目次
機械準備:下糸(ボビン)確認と枠の選択
キャップの3Dパフは、マシン刺繍の中でも失敗コストが高い工程です。うまくいけば高単価に直結しますが、外すと針折れ、キャップの廃棄、フォームの無駄、そして段取りのやり直しで時間が溶けます。ポイントは運ではなく、物理(抵抗・摩擦・保持力)に合わせた準備を崩さないことです。
この手順では、動画で実演されているSmartstitchのキャップ工程を、現場で繰り返せる形に分解します。下糸チェック、枠定義、向き(180度回転)の考え方、手触りでの枠張り、正確な位置合わせ、フォームの扱い、そして仕上げまでを順に追います。
考え方の切り替え: 3Dパフを「通常刺繍に何かを載せるだけ」と捉えるのは危険です。フォームは針にとって高抵抗の縫製環境で、布・芯(キャップの構造材)・フォームを貫通して戻るまで、材料が持ち上がらずに安定している必要があります。キャップリングが緩い、トレースを省く、センターが曖昧——こうした“省略”は、針の逃げ(たわみ)やフォームの裂け、位置ズレとして即座に返ってきます。

まず下糸(ボビン)残量チェック(キャップで博打をしない)
動画は、操作パネル上の注意表示から始まります。これは「推奨」ではなく、キャップ工程ではほぼ必須の生存策です。平枠なら途中でボビン交換しても復帰しやすいですが、キャップドライバーで途中交換すると、キャップを外す=位置が戻らない、になりやすく、結果的にやり直しになりがちです。
チェックポイント: 実物のボビンを見て、残量が1/3未満なら先に交換。残り少ないボビンは、後でワッペンや平物の短いジョブに回すと無駄が出ません。
密度の前提: このデザインは5,022針。フォーム上のサテンは幅が出やすく、フォームの高さを覆う分だけ糸消費が増えます。動画のような3Dパフでは、体感として下糸の減りが早くなるため、開始前の残量確認が特に効きます。
機械メニューで正しいキャップ枠を選択
Smartstitchの画面で「Select Hoop」からキャップ枠("Cap Frame (C)")を選びます。これは機械に「今付いている治具(キャップドライバー)の可動範囲」を教える作業です。
ここが重要なのは、機械は“物理的に何が付いているか”を自動では判断しないからです。ソフト側で平枠のまま、物理側はキャップドライバー——この状態で動かすと、存在しない位置へ動こうとして衝突(いわゆる枠当たり)につながり、タイミングずれ等の高額トラブルの引き金になります。
特に Smartstitch 刺繍枠 を使う場合は、画面上の枠表示と実機の治具が一致していることを、ジョグ操作の前に必ず目視で確認してください。

画面に出ている設計値と向き(Orientation)を確認
このジョブで画面に見えている主な数値は以下です。
- デザイン幅(X): 110.1 mm
- デザイン高さ(Y): 35.8 mm
- 針数: 5,022
- 最高速度設定: 850 RPM
- 向き(Orientation): F(180度回転)
「F」確認の意味: キャップドライバーは、ツバが機械側を向く形で保持されるため、デザインは基本的に180度回転が前提になります。画面上で“正立に見える”場合、キャップドライバー用としては向きが合っていない可能性があります。
注意: 手を近づけない。 モーターONや「Trace」を実行するとキャップドライバーが素早く動きます。喉元(スロート)周辺には挟み込みポイントがあるため、動作中は工具・衣類・手を針周辺から少なくとも6インチ離してください。
準備チェックリスト(見落としがちな消耗品と段取り)
縫い始めてからハサミを探すと、トラブル対応が遅れます。キャップを付ける前に、手元に揃えておきます。
- 下糸(ボビン糸): 残量十分(白、または透けが気になる場合は生地に近い色)
- 上糸: 強度のあるポリエステル推奨(フォームは摩擦が増えるため)
- 3Dフォーム: 白(上糸色に合わせる)
- テープ: マスキングテープ等、フォーム四隅を固定できるもの
- 小道具: 糸切り用の小バサミ、角のフォームを取るピンセット
- 予備針: フォームは針が鈍りやすいので、予備を手元に

キャップの枠張り:しっかり締めて動きを止める
キャップ刺繍の品質は、この工程でほぼ決まります。キャップ前面は曲面ですが、機械は平面として縫おうとします。保持が甘いと、縫製中に生地が上下にバタつく(フラッギング)→目飛び・文字の歪み・針折れにつながります。
キャップをドライバーに正しく装着する
動画では赤いキャップをドライバーに差し込み、スベリ(汗止め)周辺を整えています。スベリがねじれていたり、段差があると、その部分だけテンションが変わり、文字が波打ちやすくなります。
チェックポイント: キャップの根元(ドライバーに当たるライン)を親指でなぞり、スベリに“ゴロつき”やねじれがあれば一度止めて整えます。

