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Ricoma MT-1502P の概要
すでに有償案件を回している(またはこれから始める)現場で、いちばんのボトルネックになりやすいのは「縫えるかどうか」ではなく、同じ仕事を速く・同じ品質で繰り返せるかです。動画では Ricoma MT-1502P を、衣類・帽子・バッグなどに対して精度と効率を狙った、2頭の業務用刺繍機として紹介しています。
ただし、現場の本音を言うと——2頭機は“増幅器”です。生産スピードを上げる一方で、ミスも増幅します。たとえばヘッド1のテンションがわずかにズレているだけでも、シャツ1枚ではなく2枚同時に不良になり得ます。
この記事は、動画の概要をそのままなぞるのではなく、「現場向けの運用メモ(白書)」として再構成します。MT-1502P の“売り文句”が日々の量産で何を変えるのか、ロット案件の前に何を準備すべきか(消耗品レベルまで)、そしてスケール時にどこで利益を落としやすいのかを、作業者の手順に落とし込みます。
なお、以下の数値スペック/搭載機能の断定(速度・刺繍エリア・メモリ・画面サイズ・接続方式・自動機能)は動画内の説明に基づきます。それ以外の運用上の提案は、あくまで現場での一般的な考え方です。最終的な設定値や上限は、必ずお使いの機械の取扱説明書・保守基準で確認してください。

MT-1502P とは?
動画の説明では、Ricoma MT-1502P は幅広い刺繍作業を精度よく効率的にこなすための、2頭の業務用刺繍機です。1頭機よりも高いスループット(処理量)を必要とする事業者向けの位置づけです。
現場視点の補足: この機械は「針が倍」以上に、作業の標準化を強制する装置だと捉えると運用が安定します。2頭を同時に回す以上、糸掛け・テンション・データ管理を“その場の勘”で済ませると、ズレが一気に不良として表面化します。
2頭機が向く現場(導入判断の目安)
動画では業務用刺繍ビジネスのオーナー向けとして語られています。実務では、次のような 「生産の踊り場」に来たときに2頭機のメリットが出やすいです。
- リピート案件が多い: 左胸ロゴなど同一位置・同一デザインを20枚以上回す
- 納期が短い: 当日〜翌日など回転が求められる
- 人手が限られる: 1枚あたりの“手が触れる時間”を減らしたい
逆に、単発の名入れ(タオル1枚のイニシャル等)が中心なら、段取りの同期や管理コストを考えると、1頭機のほうが投資回収が合うケースもあります。
2頭で生産性を上げる(ただし条件つき)
動画の主張は明快で、2つの刺繍ヘッドで2点を同時に縫えるため、生産性が上がり、製作時間が短くなるというものです。

2頭はどう動く?(運用上の前提)
動画では2点同時縫いを強調しています。実運用では基本的に、同一デザイン(または同一の運針計画として成立するデータ)を両ヘッドで回すのが前提になります。
SOP(標準手順)必須の理由: 2頭を“利益”に変えるには、変数を減らす必要があります。
- 素材/製品: 同一ロットで揃える。厚みが違うものを同時に回すと、押さえや当たり方が変わりやすく、仕上がり差が出ます。
- 枠張り(位置合わせ): 2頭で同じ位置に入っていること。ヘッド1はセンター、ヘッド2が1インチ下…となると、理屈上は半分が不良になります。
- スタビライザー: 同じ種類・同じ条件で揃える。重いカットアウェイと軽いティアアウェイを混ぜると、押し引き(プッシュプル)量が変わり、位置ズレの原因になります。

