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スタビライザー・サンドイッチとは?
「スタビライザー・サンドイッチ」は、ただ裏打ちを重ねるだけの話ではありません。刺繍を安定させるための“設計された土台”です。コンクリートの鉄筋のように、土台が弱いと、どんなにきれいなデータでも縫っている最中にズレたり沈んだり、仕上がりが歪みます。さらに重要なのは、着用・洗濯後も服がきれいに見えることです。
この方法の核になる習慣は フローティング です。
服そのものを刺繍枠に挟み込む(枠張りする)のではなく、まずスタビライザーだけを枠張りします。その後、粘着面の上にシャツを“置いて固定する”イメージで載せます。こうすることで、枠のテンション(締め付け)を服に直接かけずに位置を保持でき、伸び・歪み・枠跡(枠焼け)を避けやすくなります。
ポロシャツなどで、枠が繊維を押しつぶしてうっすらテカった輪(枠跡)が残った経験がある方や、粘着式の台紙をはがすときにニットを引っ張って穴を開けそうになった方には、このレイヤー設計が効きます。


この記事でできるようになること(やらなくてよくなること)
このガイドを読み終えるころには、次ができるようになります。
- 土台を組む: 粘着式スタビライザーをベースに、ズレにくく、はがしやすい「サンドイッチ」を組める
- 安定量を見積もる: 「10,000ステッチにつき1枚」の目安を、刺繍密度の感覚とセットで使える
- 追加層を判断する: カットアウェイ(残す補強)とティアアウェイ(外す補強)の使い分けができる
- 肌当たりを仕上げる: 裏面のチクチクを抑える仕上げ(Tender Touch)を迷わず入れられる
また、量産で事故につながりやすい初心者ミスも潰せます。
- 押し付けすぎ: 粘着面に強く押し込み、はがすのが地獄になる
- 補強不足: 高密度デザインなのにティアアウェイだけで済ませ、洗濯後に波打ち(パッカリング)する
レイヤー1:粘着式スタビライザーでフローティング固定する
この方法の土台は「中厚程度の粘着式スタビライザー」です。ここでの最大のポイントは作業順です。枠張りするのはスタビライザーで、服は枠に挟まない。
粘着式スタビライザーを台紙(紙)側を上にして枠張りし、台紙に切れ目を入れてはがし、粘着面を出します。そこへ服を載せて固定します。標準枠に物理的に入りにくい厚手スウェットなどでも、無理に押し込まずに固定しやすい考え方です。

手順:粘着ベースの作り方
- 粘着式スタビライザーを枠張り(台紙側を上)。
- チェックポイント: ネジを締めたら指で軽く叩き、ピンと張っている感触か確認します。
- 台紙に切れ目を入れて、粘着面を露出。
- 現場のコツ: ハサミの先端などで台紙だけに切れ目を入れます。裏打ち本体(繊維層)まで切り込まないようにします。
- 段取り: デザインより少し大きい範囲だけ台紙をはがすと、不要な部分まで服が貼り付くのを防げます。
- 服をフローティングで載せる。
- 位置合わせ: 枠の十字(センター)と、服のセンターマークを合わせます。
- 動作: 「フローティング」は“そっと置く”が正解です。
- 伸ばさずに、ならす。
- チェックポイント: 中心から外へ手でならし、空気やシワだけを抜きます。ニットを引っ張って伸ばすと、縫製後に戻ってパッカリングの原因になります。

なぜ「軽く押さえる」が重要なのか(現場向けに簡単に)
粘着式スタビライザーは、粘着の“タック”で仮固定します。ここで強く押し込むと、粘着が生地の目に入り込み、はがすときに抵抗が増えます。
起きること: はがす作業が重くなり、刺繍直後の生地や縫い目を引っ張りやすくなります。場合によってはベタつきが残ったように感じることもあります。
対策: 服を置いたら、保持できる最小限の圧でOKです。フローティング用 刺繍枠の考え方で作業するときは、粘着は「仮クランプ」だと割り切ると安定します。
道具のアップグレード判断(フローティングがボトルネックになったら)
フローティングは枠跡対策として優秀ですが、量産では 段取り時間 が伸びやすいのが欠点です。
- 判断のきっかけ: 左胸ロゴ50枚などで、10枚を超えたあたりから位置合わせに時間がかかる/粘着が弱くなってズレが出る
- 基準: 1枚あたりのセット時間が縫い時間より長いなら、利益を削っています
- 選択肢:
- レベル1(手順改善): センターマークを徹底し、置き直しを前提に「軽く置く」運用にする
- レベル2(治具・枠): マグネット刺繍枠
- 一般的な刺繍枠は摩擦と押し込みで固定しますが、マグネット刺繍枠は磁力で挟み込みやすく、枠跡を機械的に減らせることがあります。
- 量産では マグネット刺繍枠 を使うことで、出し入れのテンポが上がりやすいのが利点です。
注意: 磁力による挟み込み事故に注意。 マグネット刺繍枠は強い力で吸着します。指を挟まないよう、合わせ面(挟み込みゾーン)に指を入れないでください。
レイヤー2:カットアウェイとティアアウェイの選び方
「サンドイッチ」は、必要に応じて層を足します。この方法では、粘着式が“土台”で、レイヤー2が刺繍を支える“補強材”です。
レイヤー2は、縫う直前に 枠の下側(ミシン側)へ差し込む 形で追加します(粘着ベース+服はそのまま)。