最重要:キャップリングを「握り込んで」隙間を消す
動画の要点はここです。両手でキャップリング(メタルストラップ)を強く締め、隙間を潰してからバックルをロックしています。
狙い: 生地とゲージ(円筒)間の“空気の隙間”をなくし、縫製中に生地が逃げない状態を作ります。
- 握る: ストラップ両端を持つ
- 引く: 下方向に引いて座りを作る
- 締める: 両端を寄せて密着させる
- ロック: バックルを確実に固定
感覚テスト: 枠張り後、前面パネルを軽く叩いてみてください。フカフカした反発があるなら締め不足のサインです。フォームがある分、縫製中に生地が押されて輪郭がズレやすくなります。
締め込みの再現性や手の疲労が課題なら、 smartstitch 刺繍枠 のような選択肢を調べ、保持力と作業性の改善を検討する価値があります。

現場のコツ:段取りを分けて枠張り時間を短縮する
1枚だけなら手作業でも回せますが、数量が増えると「機械が止まっている時間=利益が減る時間」になります。
量産では、機械とは別に枠張りを行う専用台を使い、機械稼働中に次のキャップを準備します。 ミシン刺繍 用 枠固定台 を使うと、角度とテンションを揃えやすく、ロゴの傾きによる不良を減らせます。
最重要工程:針位置合わせとトレース
位置ズレの多くはここで発生します。画面の中心=キャップの中心、とは限りません。動画の方法は定番で、針1をセンターシームに合わせるのが基準になります。
針1に切り替え、センターシームに合わせる
動画では、アクティブ針を針1に切り替え、針棒を少し下げる(または目視)ことで、キャップのセンターシームに針位置を合わせています。
なぜ針1なのか: 多針刺繍機では「中心」はアクティブ針基準です。レーザー等が機械中心を示していても、実際に縫う針が針1なら、その分だけ左右にズレます。縫う針で合わせるのが鉄則です。
また、 smartstitch 帽子用 刺繍枠 のような専用枠を使う場合も、この工程の前にロックが完全に掛かっているか確認してください。ここで枠が動くと、合わせ直しになります。


画面の矢印で開始位置を微調整する
動画では方向キーで枠をジョグし、開始点を追い込みます。
チェックポイント: 正面だけでなく横からも見て、左右のセンターだけでなく上下位置も確認します。特にツバ付け根の硬いラインに近すぎると、針抵抗が増えてトラブルが出やすいので、無理のない位置に置きます。

トレース(縫わずに外周を動かして確認)を実行
「Trace」で、デザイン外周の範囲を実機が動いて見せます。
干渉チェック(必ず目で追う):
- 下側: メタルストラップやツバに近すぎないか
- 上側: 高すぎてクラウンの曲面が強い位置に入っていないか(歪みの原因)
- 左右: サイドの縫い目やアイレットに掛からないか
危ない動きなら、そのまま縫い始めず、枠張りからやり直します。

判断の考え方:キャップの構造 → スタビライザー(裏当て)の選び方
動画は機械操作が中心ですが、キャップ内部のスタビライザー(生地の動きを抑える裏当て)も仕上がりを左右します。ここでは“考え方”として整理します。
- ケースA:芯がしっかりしたキャップ(フロントが硬い)
- 例: 一般的なベースボールキャップ
- 考え方: 生地側に剛性があるため、裏当ては面を整える目的で使う
- ケースB:柔らかいキャップ(フロントがソフト)
- 例: 柔らかいコットン系
- 考え方: 支えが弱いので、引きつれ・歪みが出やすい。裏当てで動きを止める
- ケースC:滑りやすい素材(スポーツ系など)
- 例: 合繊混の滑りやすい生地
- 考え方: ズレやすいので、保持と滑り対策を強める
適切な 刺繍ミシン用 キャップ刺繍枠 と裏当ての組み合わせが、文字が沈まずシャープに立つための土台になります。
3Dフォーム:貼り付けと縫い
フォームは“嵩(かさ)”を作る材料です。サテンがフォームを囲い込み、端で圧縮して切れ目(ミシン目)を作ることで、きれいに剥がせる状態になります。狙いは「均一に貫通して、均一に切れる」ことです。
フォームは四隅をテープで固定する
動画では、白いフォームをデザイン位置に置き、テープで固定しています。
四隅を留める理由:
- ズレ防止: 針の上下動でフォームが少しずつ動くのを防ぐ
- 浮き防止: 浮いたフォームは押さえに引っ掛かりやすい