納期短縮の“効きどころ”
動画では生産性向上・時間短縮に触れています。現場で効きやすいのは、たとえば次の2点です。
- バッチ処理: 帽子24個を24回ではなく、2頭で12回にまとめる
- 段取りの集約: 色1の準備(糸・針・確認)を2点分まとめて進められる
現場の注意点: 1枚→20枚にスケールしたとき、隠れた時間泥棒は刺繍機ではなく枠張りです。機械が速くても、作業者が1枚の枠張りに5分かかれば、その間は機械が止まります。多頭運用で利益が出ない最大要因になりがちです。
主要スペック(数値を“段取り”に変換する)
動画では、最大速度・刺繍エリア・針数が生産計画に重要だと示されています。ここでは数値を、品質と安全の観点で読み替えます。
速度(SPM)と運用の考え方
MT-1502P は最大 1,000 stitches per minute(1,000 SPM)まで到達可能と説明されています。

運用の考え方(上限=常用ではない): スペック上の最大値は“出せる”という意味で、常にそこが最適とは限りません。高回転は発熱や摩擦が増え、厚物や段差で糸切れ・針折れが起きやすくなります。
- チェックポイント: まずは無理のない回転数で立ち上げ、最初の縫い出しが安定してから上げる。
- チェックポイント(音): 回転を上げたとき、音が一定でリズムがあるか。金属的な当たり音や異音が出るなら、速度を落として原因(枠張りの甘さ/糸掛け/針/段差)を先に潰します。
刺繍エリア:500mm × 360mm
動画では刺繍エリアが 500mm × 360mm とされ、大きなデザインや幅広い素材に対応できる点が強調されています。

大きい枠の“落とし穴”: 大判エリアは背中刺繍などに有利ですが、枠の中央がたわみやすく、縫い中に生地が上下して糸絡みの原因になることがあります。
- 対策の方向性: 大判を使うほど、スタビライザーの剛性や固定の安定性が重要になります。必要に応じて仮止めスプレー等で生地と下地を一体化させ、縫い中に生地が浮かない状態を作ります。
15本針(自動色替え)
動画では、ヘッドが 15本針に対応し、自動色替えが可能だと説明されています。

15本針が効く場面:
- 段取り短縮: よく使う定番色を常設しやすく、色替えの手戻りが減ります。
- 運用の安定: 同系色を複数針に割り当てておくと、途中で糸トラブルが出た際に、再糸掛けの前に“針割り当て変更”で復帰できる場合があります(機械側の運用ルールに従って実施)。
操作を楽にする機能(現場での使いどころ)
動画では、タッチパネル操作、自動糸切り/自動色替え、データの取り回しが、日常運用を楽にする要素として紹介されています。
7インチ HD タッチパネル
本機は 7インチ HD LCD タッチスクリーンを搭載し、ナビゲーションやデザイン編集/セットアップがしやすいと説明されています。

チェックポイント(事前確認の習慣化): 画面操作でできる確認は、毎回“儀式”として固定すると不良が減ります。
- チェックポイント: トレース(枠内走行確認)で、デザイン端が枠に近すぎないかを見る。
- 目安: デザイン外周と枠内側に、指1本分程度の逃げを作る(枠干渉・針折れの予防)。
自動糸切り/自動色替え
動画では 自動糸切りと自動色替えが搭載され、複雑なデザインでの手作業を減らすとされています。

補足(糸切りの状態確認): 糸切り音が鈍い、糸が“噛みちぎられた”ように見える場合は、カットの状態が良くないサインです。次の縫い始めに影響することがあるため、異音や切れ味の変化があれば一度止めて点検します。
注意:機械の安全
稼働中は針棒や天秤付近に手を入れないでください。高速運転では目で追えない速度で針が上下します。針折れ時に破片が飛ぶ可能性もあるため、作業者の安全対策(保護具の検討)を優先してください。
メモリ容量とデータ転送(USB/ネットワーク)
動画では、内蔵メモリが 2,000万針または200デザインまで保存でき、ファイル転送は USB とネットワーク接続に対応すると説明されています。

運用の基本: 機械を“保管庫”にしない。ネットワーク転送を使い、社内PC側でデータを一元管理すると、古い版のロゴを誤って使う事故を減らせます(どの版が正かを管理しやすい)。
LEDライト(視認性)
動画では針周りの視認性を上げる LED 照明にも触れています。

