目次
プロジェクト概要:デザインと材料
刺繍はアートであると同時に、張力・摩擦・素材の安定性を管理する「段取りの技術」でもあります。今回は、白フェルトに黄/青のコントラストが強いハートを、Baby Lock Enthusiast と標準の4x4枠で縫う基礎練習です。
見た目はシンプルでも、フェルトは油断できません。厚みがあり、押すと潰れて戻る(圧縮と復元が大きい)不織布素材です。ここを押さえずに進めると、縫い上がりが「ふくらむ」「波打つ」「輪郭が歪む」といった症状につながります。
このガイドでは、単なる手順ではなく、現場で再現性を上げるための「なぜ/どうする」を整理します。
- 手順の簡略化(画面での判断): ミシンが読み込んだ11ステップのデータから、必要な2ステップだけを縫う考え方。
- 素材の安定化: フェルトを“織物に近い安定感”で縫えるように、スタビライザーで形を支える方法。

元デザインは Urban Threads のハートで、ミシン上では11ステップとして表示されます。今回は手動で介入し、最初の2ステップだけを縫って、フラットでグラフィックな見え方を狙います。

フェルトが織物と違う理由
フェルトは「不織布」です。綿布のような織り目(格子構造)がありません。
- つまずきポイント: 高密度の縫い(塗りつぶしやサテン系)が入ると、繊維が“よける”というより“潰れて圧縮”されます。スタビライザーが薄い(例:薄手のちぎりタイプ)と、針の引きずりで素材が内側に引き込まれ、立体的な「ふくらみ」や輪郭の歪みが出やすくなります。
- 対策の方向性: フェルト側を無理に張るのではなく、スタビライザー側で“形を固定する剛性”を作ります。
工具アップグレードの考え方(フェルトが言うことを聞かないとき)
標準のプラスチック枠は、厚手素材を強く締めようとするとネジを締め込みがちで、枠跡(枠の押し潰し)が残ることがあります。
- 判断の合図: 内枠の出し入れに苦戦する/外した後にリング状の押し跡が残る。
- 選択肢: こうした状況で検討されるのが マグネット刺繍枠 babylock 刺繍ミシン 用 です。摩擦で締め付けるのではなく、磁力で上下から保持するため、厚みのあるフェルトでも無理なく固定しやすく、枠跡のリスクも下げられます。

Baby Lock Enthusiast の設定
刺繍は「縫う前の準備」が結果の大半を決めます。ここでは、データ内の不要なステップを“縫わない”前提で、画面上の確認を行います。

ステップ1 — デザイン確認とステップ一覧の読み取り
反射的にスタートしないでください。Baby Lock のモノクロ画面は、作業の計器盤です。
- 情報を読む: 画面上で「11ステップ」と表示されます。
- 今回の方針: 作例では、ステップ1が下側の三角(黄/Khaki 表示)、ステップ2が上側の左右(青)です。ステップ3〜11は質感(テクスチャ)用の重ね縫いで、今回は密度を上げたくないため実質的に不要、という判断で進めます。

チェックポイント(見た目): 画面の色(ステップ)一覧をスクロールし、ステップ1が下半分、ステップ2が上半分をカバーしていることをプレビューで確認します。塗り面ではなく細かい模様だけが強調される場合は、見ている層(ステップ)が想定と違う可能性があります。
期待する状態: 「色1→色2まで縫ったら止める」という作業計画が頭の中で固まっている。
ステップ2 — フェルト+スタビライザーを“平らに固定”する枠張り
フェルトの枠張りは、綿布と同じ感覚で引っ張ると失敗しやすいです。
- 「太鼓みたいに張る」神話: 織物はピンと張れますが、フェルトは無理に張ると形が歪みやすく、外した後に戻って波打ちの原因になります。
- 目標: 「伸ばさず、動かない」ニュートラルテンション。平らで、指で触れてもズレない状態を作ります。
スタビライザーの組み方(考え方):
- 避けたい例: 薄手のちぎりタイプ1枚(フェルトが引き込まれやすい)。
- 推奨の方向性: 中厚のカットアウェイ(例:2.5oz)1枚で“形”を持たせ、フェルトはその上に乗せるイメージ。
厚みで標準枠が閉じにくい場合は、baby lock マグネット刺繍枠 のように厚手スタックを無理なく挟み込みやすい方式が有効です(内枠を押し込む力が不要になり、フェルトの嵩を潰しにくくなります)。
スタート前チェックリスト(押す前に確認)
- 針: 新品の 75/11 Sharp(ボールポイントではなく鋭い針先)。
- ボビン周り: 釜周辺の清掃。フェルトは毛羽が出やすいので、糸くずの噛み込みを疑います。
- 上糸の通し: 針付近で上糸を軽く引き、適度な抵抗があるか確認(抵抗がほぼ無い場合、テンション皿に入っていない可能性)。
- 道具: 糸切り(スニップ)を手元に。スタート直後の糸端処理がしやすくなります。
- スタビライザーの余白: 枠より四方に少なくとも1インチ大きいか。
注意: 機械安全。 稼働中は針周りに指やスニップ、袖口を近づけないでください。針が動いている状態で糸を切ろうとすると、工具が巻き込まれる危険があります。
縫い工程:黄→青
ここからは、黄と青の工程で「何を見て、何を感じて、どこで止めるか」を軸に進めます。

ステップ3 — スタート直後の糸絡み(鳥の巣)を防ぐ
「鳥の巣」は、スタート直後に上糸が裏側へ引き込まれて絡む典型トラブルです。
手順(作例の動きに合わせた基本):
- 押さえを下げる。
- 上糸の糸端を軽く横に持つ(引っ張りすぎず、逃げを作らない程度)。
- スタートボタンを押す。
- 数針縫ったら一度止め、糸端をカットして続行。