注意: マグネットの取り扱い。 マグネット式にアップグレードする場合、工業用マグネットは非常に強力です。 マグネット刺繍枠 は勢いよく吸着して皮膚を挟む危険があります。必ず持ち手側を持ち、機械式時計等にも近づけないようにしてください。
縫い開始:高密度サテンでパフを作る
機械が「Liberty」を縫い始めます。フォームを覆うため、サテン密度は高めになります。
速度の考え方:
- 動画の設定: 850 RPM
- 運用の目安: フォームは摩擦が増えるため、状況によっては速度を落として安定を優先します


よくある質問(コメントより要約):3Dパフのテンションは?
コメントで「3Dパフのテンションはどうする?」という質問があり、投稿者側の回答は「平刺繍のテンションから、テンションノブを時計回りに半回転」という内容です。
考え方: 3Dパフでは、上糸がフォームの端を“切る”方向に働く必要があるため、上糸テンションをやや強める方向の調整が一つの目安になります。
チェックポイント: いきなり本番に入らず、同条件でテスト縫いを挟むと、フォームの切れ方(剥がれやすさ)と糸調子のバランスを確認できます。
刺繍ミシン 用 枠入れ の基本ができている現場ほど、テンションは「固定値」ではなく「素材と工程で微調整するもの」として運用しています。
稼働中チェックリスト(最初の数分は離れない)
開始直後の異常は、止めるのが早いほど被害が小さくなります。
- 針確認: 針1がアクティブになっている
- 締め確認: キャップリングに隙間がない
- トレース確認: 金具やツバに干渉しない
- フォーム固定: 四隅が確実にテープで留まっている
- 音確認: いつもと違う金属音が出たら即停止して原因確認
仕上げ:フォームをきれいに剥がして完成度を上げる
縫い上がったら“見せ場”です。動画では、余分なフォームを手で剥がして仕上げています。

縫い目を傷めずにフォームを剥がす方法
手順: 余ったフォームをつかみ、縫い目に対して横方向に引くイメージで剥がします。密度とテンションが合っていれば、針穴のミシン目で気持ちよく切れていきます。
角に残る場合: 「L」や「B」の内側など、細部に残る小さな欠片はピンセットで取り除きます。糸を引っ張らず、フォーム側だけをつまむのがコツです。

トラブルシュート:症状 → 主な原因 → 対処
針折れ、剥がれ不良など、現場で起きやすい症状を整理します。
| 症状 | 主な原因 | 対処 |
|---|---|---|
| 針が折れる | キャップが動いている(締め不足/フラッギング) | 枠張りをやり直す。 キャップリングをさらに締め、保持を優先する |
| 糸が毛羽立つ/切れる | フォームによる摩擦・熱 | 速度を落として様子を見る。針の状態も確認する |
| フォームがうまく切れず剥がれない | サテン密度不足/テンションが弱い | データ側の密度見直し、テンションを少し強める方向で調整 |
| 縁がギザギザになる | 縫製中のズレ | フォーム固定と保持力を見直し、トレース後の再確認を徹底 |
| 文字が曲がる/センターがズレる | センター基準が曖昧 | トレース前に針1でセンターシームへ位置合わせし直す |
改善の方向性(ボトルネックが枠張り時間になったら)
この工程が安定すると、次は「枠張りが追いつかない」という別の課題が出ます。
- 兆候: 50枚以上の注文で、枠張りが追いつかず機械待ちが増える
- 判断基準: 1枚あたりの位置合わせ・締め込みに時間が掛かりすぎるなら、道具と段取りが利益を削っています
- 選択肢: mighty hoops smartstitch 刺繍ミシン 用 マグネット刺繍枠 のようなマグネット枠は、保持力の均一化と手の負担軽減に寄与します
仕上がり基準(納品前の最終チェック)
下糸確認→締め込み→針1で位置合わせ→フォーム四隅固定→トレース確認、という流れを守ると、図のような立体感のある文字に近づきます。

最終検品:
- 位置: センターシームに対して見た目が真ん中か
- 立体感: 潰れていないか(均一に盛り上がっているか)
- 清潔感: フォームの残りが表に出ていないか
- 形状: キャップ前面が歪んでいないか
smartstitch s1501 のような機種で運用する場合は、うまくいった条件(速度、テンション調整、フォームの扱い)を記録しておくと、再現性が上がり、作業が“属人化”しにくくなります。
