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ベクターデータ自動デジタイズが小さなディテールで破綻する理由
「くっきりしたSVGを読み込んで、自動デジタイズを押した瞬間に“3時間得した”気分になる」——マシン刺繍ではよくある錯覚です。画面上の理論形状は完璧でも、実際に縫い始めると現実が出ます。針が暴れる、糸がささくれる、仕上がりがシャープなロゴではなく“鳥の巣”のように見える。
動画のケーススタディでは、破綻ポイントはサメの口。ベクター上では鋭い三角形の歯ですが、糸で再現するには小さすぎる「極小ディテール」です。
ここが「経験則ベースの現実」です。糸は幅と摩擦があり、さらに生地を引き込む(プル)“立体の媒体”です。インクは平面に乗りますが、糸は生地を引っ張ります。インクなら0.1mmの鋭角も描けますが、糸で1.0mm〜1.2mm未満の細いサテン柱を無理に作ると、針落ちが詰まりやすくなり、針振れや生地穴の原因になります。
だから最もきれいな解決策は「SVGをもっと上手に編集する」ことではなく、必要箇所だけを手動デジタイズで作り直すことです。ソフトに推測させるのではなく、こちらが縫える形に設計し直します。

このガイドで身につく“糸ファースト”の考え方
- 危険領域の特定: 物理的に縫えないサイズを見抜く
- スライス地獄を回避: ベクターノード編集の時間罠に入らない
- 意図的な誇張: 画面で太い=実物でシャープ、を理解する
- 生産目線のシーケンス: 修正パーツを元データへ自然に統合する
目的は「安定稼働」です。手動で10分余計にかかっても、現場で鳥の巣をほどく30分を消せます。
作品を評価する:6:1(600%)スケールの考え方
デジタイズツールを触る前に、まず“測る人”になります。針を落とす前に失敗を潰すためです。
動画では、まず全体を画面にフィットさせ、最終サイズが5.5インチ幅であることを確認します。元のアートは13インチ。この縮小が重要で、13インチで「問題なさそう」に見えた歯が、5.5インチでは一気に極小化して“縫えない領域”に入ります。
Johnは作業スケールを6:1(600%)に固定して進めます。理由は単純で、この倍率だと針落ちの密度感や、点配置のズレが判断しやすいからです。さらにグリッドを以下で使い分けます。
- メジャーグリッド: 10mm(1cm)
- マイナーグリッド: 1mm
現場のコツ: 1mmのマス目は「安全枠」です。サテン柱がこの1mmより細いなら、糸切れ・針折れ・生地穴の危険領域に入っています。

先に測ってから、やり方を決める
Johnは単位をインチからメートル法(mm)へ切り替え、計測ツールで確認します。刺繍の密度やステッチ長はmm基準で考えることが多く、判断が速くなります。計測すると歯の幅は0.9mm〜0.98mm程度。結論は明快で「小さすぎる」です。


1mm未満が危険な理由(ソフトの問題ではなく糸の物理)
ソフト上で0.5mm間隔に点を置けても、実機がきれいに再現できるとは限りません。
- 針落ちの詰まり: 細い柱に針落ちが集中すると、生地が“縫う”というより“穴あけ”に近づきます。
- プル(引き込み): 縫うと内側へ寄るため、画面で1mmでも実物はさらに細く見えやすい。
- 視認性の崩壊: そのサイズだとサテンのジグザグが成立せず、線やダマに見えやすい。
判断の目安:サイズ×ステッチ種
| ディテール幅(目安) | 推奨ステッチ | 理由 |
|---|---|---|
| > 2.0mm | サテン | 標準的に安定、光沢も出る |
| 1.0mm〜2.0mm | サテン(誇張前提) | 引き込みを見越して太らせる必要 |
| < 1.0mm | ラン(または省略) | サテンで成立しにくい。単線(必要なら複数回)で表現するか削る |
ステップ1:SVGをスライスして直すのが非効率な理由
Johnがまず示すのは「直感的だけど遠回り」な道——ベクターデータ自体を直そうとして、Slice(スライス)ツールで口の形状を歯ごとに分解する方法です。
ここで起きるのが「ベクター論理の壁」。見た目は分かれていても、数学的にはグループ化・合成されていて、スライスするには選択・結合・再選択…と手順が増えます。