カットアウェイを選ぶとき(「残す補強」)
Whitneyは、特に高密度やアップリケではカットアウェイを好みます。
- 考え方: ニット(Tシャツ等)は伸びますが、刺繍糸は伸びません。補強がなくなると、生地だけが動いてデザインが歪みやすくなります。カットアウェイは残るので、洗濯後も支えが続きます。
- 向くケース: 高密度、細部が多いデザイン、アップリケ、伸びる服
- 狙い: 洗濯後の波打ち(パッカリング)や歪みを抑える
ティアアウェイを選ぶとき(「外す補強」)
ティアアウェイは、縫っている間だけ支えて、後で取り除く前提の補強です。
- 考え方: 仕上がりの厚みを増やしたくないときに有効で、必要なら2枚まで重ねて剛性を上げられます。
- 注意点: 高密度デザインや伸びる服でティアアウェイだけにすると、洗濯後に波打ちが出やすくなります。
刺繍ミシン 用 枠入れの作業をルーティン化するなら、まず「生地が伸びるか?」を基準に考えると迷いが減ります。
この方法でのレイヤー2の入れ方
枠を外してやり直す必要はありません。フローティングの利点はここです。
- 粘着式スタビライザーを枠張り
- 服を上に固定
- レイヤー2(カット/ティア)を枠の下へ差し込む(ミシンに装着する直前)
- チェックポイント: 差し込んだシートがシワになっていないか確認します。
「10,000ステッチごとに1枚」ルール
Whitneyが紹介している目安は、10,000ステッチにつき1枚 です。

厚くしすぎないための使い方
この目安は「生地が受ける負荷」をざっくり見積もるためのものです。
- 10,000ステッチ未満: 中厚1枚で足りることが多い(粘着ベースのみ、またはティアアウェイ1枚)
- 10,000〜25,000ステッチ: 補強を追加(レイヤー2としてカットアウェイを検討)
- 25,000ステッチ超(高密度): より強い支えが必要(中厚を重ねるなどを検討)
補足: ステッチ数だけでなく「同じ場所を何度叩くか(密度)」も重要です。総数が少なくても狭い範囲に集中しているデザインは負荷が高くなります。
判断フロー:服から決めるスタビライザー・サンドイッチ
迷ったら、次の順で決めます。
- 生地は伸びる?(Tシャツ、ポロ等)
- YES: カットアウェイ(レイヤー2)を優先
- NO(デニム、キャンバス等): ティアアウェイでも成立しやすい
- デザインは高密度?それとも線中心?
- 高密度: カットアウェイが安全
- 軽い: ティアアウェイで厚みを抑える選択も可
- 肌に直接当たる?
- YES: 仕上げにTender Touchを入れる
- 専用フレームを使う?
- 刺繍用 クランプ枠 のような枠では、フローティング運用になりやすいので、粘着ベース+下側補強の組み合わせが考えやすいです。
仕上げ:Tender Touchで肌当たりを良くする
刺繍は表がきれいでも、裏(下糸側)は結び目や段差があり、肌に当たるとチクチクしやすい部分です。
Whitneyは、仕上げとしてシャツの内側に Tender Touch(アイロン接着タイプ)を当てて、裏面をカバーします。