なぜ視認性が効くのか: 針穴付近で上糸が毛羽立っている、糸くずが溜まっている、といった“切れる前兆”に気づきやすくなります。早めに止めて針交換や糸掛け確認を行うことで、ロット不良を防げます。
MT-1502P はあなたの事業に合うか?
動画では MT-1502P を、搭載機能に見合った 中〜高価格帯の投資として説明しています。

価格とROI(現場の計算軸)
ROI を見るときは、単純な“速さ”よりも 不良率(やり直し・廃棄)を軸にすると判断しやすくなります。厚物や形状物での失敗が多い現場ほど、業務機の安定した送りや管理機能が効いてきます。
ただし、機械はエンジンで、路面に接するタイヤが刺繍枠です。
1頭→多頭で詰まるのは「枠張り」
ここが事業の分岐点です。機械が速くても、枠ネジの締め緩めで手が疲れる、位置合わせが毎回ズレる、となると利益が出ません。
道具を上げる判断ロジック:
- 痛点1:枠跡(枠のリング跡)
- 症状: デリケートな生地にリング状のテカりが残り、蒸気でも戻りにくい
- 原因: 従来枠は摩擦と圧で繊維を潰しやすい
- 対策(次の選択肢): マグネット刺繍枠へ。横方向の締め付けではなく、磁力で上から押さえる発想のため、枠跡リスクを下げやすくなります。
- 痛点2:生産が伸びない/手首が疲れる
- 症状: 50枚案件で、10枚目あたりから位置がズレ始める
- 原因: 従来枠の締結作業は手数が多く、再現性が落ちやすい
- 対策(量産向け): マグネット刺繍枠 用 枠固定台 を前提にした段取りへ。枠張りの“置き場”を固定し、同じ位置・同じテンションで素早く繰り返せるようにします。
注意:マグネットの安全
Magnetic embroidery hoops(マグネット刺繍枠)は強力な工業用磁石を使用します。指を挟むと危険です。特に重要: ペースメーカー等の医療機器、磁気カード類には近づけないでください。取り外しは“こじる”のではなく、基本はスライドさせて離します。
事前知識(この記事で得ること/準備すること)
動画自体は概要ですが、現場ではチェックリストとして扱えます。ここでは「趣味運用」から「生産運用」へ切り替えるための観点を整理します。

見落としがちな消耗品と事前チェック
量産を始める前に、手の届く範囲に揃っていると段取りが崩れにくいもの:
- 針(用途別に用意): ニット系/織物系など、素材に合わせて使い分ける
- 仮止めスプレー: 大判エリアやズレやすい素材で、下地との一体化に使う
- ボビン糸(下糸): 事前に必要数を準備し、途中停止を減らす
※動画内では針番手やテンション数値などの具体値は提示されていないため、ここでは“準備カテゴリ”として整理しています。詳細条件は現場基準に合わせてください。
段取りチェックリスト(作業前)
画面操作に入る前に、物理条件を整えます。
- 設置: スタンド/台が安定している(揺れは縫い品質に直結)
- 下糸: ボビンの残量と巻き状態を確認(ロット中断を防ぐ)
- 針: 曲がり・欠けがないか確認(異音や糸切れの予防)
- 糸道: 糸くずの堆積がないか確認(テンションの再現性を上げる)
セットアップ
セットアップは“結果の設計”です。ここが曖昧だと、後工程で取り返せません。
判断の軸:スタビライザー選定
スタビライザー(刺繍の下地材)は、素材の動きに合わせて選びます。
- 伸びる素材(Tシャツ等) → 伸びに強い下地を優先
- 安定した素材(デニム/キャンバス等) → 作業後に処理しやすい下地を優先
- 毛足がある素材(タオル等) → 水溶性トッピング+下地で沈み込みを抑える
※動画ではスタビライザー種別の指定はないため、一般的な運用判断として整理しています。
セットアップ手順(基本)
- デザイン読み込み: USB/ネットワークで取り込み
- 色割り当て: デザイン色→針番号を割り当て
- トレース: 枠干渉がないか確認
- 試し縫い: 端切れで先に確認(本番を最初に縫わない)
セットアップチェックリスト
- 向き: 上下左右が正しい(帽子などで致命傷になりやすい)
- 枠: 画面設定と実際に装着している枠が一致
- 押さえ周り: 生地に対して無理な当たりがない
- 前回の残糸: ボビンケース周りに糸絡みが残っていない
運用(稼働中の監視ポイント)
ここは実行フェーズです。オペレーターの役割は“縫う”ではなく、異常を早期に見つけて止めることです。
手順(チェックポイント付き)
- 枠張り→装着: 2頭とも確実に装着できているか確認
- 立ち上げ: 最初は低速で縫い出しを観察
- 増速: 音と縫いの安定が取れてから上げる
- 監視: 糸がスムーズに供給されているか(引っ掛かりがないか)を見る
運用チェックリスト
- 音: 一定で、異音(擦れ・唸り・金属音)がない
- 糸: 針穴付近で毛羽立ちが増えていない
- 台の安定: スタンドが揺れていない(位置ズレの原因)
品質チェック
表だけ見て「きれい」で終わらせない。判断材料は裏面に出ます。