ベクター側に居続ける隠れコスト:
- 思考負荷が高い: ブーリアン処理(結合/合成/トリム)と戦う時間が増える
- パスが汚れやすい: 分解後もノードが荒れて後処理が必要
- 物理問題は未解決: 1mm未満という根本は変わらず、結局“縫えない形”のまま
生産の現実: 有償案件なら最も高いコストは時間です。手トレースを5分短縮するために、ベクターノード整理に20分使うのは割に合いません。
ステップ2:口の内側を手動でフィル作成する
手動デジタイズに切り替えると、流れが一気にスムーズになります。Johnはベクターを“縫いデータ”として扱うのをやめ、背景のアート(下絵)として戻し、上からトレースできる状態にします。これで不要なスナップや誤選択に引っ張られません。
誤選択を防ぐ:背景をロック
最初にやるのは背景(アート)をロックすること。
- 理由: 点を打つつもりが下絵を掴んでズレる、という事故を防ぎます。
フィル(塗り)で内側を先に作る
Johnは口の内側を先にフィルステッチで作ります。刺繍は“家づくり”に似ていて、背景(下地)を先に固めてから、サテンなどの輪郭を乗せると安定します。

チェックポイント: フィルの角度(傾き)は、上に乗るサテンと同方向にしないのが基本です。上の歯サテンが縦方向なら、内側フィルは斜めにして沈み込みや段差を抑えます。
チェックポイント(次へ進む前に)
- 重なり: 歯や唇が乗る部分の下に、わずかに潜り込む形になっているか(隙間防止)
- 開始/終了位置: 次のオブジェクトへ繋ぎやすい位置で終わっているか(無駄なジャンプ削減)
期待する状態
生地を安定させる“土台”ができ、極小の歯を乗せても暴れにくくなります。
準備チェック:失敗を減らす事前確認
極小ディテールは、機械側のコンディション差がそのまま結果に出ます。
- 計測: 単位はmmで、最終サイズを確認したか
- 背景ロック: 下絵が動かない状態か
- 下糸周り: ボビン周辺に糸くずが溜まっていないか(ループ不良の原因)
※針番手や糸番手などの具体指定は、動画内で明示がないため本ガイドでは断定しません。現場の標準条件に合わせてください。
ステップ3:極小の歯を“成立するサテン”で作る
ここが本題です。JohnはClassic Satin(クラシックサテン)に切り替え、Point Counterpoint(左右交互)で入力します。左右を交互に打つことで、柱幅と角度を意図通りにコントロールできます。


重要動作:下絵の線より外側に点を置く
Johnは歯の入力点を、下絵の線よりあえて外側に置きます。つまり、画面上で歯を“太らせる”。
初心者が怖がるのは「線からはみ出したら間違いでは?」という感覚です。しかし極小では、線通りにトレースするとプルで痩せて消えます。外側に点を置くのはズルではなく、糸の物理に合わせた設計です。
カーブ vs 直線:小さすぎるなら“作り込みすぎない”
Johnは、このサイズでは細かな曲線データを作り込んでも実機が解像しない、と判断します。歯の側面は直線点中心、上側のアーチなど必要なところだけ曲線点を使います。

3D表示でカバーと密度感を確認
Johnは3Dシミュレーションを頻繁に切り替えて確認します。
- 見え方確認: シミュレーションで下地が透ける(白抜け)なら、実物ではさらに目立ちます。
- 詰まり確認: 逆に“ベタ板”のように見えるなら、密度過多で糸詰まりや針負荷が上がる可能性があります。

チェックポイント(極小サテンの品質管理)
- 幅: 1mm未満になっていないか(危険領域に入っていないか)
- 見え方: 歯として判別できるか、それとも線に潰れているか
- 3D表示: 透け・過密のどちらにも振れていないか
期待する状態
画面上では少し“太い・漫画っぽい”歯に見えるくらいが正解です。実物で引き込まれて、ちょうどシャープに見えます。
注意: 極小で密度が上がる箇所は針折れリスクが上がります。速度を落として様子を見るなど、安全を優先してください(具体的な回転数は動画内で明示がないため断定しません)。
黄金ルール:糸の太さに合わせて誇張する
このガイドで一つだけ持ち帰るなら、極小刺繍の黄金ルールです。 1mm未満のディテールは、誇張しないと成立しない。
糸には“厚み(ロフト)”があり、生地の上に乗ります。
- 画面: 歯と歯の隙間が細くても見える
- 実物: 糸が広がり、隙間が埋まりやすい
歯の分離を残したいなら、下絵より大きめの隙間で設計することもあります。これは“意図した見え方”を得るための、制御された歪みです。
最終統合:シーケンス調整と色ブロック統合
形を作ったら終わりではありません。次は、機械がどう移動して縫うか(シーケンス)を整えます。
トリムではなくランで移動する
生産で地味に効くのが、トリムの多さです。頻繁なトリムは時間を食い、裏面の糸溜まり(鳥の巣)リスクも増やします。
Johnはランステッチで、歯から次の歯へ“歯茎ライン”を使って移動します。歯Aの終点から歯Bの始点へ線を引くイメージです。