手順:きれいで快適な裏処理
- スタビライザーを処理する:
- ティアアウェイ: 片手で刺繍を支え、もう片手でゆっくり裂き取ります。勢いよく引っ張ると縫い目が歪みます。
- カットアウェイ: 余りを持ち上げてハサミでカットします。デザインの周囲に少し余白を残します。
- Tender Touchをカット: トリミング後の範囲より少し大きめに切ります。角を丸くすると、端が浮きにくくなります。
- 接着:
- チェックポイント: アイロンは低〜中温で、押さえるように当てます(滑らせない)。必要なら当て布を使い、溶けやすい素材に注意します。
- 肌当たりチェック: 内側を手で触り、ゴワつきや段差が強くないか確認します。
よくある質問:接着メッシュ(Tender Touch)はどこに入れる?
この動画でのWhitneyの流れに沿うと、配置の考え方は次の通りです。
- 下側: レイヤー2(追加のスタビライザー)
- 中: レイヤー1(粘着式スタビライザー)
- 上: 生地(シャツ)
- 縫い終わった後・内側: Tender Touch(肌に当たる側)
準備
プロは「うまくいくこと」を祈りません。失敗要因を先に潰します。スタビライザーが良くても、準備不足の状態では救えないことがあります。
忘れがちな消耗品と事前チェック
- 針: 針が摩耗すると糸切れや生地ダメージの原因になります。作業量が多い現場ほど交換サイクルを決めておくと安定します。
- ピンセット: ティアアウェイの細かい残りを取るのに便利です。
- 照明: フローティングは位置合わせが命なので、手元が暗いと精度が落ちます。
刺繍用 枠固定台 を組むなら、作業が止まらないように最低限の工具・ハサミ類を近くにまとめておくと段取りが崩れません。
準備チェックリスト(枠張り前)
- 針の状態: 曲がり・欠けがない
- 下糸(ボビン糸): 途中でなくならない量がある(途中停止はズレの原因)
- ステッチ数: 10,000超ならレイヤー2を準備
- 粘着の状態: 台紙がきれいにはがれるか(押し付けすぎない)
セットアップ
セットアップの雑さが「原因不明のパッカリング」を生みます。縫う前に生地を伸ばすと、縫い終わった後に戻って歪みます。
セットアップ手順(チェックポイント付き)
- 粘着式スタビライザーを枠張り。
- チェックポイント: ピンと張れているか
- 作業: 台紙に切れ目→必要範囲だけはがす
- 服をフローティングで固定。
- チェックポイント: 生地が引っ張られていないか(ねじれ・歪みがないか)
- 作業: ずれていたら一度持ち上げて置き直す(強く押さえ込まない)
- レイヤー2を下側に差し込む。
- チェックポイント: 刺繍範囲全体をカバーしているか
クランプ枠 刺繍枠 を使う場合は、固定が甘いとズレやすいので、スタビライザーがしっかり保持されているか確認します。
セットアップチェックリスト(スタート前)
- テンション: スタビライザーは張り、服は自然な状態
- 巻き込み防止: 袖や余り布が針周りに入っていない
- 粘着: 角を軽く押さえて保持できている
- レイヤー: レイヤー2が下側でシワなく入っている
注意: 針周りに手を入れてならす前に、誤作動しない状態か確認してください。
運用(縫い)
放置しないでください。最初の動きでズレの兆候が出ます。
縫いの流れ(チェックポイント付き)
- 最初の縫い(下縫い/固定の動き)を確認:
- チェックポイント: 生地が針に合わせて持ち上がるような動きがないか(固定不足のサイン)
- 対処: 異常を感じたら一旦止め、固定状態を見直します。
- 音の変化を聞く:
- チェックポイント: いつもと違う強い衝撃音や異音がないか
- ズレの兆候を見る:
- チェックポイント: 境界線やアウトラインの位置がずれていないか
量産でスピードを上げたい場合、粘着式の運用を再現しやすい 粘着式 刺繍枠 刺繍ミシン 用 を検討する現場もあります。
運用チェックリスト(稼働中QC)
- 開始直後: 生地が不自然に動いていない
- 途中: アウトラインの位置が合っている
- 糸: ほつれ・毛羽立ちが増えていない
- 補強: 下側のレイヤー2がずれていない
品質チェック
QCは2段階です。枠から外す前に、まず「枠内チェック」をします。
枠内チェック(手戻りを防ぐ)
- 位置合わせ: アウトラインが狙い位置に入っているか
- 縫い抜け: 糸切れで欠けがないか(枠から外すと修正が難しい)
枠外チェック(仕上げ)
- はがし: 粘着式は、シャツを引っ張るのではなく、スタビライザー側をゆっくりはがします。
- 残り: 取り切れていない欠片があれば早めに除去します。
- 風合い: 服が不自然に硬くなっていないか(補強の入れすぎのサイン)
刺繍用 枠固定台 でワークフローを固定するなら、基準になる「良品サンプル」を1枚作って比較できるようにすると安定します。
トラブルシューティング
症状:粘着式がはがしにくい
- 原因の可能性: 粘着面に服を強く押し付けすぎた
- 対処: 次回から“保持できる最小限の圧”にします。置き直し前提で軽く固定するのがコツです。
症状:洗濯後に波打ち(パッカリング)が出る
- 原因の可能性: 高密度デザインでティアアウェイだけにした
- 対処: カットアウェイをレイヤー2として追加し、長期的な支えを残します。
症状:塗りとアウトラインの間に隙間が出る
- 原因の可能性: 固定不足によるズレ(押さえが弱い、または粘着が効いていない)
- 対処: スタビライザーの張りを見直し、服は軽く置いて保持できているか確認します。
症状:仕上がりが硬く、板のように感じる
- 原因の可能性: 補強を重ねすぎた
- 対処: 目的に対して必要最小限の層に戻し、特に高密度では「弱い層を何枚も」より「適切な補強を1枚」の考え方で見直します。
まとめ(このサンドイッチの狙い)
Whitneyの「スタビライザー・サンドイッチ」は、刺繍が崩れる要因を減らすための運用設計です。
- 固定: 粘着式を枠張りしてフローティングし、枠跡を減らす
- 補強: 高密度や伸びる服では、下側にカットアウェイを追加
- 目安: 10,000ステッチごとに1枚を基準に、密度も見て調整
- 快適性: Tender Touchで裏面をカバーして肌当たりを整える
この流れを一定にすると、仕上がりが運任せではなくなり、洗濯後も崩れにくい刺繍に近づきます。