裏面で見るテンションの目安
衣類を裏返し、サテン縫いなど密度のある部分を確認します。
- 適正の目安: 上糸と下糸(ボビン糸)のバランスが取れている
- 上糸が強すぎる: 下糸が目立ちすぎる
- 上糸が弱すぎる: 下糸が見えず、裏が荒れやすい
テンション不良やズレが出やすい案件では、マグネット刺繍枠のように面で均一に押さえやすい枠が、標準枠で起きる生地滑り由来の位置ズレを抑える方向に働くことがあります。
トラブルシューティング
不具合が出たら「低コスト→高コスト」の順で切り分けます。まずは無料で戻せるところから。
症状1:糸が毛羽立つ/切れる
- 原因候補1: 糸掛けミス(ガイド飛ばし) → 対策:最初から掛け直す
- 原因候補2: 針の向き違い/針先劣化 → 対策:針交換(向きは機械仕様に従う)
- 原因候補3: 針板などに傷がある → 対策:点検・必要なら交換
症状2:鳥の巣(針板下の大きな糸絡み)
- 原因候補: 上糸がテンション皿から外れている/枠張りが甘く生地が動く
- 対策: 絡みを無理に引かず、切り分けて除去→上糸を掛け直す→枠張りを見直す
症状3:針折れ
- 原因候補: 枠干渉/密度過多
- 対策: トレースで干渉確認。密度が原因ならデータ側で調整(編集ソフト等)
症状4:枠跡(リング状のテカり)
- 原因候補: 標準枠の圧迫・摩擦
- 対策: 生地に合わせて慎重にスチーム等でケア
- 予防: Ricoma 刺繍枠 互換のマグネット系フレームを検討し、繊維を潰す圧を下げる方向で対策する
まとめ(結果)
本記事では、Ricoma MT-1502P の“現場で効くポイント”を分解しました。動画で示された通り、本機は最大1,000 SPM、500mm×360mmの大きな刺繍エリア、各ヘッド15本針、さらにタッチパネル操作・自動糸切り/色替え・USB/ネットワーク転送・内蔵メモリ(2,000万針/200デザイン)といった要素で、量産の武器になり得ます。しかし、スペックだけでは利益は出ません。

利益を作るのは 生産の再現性です。
- 無理のない回転数で糸切れを減らす
- 2頭で同じ位置・同じ枠張り条件を作る
- ボトルネックが手作業に移ったら、刺繍用 枠固定台 などの治具・段取りを見直す

MT-1502P に限らず ricoma 刺繍ミシンを使う現場では、「縫うのは機械、工程を設計するのは人」です。上のチェックリストをそのまま作業標準に落とし込み、安定した利益センターとして運用してください。