これが効く理由:
- 速度: 停止・トリムが減り、流れが良くなる
- 安定: 結びが減り、ほどけポイントが減る
- 見た目: 後から唇側のステッチで隠れる前提で通せる
※「なぜランを入れるの?」という疑問はコメントでも出ていますが、目的はこの“移動(トラベル)をきれいにする”ためです。
位置合わせ→順番入れ替え→色の統合
JohnはSequence View(シーケンス表示)で、新しく作った歯のグループを正しい位置へドラッグします。口の内側(黒のフィル)の後、唇(赤)の前に入るように調整します。




書き出し前チェック
- 重なり順: 背景→口内→移動ラン→歯→唇
- 色替え: 可能なら同色ブロックとして統合し、色替え回数を減らす
- 不要データ削除: 失敗したSVG由来のパーツが残って二重縫いにならないか
期待する状態
トリムが少なく、止まりにくいデータになります。機械が“ガチャガチャ止まる”のではなく、一定のリズムで縫い進みます。
実縫いメモ:データが良くても「枠張り」でズレる
データが完璧でも、歯が唇の上に乗ってしまうなら、原因はデータではなく枠張り(固定)側の可能性があります。
極小ディテールは、わずかな生地ズレがそのまま位置ズレになります。一般的なプラスチック枠は摩擦とネジ締めに依存するため、滑りやすい素材や厚手素材ではズレやすく、枠跡も出やすいのが悩みどころです。
もし「口の中に歯をきっちり収めたいのに、毎回センターが微妙にズレる」なら、道具側の見直しも選択肢になります。現場では マグネット刺繍枠 を使い、生地を引っ張って歪ませずに強いクランプで固定し、狙った位置に落とし込む運用もあります。
注意: マグネット刺繍枠 は強力に吸着し、指を挟む危険があります(挟み込み注意)。また医療機器(ペースメーカー等)への影響があり得るため、該当する方の近くでは取り扱いに十分注意してください。
運用チェック:本番前のGo/No-Go
高価な製品にいきなり打たず、端布で確認します。
- 安定性: 極小の位置合わせが必要な場合、スタビライザーの選定が適切か(伸びやすい素材ほど安定が必要)
- 枠張り: 生地が張れているが、引っ張って伸ばしていないか
- 試し縫い: まずはテストラン
- 見え方: 移動ランが隠れているか/歯の分離が残っているか
トラブルシュート
症状:鳥の巣(針板下で糸が団子になる)
考えられる原因: 上糸の通しミス、テンション不良、または極小でループ形成が不安定。 対処: いったん上糸を最初から通し直し、押さえが正しい状態で縫えているか確認。
症状:歯が消える(細い/隙間だらけ)
考えられる原因: プル(引き込み)を見誤り、柱幅が痩せた。 対処: サテン柱を下絵より外側へさらに広げる。必要ならソフト側のプル補正も検討(動画内では具体値の指定はありません)。
症状:位置ズレ(歯が唇に乗る)
考えられる原因: 縫製中に生地が動いた。 対処(工程): 生地と下地が一体化するよう固定を強化。 対処(道具): 枠のグリップを改善する、または滑り対策を見直す。量産や再現性が必要なら ミシン刺繍用 刺繍枠 のようにクランプ性の高い選択肢も検討。
症状:トリム痕が目立つ/汚い
考えられる原因: 開始・終了点が目立つ位置にある、結びが多い。 対処: 次のレイヤー(唇側)に隠れる位置へ開始/終了点を移す。歯間は移動ランで繋ぎ、トリム自体を減らす。
結果
最終的に、サメの歯は「自動デジタイズのギザギザ」から「読みやすいサテンの歯」へ統合されます。
商用目線の結論: 刺繍の上達は“全部自動でやってくれるソフト”を探すことではなく、媒体の限界を理解することです。
- レベル1(修正): ダメな自動データを手動で救える
- レベル2(工程): 移動を設計してトリムと停止を減らせる
- レベル3(再現性): 量産では枠張りのブレが品質を左右する
- リピート案件で位置を揃えるなら 刺繍用 枠固定台 の導入も検討材料になります。
- 作業負荷や枠跡を減らしつつ固定力を上げたい場合は マグネット刺繍枠 や マグネット刺繍枠 使い方 の運用が助けになることがあります。
最もきれいな刺繍は、最も“自動”な刺繍ではありません。先に測り、必要なところを誇張し、糸が物理的に成立する縫い順を組んだ刺繍です。
