詰まりやすく、糸絡みや針への負担が増えます。
ステップ2:中心点をリシェイプして3D感を作る
ここで学ぶこと
Reshape(リシェイプ)ツールで、ラジアルフィルの中心点(「X」やマーカー)を移動します。中心をずらすことで、球体・宝石・果物のような「ハイライト位置」を意図的に作れます。
手順:図形の内側で中心点を動かす
- オブジェクトを選択してReshapeを使います。
- 円を選択し、Reshapeアイコンをクリック(環境によってはショートカットが割り当てられている場合もあります)。
- 中心の「X」をつかんでドラッグします。
- 中心マーカーを見つけます。
- 例えば左上方向へ少しずらします。
- 見た目チェック: ステッチ角度が即座に再描画され、糸ツヤの“ハイライト”がXの位置に追従して見えます。

チェックポイント(正しくできているサイン)
- 図形の外形は変わらない: 変わるのは内部の流れだけです。
- マーカー表示: 中心の「X」はReshapeが有効なときに見えます。
- 反応が即時: 動かしても変化しない場合、ステッチタイプがタタミ/サテン以外になっていないか確認します。
よくある混乱(コメントより要約)
チュートリアルと同じツールボックスが見当たらず、作業が止まるケースがあります(例:Digitizeツールボックスが表示されない)。
- 対処: Windowメニューからツールバー/ドッカー表示を確認し、DigitizeやObject Propertiesが表示される設定になっているか見直します。表示モードによっては編集用マーカーが見えにくい場合もあるため、編集ができる画面構成に戻してください。
ステップ3:中心点を図形の外へ出して“流れ”を作る
見た目として何が起きる?
動画の重要テクニックが、中心点を図形の外側へ大きく移動する方法です。円錐の立体感というより、扇状に流れる「方向性のある質感」になり、花びら・毛並み・水流の表現に使いやすくなります。
手順:中心点を図形の外へ移動する
- Reshapeで中心の「X」をつかみます。
- 中心マーカーをクリック&ホールド。
- 図形の外側までドラッグします。
- 円の外へ大きく引き出します。
- 見た目チェック: 円錐というより、面全体に“流れ(木目のような方向感)”が出ます。
- 現場のコツ: 中心点を遠くへ置くほど線は直線寄りに、近いほどカーブが強く出ます。

実務目線:外側センターが効く場面/注意点
この方法は、長いステッチの流れが作りやすく、ツヤが出て高級感が出ます。一方で、縫製上のリスクも理解しておきます。
- メリット: 有機形状に強い。花びらは「花の中心」から流れるのが自然なので、中心点を花芯側に置くと説得力が増します。
- リスク(枠跡・歪みの罠): 方向性のあるフィルは中心方向へ生地を引き込みやすく、Tシャツやフーディーでは縁に波打ち(うねり)が出ることがあります。
量産での改善ルート: テスト縫いで波打ちが出る場合、枠内で生地が動いている可能性があります。ネジ締め式の刺繍枠は、厚物や滑りやすい素材で均一に保持しにくいことがあります。
- レベル1(材料で対処): カットアウェイを強める/仮固定でズレを抑える。
- レベル2(治具・枠の見直し): 現場ではマグネット刺繍枠へ切り替えるケースがあります。磁力で面圧を均一にかけられるため、引っ張ってネジで締める方式より保持が安定しやすく、枠跡(枠のリング痕)も出にくい方向に寄せられます。
注意: マグネットの安全管理。 マグネット枠は強力です。ペースメーカー等の医療機器に近づけないでください。指を挟むと強い挟圧でケガにつながるため、着脱時は手元に注意します。

応用:Break Apartで角度ラインを分解して編集する
このセクションでやること
自動計算の角度だけでは狙った表現にならない場合があります。動画では、効果を分解して角度ラインを手動で調整し、部分的に流れをコントロールする方法が紹介されています。
手順:Break Apart→角度ラインをリシェイプ
- ラジアルフィルのオブジェクトを選択します。
- シーケンス(順序)上でも選択状態を確認します。
- Edit Objects → Break Apart を実行します。
- 効果を編集可能な構造として“焼き込み”ます。
- 見た目チェック: 図形内に黄色いラインが現れ、スポーク状に見えます。これが角度ガイドです。
- Reshapeでスポークを個別に動かします。
- 黄色ラインの端をドラッグし、その扇形の範囲だけ流れを変えます。