補足(なぜ効くか): 最初の数針だけ糸端に軽いテンションを与えることで、余った上糸が一気に裏へ吸い込まれるのを防ぎます。
チェックポイント(音): 規則的な運針音が続くのが正常です。急に異音が出たり、動きが重く感じたら、裏で絡み始めている可能性があるため、すぐ停止して確認します。
期待する状態: 最初の縫い始めが表面にフラットに乗っている。
ステップ4 — 色1(黄):下側の三角を縫う
ここは塗りつぶしが入ります。

チェックポイント(手の感覚): 針から離れた枠の角に軽く指を添え、枠が暴れないか確認します。必要以上にガタつく場合は、枠の取り付けが確実か見直します。
期待する状態: 黄の三角が均一に埋まり、輪郭が内側へえぐれるように歪まない。
ステップ5 — 糸替えして色2(青):上側の左右を縫う
ステップ1が終わったら停止します。押さえを上げ、青糸に交換し、上糸がテンション皿を正しく通っていることを確認します。



チェックポイント(見た目): 2色の境目(位置合わせ)がきれいにつながるかを見ます。黄と青の間に白フェルトが見える“隙間”が出る場合は、固定が甘く、縫い中に素材が動いたサインです。
期待する状態: 2色が自然につながり、境目が読みやすい。
運転中チェック(横に置いて確認)
- 押さえ: 下がっているか。
- 糸端: スタート直後に糸端を押さえたか。
- 音: リズムが一定か。
- 見た目: 下糸(ボビン糸)が表に引き出されていないか(出る場合は上糸テンションが強すぎる可能性)。
- ステップ管理: 画面上で「今どのステップか」を意識し、不要なステップに入らないよう注意する。
よくあるミス:フェルトとスタビライザー
作例では「ふくらみ」が出ています。これはフェルト×薄手スタビライザーの組み合わせで起きやすい典型例です。

ミス1 — 厚手フェルトに対してスタビライザーが薄すぎる
完成後、押すと柔らかく“ぷくっ”とする箇所が見られます。

原因の整理: フェルトは圧縮されやすく、縫い密度が上がるほど引き込み(ドローイン)が起きます。
- 症状: 輪郭が反る/中心が波打つ/面が均一に落ち着かない。
- 対策: カットアウェイ系スタビライザー(例:2.5〜3.0oz)で形を支える方向が有効です。固定が弱いと感じる場合は、ズレ防止の工夫(貼り付け系のスタビライザー等)も選択肢になります。
ミス2 — うっかり「質感(テクスチャ)」の追加ステップまで走らせる
作例では、2色だけで終えるつもりが、後続のステップに進んでしまった旨の補足が入ります。

なぜ問題になるか: 刺繍の密度は積み上がります。フェルト上で塗りの上に質感レイヤーを重ねると、同じ繊維を繰り返し叩くことになり、ふくらみや歪みの原因になります。
- 対策: 今回の狙いが「フラットな2色」なら、不要なレイヤーは縫わない判断を徹底します。画面のステップ表示をこまめに確認してください。
判断フロー:スタビライザーと枠張りの選び方
開始前に、次の順で判断すると迷いが減ります。
- 単発の趣味制作か、同じものを大量に作るか(50個以上など)?
- 単発: 位置ズレに注意しつつ固定を工夫して進める。
- 量産: 毎回同じ位置に置ける マグネット刺繍枠 用 枠固定台 があると、置き位置の再現性が上がります。
- このハートのように塗り密度が高いか?
- はい: カットアウェイ系スタビライザー+Sharp針を基本に考える。
- いいえ(線画中心): ちぎりタイプでも成立しやすい。
- 枠のネジを締め込まないと固定できないか?
- はい: 厚み過多のサイン。マグネット刺繍枠 のような方式を検討。
- いいえ: 標準枠でも進められますが、枠跡が出ないか確認します。
- マグネット枠を選ぶ場合
- 互換確認: babylock マグネット刺繍枠 サイズ のように、機種に合うサイズ/対応を必ず確認します(アームに合わない枠は使用できません)。
注意: マグネットの安全。 強力なネオジム磁石のため、ペースメーカー等の医療機器や磁気記録媒体に近づけないでください。挟み込み注意: 上下リングの間に指を入れたまま近づけると強い力で吸着します。
仕上がり確認と次回改善
今回のポイントは「複雑なデータを、読みやすい2色に整理して縫う」ことです。部分的なふくらみは失敗ではなく、次の条件出しのための情報になります。

納品レベルの基準(最低限)と、次の一手
最低限の基準:
- 位置合わせ: 黄と青の間に隙間がない。
- 表面: ループや引っ掛かりがない。
- 裏面: 鳥の巣がない。
次回の改善案:
- スタビライザー: カットアウェイに切り替えて、よりフラットな“ワッペン感”を狙う。
- ステップ管理: 2色で止める運用なら、画面のステップ表示を見て確実に停止する。
- 治具・枠: 同じものを繰り返し作るなら、magnetic embroidery hoop のような保持力の高い枠を検討し、枠張りのストレスとズレ要因を減らす。
コメント欄についての短い補足
コメント欄にはスパムが混ざることがあります。作例のように「ふくらみが出た」と正直に観察できることが、上達には一番役立ちます。
まとめ
- 画面判断: 11ステップのうち、必要な2ステップだけを縫う意識を持つ。
- 運用: スタート直後は上糸の糸端を押さえて、鳥の巣を予防する。
- 安定化: フェルトは“張る”より“支える”。スタビライザーと固定方法で結果が決まる。
変数を一つずつ潰していけば、フェルトのような扱いにくい素材でも、安定してきれいに仕上げられます。