動画で強調されている「絶対NG」
角度ライン同士を交差させないことが明確に注意されています。
- 症状: 画面上の質感がギザギザ/荒れて見える。
- 対処: すぐにCtrl+Z(元に戻す)で交差前に戻します。交差した状態のまま保存しないようにします。

なぜ交差が危険なのか(現場の理解)
角度ラインはステッチの“交通整理”です。交差すると進行方向の解釈が破綻し、極端に短いステッチや不自然な動きが増え、縫い品質と効率が落ちます。
作業の癖づけ: 1本動かしたら一度手を止め、画面の流れが滑らかか確認してから次へ進みます。
実践:ラジアルフィルの花(5枚花びら)を作る
動画の完成形
ここまでの考え方を使い、楕円の花びらをラジアルタタミで作り、中心点を外へ置いて流れを揃えた5枚花を組みます。
プロジェクト仕様:
- 形状:楕円(花びら)
- フィル:ラジアル(タタミ)
- 中心点:楕円の外(花の中心側)

手順:花びら→花へ展開
- 楕円をデジタイズします。
- Circle/Ovalツールで細長い楕円を作成。
- Enterで確定。
- 意図したフィルになっているか確認します。
- Hatchは直前オブジェクトの設定を引き継ぐことがあります。
- 操作: 必要に応じてEffectsでRadial Fillをオン/オフし、狙いの状態にします。
- 中心点を動かして流れを作ります。
- Reshapeで中心の「X」をつかみ、楕円の外側(花の中心方向)へ移動します。
- 見た目チェック: 花びらが花芯へ向かって流れるようなカーブになります。


- Layoutで花にします。
- Layoutツールボックスを開き、Circle Layoutを選択。
- 花びら数を5に設定。
- 操作: レイアウトの中心アンカーを、ラジアル中心点(X)と同じ位置関係になるよう合わせます。
- 成功の目安: 5枚すべての花びらのツヤの流れが花芯へ揃います。通常フィルだと花びらごとに方向がバラつき、作り物っぽく見えがちです。

- 配色調整と花芯の追加。
- 花全体の色をパレットで変更(例:濃い青)。
- 中心の隙間に小さな円をデジタイズし、色を紫などに変更します。



生産目線の補足(見た目どおりに縫うために)
5枚の花びらが中心へ引っ張る設計なので、Tシャツではスタビライザーが弱いと中心にシワが集まりやすくなります。
量産の現実: 趣味なら手作業の枠張りでも何とかなりますが、例えば20枚のチームシャツのようなロットになると、位置合わせとテンションの再現性がボトルネックになります。
- 詰まるポイント: 20枚すべてでロゴを真っ直ぐ・同じ張りでセットするのに時間がかかり、ズレが不良につながります。
- 現場の解決策: そこでミシン刺繍 用 枠固定台のような枠固定台(治具)を導入し、枠位置を固定して同じ基準でセットします。マグネット枠を治具に置き、シャツを通して基準線に合わせ、上枠を確実にセットすることで、向きと位置のばらつきを減らせます。
判断フロー:スタビライザー&枠張りの選び方
縫い始める前に、次の順で考えます。
1. 生地は安定している?(デニム、キャンバス、ツイル)
- はい: ティアアウェイ(2枚)または中程度のカットアウェイ。通常の枠張りでも対応しやすい。
- いいえ(Tシャツ、鹿の子、フーディー): カットアウェイを基本にし、必要に応じて仮固定で面を安定させます。
2. ラジアル中心が“ベタ”に見える密度?(中心が詰まって見える)
- はい: 歪み・枠跡リスクが上がります。強く締める必要がある場合は、枠跡対策としてマグネット刺繍枠の検討余地があります。
- いいえ: 低密度は比較的扱いやすい。
3. 10点以上縫う?
- はい: 作業者の疲労で再現性が落ちます。位置合わせの再現性を上げるなら刺繍用 枠固定台が有効です。
- いいえ: 手作業の計測でも回せます。
注意: 機械安全。 新しいラジアルデザインの初回テストは、中心の針落ちが集中しやすいので挙動を観察します。中心が詰まりすぎていると針に負担がかかるため、最初の縫いは様子を見ながら進めてください。
準備
本番データ化の前に準備すること
ラジアルフィルは操作自体は簡単でも、縫い上がりは条件に左右されます。データ→実縫製のズレを減らすため、次の順で確認します。
準備チェックリスト(セクション末)
- 図形の閉じ: 円/楕円など、完全に閉じた図形になっている(開いたパスでは計算できません)。
- ステッチタイプ: タタミまたはサテンになっている(効果を入れる前に確認)。
- サイズ感: 小さすぎないか(中心が詰まりやすい設計になるため)。
- 消耗品: 針は新しいものを用意。生地に合わせてスタビライザーを準備。
セットアップ
ソフト設定のチェックポイント(Hatch)
動画と同じ操作感に近づけると、迷いが減ります。
- ツールボックス: 左側で「Digitize」「Layout」が表示されている。
- ドッカー: 右側で「Object Properties」「Effects」が表示されている。
- 表示補助: ステッチ表示や針落ち表示をオンにして、中心の詰まり具合を画面で確認できるようにします。
セットアップチェックリスト(セクション末)
- パネル表示: Effectsパネルが開き、Radial Fillのチェック項目が見つかる。
- Reshape確認: オブジェクト選択時に中心「X」や角度ガイドが確認できる。
- やり直し操作: 角度編集で崩れたら元に戻す操作がすぐできる。
運用
運用=再現性のある作業ループ
量産や反復作業では、次の順番を固定するとミスが減ります。
- ベース作成: 図形を作り、ステッチタイプを正しく設定。
- 効果適用: Radial Fillをオン。
- 中心調整: 「X」を動かして光源/流れを決める。
- 枠張り: 生地をセット。刺繍用 枠固定台を使う場合は基準線に合わせる。
- トレース: 外側センターで可動範囲が無理になっていないか確認。
- 縫製: 本縫い。
運用チェックリスト(セクション末)
- 流れの整合: 狙った中心から放射/流れが出ている。
- スポークの健全性: Break Apart後、角度ラインが交差していない。
- 版管理: Break Apartのような戻しにくい編集前に別名保存している。
品質チェック
画面上のチェック(縫う前)
- 中心の詰まり: 拡大して中心がベタ塗りの塊に見えるなら、設定で中心の詰まりを緩和する方向を検討します。
- 流れの理屈: 花びらが中心へ向かうなど、光の当たり方が自然か確認します。
実縫製のチェック(テスト縫い)
- シワ(パッカリング): 触って平らか。盛り上がりやシワが強いなら枠張り/安定が不足しています。
- 枠跡: 周囲にリング状の押さえ跡が強く残っていないか。
- 改善の方向性: 枠跡に悩む場合、マグネット刺繍枠 使い方の情報を確認し、保持方法を見直すと改善につながることがあります。
トラブルシューティング
問題:Break Apart後に角度ラインが交差した
症状: フィルがギザギザ/破綻して見える。 原因: スポーク(角度ライン)を隣のラインの向こう側へ動かし、交差させた。 対処: 交差前まで元に戻し、ラインが扇状にきれいに開く状態を保ちながら少しずつ調整します。
問題:「あれ?新しい図形が変な見た目になった」
症状: 四角を描いたのに、いきなり歪んだラジアルっぽい塗りになる。 原因: Hatchが直前オブジェクトの設定を引き継いでいる。 対処: 新しいオブジェクトを選択し、EffectsでRadial Fillのオン/オフを確認して意図した状態に戻します。
問題:Digitizeツールボックスが見つからない
症状: 左側のツールが見当たらない/チュートリアルと画面が違う。 原因: ワークスペース設定や表示構成の違い。 対処: Windowメニューからツールバー/ドッカー表示を見直し、Digitizeが表示される構成に戻します。編集用ハンドルが見えにくい表示状態になっていないかも確認します。
まとめ(結果)
これでWilcom Hatchのラジアルフィルを、基本から応用まで一通り扱えるようになりました。フラットな円を立体的な球体表現にしたり、中心点を外へ逃がして花びらのような流れを作ったりできます。
仕上がりを決める最後の1%: ラジアル系のデザインは、データだけでなく「保持」と「安定」で差が出ます。
- 生地に合ったスタビライザーを選ぶ。
- 針・糸・テンションを整える。
- 量産では、刺繍用 枠固定台やマグネット刺繍枠など、再現性を上げる仕組みを検討する。
ソフトの機能を使いこなしつつ、生地と糸の物理も味方につけてください。
